白日の下に 下記作品の続編になります。
白日の下に晒す、という慣用句を私は知っている。
そして、今日はホワイトデーだ。
本来、白日というのはやましい事のない例えで、その下に晒すと言う事は、隠れていた物事を公にするという意味がある。
ホワイトデー。
その意図を踏まえて命名したか分からないが、普段から、その時一緒に居る女性以外の事は隠し事だらけ、尚且つ、その隠し事と言えばやましい事だらけの志貴に、直訳してこうも不釣り合いな言葉もないな、と苦笑してしまう自分がいた。
貰ったチョコレートに対して、男性がそのお返しをもって一人を決める……という意味をホワイトデーには持たせたかったのかもしれないが、完全に形骸化していると思った。
なぜなら、志貴は分け隔て無くお返しをして……いや、お返しを強要されていたからだ。
バレンタインデーの私の策で、完全に協定は崩壊していた。
ホワイトデーに、ルールは無用。
ともすれば、出し抜く事だけを考えられた互いの緊張感は、牽制し合った結果、案外妥当な所で落ち着いていた。
その結果である、志貴が今日取らされた行動は、いささかチェックさせて貰っていた。
朝は翡翠。
登校前には誘拐されるように真祖の姫君。
昼食時は代行者。
帰宅後は秋葉。
そして夕食後、先程までは琥珀。
志貴がしっかりとその身を持ってチョコレートの代償と言うべきものを支払わされているのを、私は敢えて見逃していた。
搾り取られている。
最初はまだ志貴も楽しんでいるかのように思えたが、次第に疲弊していく後半の様は、正直不憫にも思えた。
秋葉に引きずられるようにして離れに向かう姿。そして、夕食が無駄に精のつくもので、尚且つ琥珀の部屋では不気味な注射まで打たれている姿。
しかし志貴、それは身から出た錆です。
誰かひとりを選ばない、いや、選べない志貴が悪いのです。
「金が無いなら身体で払え」とは、琥珀の部屋で見た時代劇というもので、日本の伝統かと思った。
まあ、その場合身体で払うのは主に女性であるのだが。
しかし志貴は、男女の権威が入れ替わっているこの遠野家というコミュニティーでは、あたかも女性そのものであった。
金策に困らないお返し。昨年もそうであったと、遠回しに聞いている。
ならば、このコミュニティーに組み込まれた私も。
「郷に入っては郷に従え」。いい諺だと思う。
日本にいる以上、その慣習に従うのが来訪者たる私の勤めであると。
このコミュニティーで失われている、この国古来の慣習。
私が実戦して、さして問題などある訳もない。
そして、それは志貴にとってはある意味拷問でもあり、私にとっては明らかに拷問だった。
しかし、私はそれに耐えなければいけない。
それこそ、一体誰が志貴に一番相応しいかを白日の下に晒し、志貴を含め、皆の目を覚まさせねばならないと思ったから。
それには、今日という日が何よりも相応しい。
そして、全ての準備は整えた。
「機は熟した。いざ参らん」
とある時代劇の台詞を口にしながら、私は志貴の部屋へと向かった。
「シオンか……ああ、そこにでも座って」
少々疲れたか、志貴はベッドに横になっていた。
私はノックをして志貴の部屋に入ると、言われるままに椅子に座り、そんな志貴を眺めた。
「大丈夫ですか、志貴」
「ああ、ちょっと疲れただけだから……」
笑顔を取り繕うが、とてもちょっと疲れただけには見えない。明らかに疲弊しきった顔だった。
分からないわけがない。志貴は今まで五人も相手をしてきたのだから。
しかし、だからといって私が身を引く訳がなかった。
敢えて遠回しをせず、私は単刀直入に訪ねた。
「志貴。私がここに来た理由、分かっていますね?」
その言葉に、志貴の身体は否応なしに反応していた。苦笑しながらこちらを見ると
「うん……」
その顔は笑っているが、声は全く笑っていなかった。
「そうだよな。シオンにはまだホワイトデーのお返しをしてないもんな……」
志貴はゆっくりと体を起こすと、諦めたように私の方に向けてきた。
「さぁシオン、君は俺をどうしたい?」
それは、捕虜に降った兵士のように観念した口調だった。
覚悟は出来ている。
これから行う事への重い鎖を、自ら断ち切っているようだった。
「ええ。それなら話が早いです。私は……」
そこで、私は言葉を切った。
緊張する。
自らが立てた策だというのに、言葉を紡ぎ出すのに一瞬躊躇した。
恥ずかしさから、顔が紅潮しているのが自分でも分かる。
志貴が訝しげにこちらを見る前に、言わなければならない。
すう……と一呼吸すると、私は志貴を見つめてはっきりと答えた。
「……志貴がお返しに欲しいです」
「やっぱりね」
志貴は失言と気付いてないように、私の言葉に反応していた。
そして私も、自らのそれに、体を熱くさせてしまっていた。
志貴の前でのこの言葉に、他の意味などあるまい。
そして、志貴は今日、いやと言う程それを聞かされたのだろう。
志貴様を下さい。
志貴を頂戴。
遠野君を下さい。
兄さんを私に下さい。
志貴さんを下さいな。
それぞれの言葉を想像する。
そして、その枠内に自分が居て、皆と同じようにそう言っていると志貴に思われるのは、嬉しくもあり、残念でもあり……そして、思惑通りであった。
「じゃぁ、俺はどうしたらいい?」
志貴は今日、誰にどうされたのだろうか。五者五様だったであろうそれに対して、更に私にリクエストを求めていた。
ここだ。
私は俯く。
思い詰めたように、いや本当に思い詰めた結果なのだが、そして志貴を恥ずかしそうに見やる。
「……そのままでいてください」
「わかった……でも、シオンは……」
志貴の言葉の続きは、分かっていた。
私はまだ志貴に触れられていない。
私はまだ……純血なのだ。
だから志貴は、自らが手を取ってやるべきと思っていたに違いない。そうして、今までも皆を導いてきたのだろう。その自信が志貴の言葉の裏に見えた気がした。
しかし、私はそれを逆手に利用するのだ。
私だけが持つ強みを、生かさない訳がない。
だから私は、志貴を熱く見つめながら訴えた。
「はい……。なの……ですが、志貴、……日本の習慣では『女性は嫁ぐまで操を立てるものである』と聞きました。この国にいる以上、私もそれに従わなければならないと思います。ですので、志貴の元に就くまでは、私は身を綺麗にしたいのです……」
強い訴えに、志貴は驚いていた。
その反応に悦びを覚えながら、私は続ける。
「……ですが、志貴はそれでは満足できないと思います。そして、私も志貴が欲しいです。だから、今は……この手と口で、させてください……」
この言葉に、志貴がぴくっと反応する。
予想通りだった。
しかし、まだこれだけでは終わらない。
更に追い打ちをかけるように、私は用意していた言葉を最後まで続けた。
「志貴がそれでも満足できないのでしたら、真祖ほど大きくありませんが、胸でも……それと……後ろでも構いません……志貴が望むなら、私はどんな事でも従います。だから……それだけは、許してください。志貴は、分かってくれますよね?」
そう言うと、私はゆっくりと立ち上がって、ベッドに腰掛けていた志貴の足元に跪いた。
「シ……オン……」
志貴は明らかに複雑な表情で私を見ていた。
しかし、その中に確かに見えた。
私に、魅了されている――と。
触れられない私に、普段感じ得ない禁忌感を抱いて、興奮していると。
実は、準備は全て整っていた。
身は全て、言葉通り従えるよう清めてあるし、志貴がそうしたいのなら、私を貫き、花を散らし、ある限りの欲望を私の中に放って……今日は特別な日だから、結実もあるだろう……
いや、むしろ、それを私は望んでいた。
志貴に私をめちゃくちゃにして欲しい。汚して欲しい。
遠野家の狂った感覚に捕らわれた私は、なんて淫らなオンナなのだろうか。
だから、これはお互いにとっての拷問なのだ。
触れたいのに、触れられない。
これほど身近にいるのに、これほど求めても叶わないとは、気が狂いそうにもなるだろう。
苦しくて、先程の言葉の途中で、自らの瞳に涙がうっすらと浮かんでいるのを感じてしまっていた。
しかし、この淫蕩な中にある汚れなき花を、志貴は決して汚さないだろう。
それは満たされないと同時に、圧倒的な存在感を与えていると確信していた。
志貴を愛する者で、唯一私だけが持つ純血。
それを振りかざして、私は全力で志貴を誘惑するのだ。
「わかった……シオン」
その言葉は優しさに満ちていて、そして完全に私に心奪われてると感じさせるものだった。
ああ、これならば……私は志貴の一番になれるかもしれない。
自惚れた自信が、一瞬私の中で生まれた。
しかし、私が対すべき人々は、決して一筋縄ではいかないだろう。
そう考えると、今は一生懸命尽くす事だけを考え、志貴の前をはだけさせ、少しいつもより熱い体温を感じるのであった。
志貴。言葉と行動に隠れた淫らな考えを、許してください。
これは、あなたに振り向いて貰いたい私の、隠されたオンナとしての本性なのです。
いつか……その時が来たら、全てを白日の下に……
〜後書き〜
はい、一ヶ月考えてこのような結果となりました。
しっかし、「エロ無しでエロい」と言われた前作があって、ここで18禁にするとまずいなあと思ったので、ぎりぎりの稜線をたどってしまいましたよ。これ一般作でOKですか?(笑
なんだか、書いていて思ったのですが、シオンの側に立って理詰めで考えるのがこうも楽しいとは(笑
自分の書き口、考えた方に非常に似ている、というか僕が一方的に親近感を抱いているからでしょう。シオンじゃお馬鹿な話は書けないなぁ、その点書ける方々は素晴らしい、やっぱギャグとアクションは苦手な自分が居るなぁと、改めて思いました。
これとは別のも考えてあるので、そっちも少し遅れてもいいから書こうと思います。では一休み……
('03.03.14) |