倍返し

下記作品の続編になります。
 

 

 

 

 

 コンコン

 ノックの音に、私は誰が来たかを理解した。

「シオン、いいかい?」

 志貴は笑顔でドアの向こうからやってくると、遠慮がちに部屋に入ってきた。

「珍しいですね、志貴がこの部屋に来るのも」
「まぁ、シオンと二人っきりになれる場所と言ったら、ここしかないからね」

 二人っきり……
 その言葉はあっさりと志貴から紡がれたが、なんとも心を穏やかにさせてくれない甘美な響きを感じてしまっていた。
 私は頬の体温が上昇するのを隠す。

「今日はどうしました?」

 分かり切っているくせに、私は訪ねてしまう。
 志貴はしかし気付いていないようで

「うん。ホワイトデーのお返し、持ってきた」

 ちょっと口にするのが恥ずかしい、と言ったように、私から視線をそらせながら小さく答えた。

 瞬間、ぱあっと自分の視界が明るくなったようになり、そして胸が鼓動を高めていくのが分かった。
 あのバレンタインから、志貴は確かに私に傾いていると思えた。
 ほんの仕草の違い、言葉の違いでも、私にはそれが志貴の好意だと受け取ってしまう。もしかすれば、実は私だけ更に傾いているのかもしれない。
 真祖の受ける寵愛にまで届かなくても、この屋敷にいる誰よりも……愛されているという自信だけはあった。

「シオン、はい。こんなのしか買えなかったけど……」

 そう言って、志貴が後ろ手に隠していた包みを取り出す。
 小さくラッピングされた、キャンディのパッケージだった。

 一般的に「倍返し」と言われるお返しを、志貴が出来るわけもない。
 その辺りを考えず、やたらに高いチョコレートを買っていたであろう秋葉は、志貴の「お返しは区別しない」という宣言に不満が大きかったようだ。
 そう考えれば、一番金銭的に低いコストで志貴に最大限のインパクトを与えた私が、圧倒的な勝利だった。そこまで考えていたわけではなかったが、結果的に事が私に好転すればいいのである。
 そんな流れに身を任せるような考えも、志貴が私に植え付けたイレギュラー……この人は、なんて私を狂わせる、愛おしい人なんだろう。

 包みを見つめると、なんだか嬉しさが倍増してきて、紅潮は隠せそうになかった。ここで意地なんて張っても仕方がない。

「ありがとう……志貴」

 素直に、心からの言葉で志貴に感謝した。
 ちらり、とその志貴の嬉しそうな顔を伺う事も恥ずかしい。
 たったこれだけなのに、なんて乙女なんだろうか。

「あ、ちゃんと一人一人別のものを選んだからね。アルクェイドにはクッキー、先輩と秋葉にはマシュマロ、琥珀さんと翡翠にはグミ。で、シオンにはこれ」

 と言われて、改めて包みを見た。
 透明なフィルムに包まれて、中には4つの小さなキャンディが綺麗に並べられていた。よく見ると、「¥100」なんてシールが残っているところが、いかにも志貴らしかった。

「ふふっ」

 私はそれに笑うと、志貴は不思議そうに、でも満足そうに私を見てくれた。
 ありがとう、志貴。
 私はもう、これだけで満足です。

 そう思って、私が受け取ろうとしたその時

「待って、シオン」

 志貴は、ぱっと手を引いて、包みを自分の元へ。

「……?」
「金額的な倍返しなんて出来なかったけど、行動の倍返しならしてあげられるから……」

 包みを開けると、そのままぽいっとひとつのキャンディを口の中に放り込んで

「食べさせてあげる」
「え……!?」

 志貴が、私の視界いっぱいに広がって……
 私が言葉を理解する前に……ぎゅっと抱きしめられ、唇は塞がれていた。

「ん……!」

 信じられない。
 志貴が……私に自分からキスしてくれている。
 私はお返しが貰えただけでも嬉しかったのに。
 志貴の唇が、私に押しつけられるようにして触れていた。
 志貴の力でぎゅっとされては、女である私は身動きを取る事が出来ない。
 私はされるがまま、次第に唇を舌で愛撫され、志貴の求めるままに割り開いていった。

 まず、とろりと甘い蜜が、志貴の口の中から私の口内へ流れ込む。
 それは、志貴の唾液によって溶かされた甘い甘いキャンディ。いや、ちょっとだけレモンの味がする、心まで一緒にとろとろになりそうな志貴の唾液。
 上向きになった私の口内へ、志貴の分泌物がゆっくりと洞穴を下るように。火傷しそうな程に私の粘膜を襲っては、舌を狂わせ、喉を刺激した。

 そして、志貴の体温と唾液を纏ったキャンディが、かつ、と私の歯へ微かに触れた。
 それを受け取ろうと大きく口を開いて迎え入れると、ころりとそれは転げ落ち、私の舌の上で踊り出した。
 すると、志貴の舌までもが一緒になって私の口の中へ滑り込み、逃げたキャンディを追う様にして、私の口の中を蹂躙する。
 ふたりの舌でキャンディを包み込むようにして、その存在感を確かめながら互いの舌を求めている。
 私が押し出すと、志貴が口の中に収めて、それを私の舌が続けて追う。ふたりの混ざり合った唾液と一緒に、ひとつのキャンディが繋がった口内をたゆたうように移動を繰り返す。
 時折、志貴が私の舌を吸ってくれるのが気持ちよくて、キャンディの存在など忘れ、志貴を感じていた。
 
 ちゅ、ちゅう。ちゅ、ちゅ、ちゅ……
 
 気付いたら、自らも志貴の背中に手を回しながら、志貴の舌を強く吸っている事に気付いた。
 溶けた飴が絡まないうちから、志貴の唾液を欲して、嚥下する自分がいる。
 アルコールが含まれているわけでもないのに、志貴の唾液に酔わされてゆく。
 もう膝に力が入らなくなり、すがるように志貴に寄りかかり、それでもキスはやめられない。

「ふ……ちゅ……うっ……ら、めぇ……」
 
 ガクガクと体が震え、身体の中心が熱く感じ始め、オンナとして狂いそうになった瞬間、ふっと、体が軽くなった。

「んっ……」

 志貴が私を抱え上げ、ベッドに運んでくれていた。
 その間でも、一瞬たりとも唇は離さないで、私は揺れる身体を押しつけるようにして志貴に噛み付くばかりにキスをする。
 志貴にとっては前が見えない不安定なまま、私は運ばれて、ベッドに身体を横たえられる。
 そのまま、優しく、体重はかけずに志貴が覆い被さってきた。
 ベッドでキスをされている事実は、その先を容易に想像してくれて、私は線が焼き切れそうになった。
 志貴に……抱かれる?
 考えるだけで真っ白になり、私は、はしたなく濡らしてしまっていた。
 
 志貴の匂いをいっぱいに感じながら、上からどろりと唾液を流し込まれるままに吸い取る。
 志貴の舌先が氷柱のように、とろけた雫を私の口に滴らせる。
 ちゅ……じゅ……ずずっ……
 その先端を私の口は含み、口の回りまでもベトベトにさせてしまいながら、花の蜜を啜り取る。
 ああ……甘い。
 志貴の唾液に甘味を完全に麻痺させられ、私は飲み干すだけのふしだらなオンナになり果てていた。

 一体どのくらい続いたか、口の中を転がるキャンディは次第に形を失い、最後は口の中で消えてしまうように存在を霧散させた。
 でも、私達のキスは終わらなかった。存在を探すようにして、互いが互いの口内を探すように舌で犯し、絡めると言うよりも触覚が狂ったように舌を擦り付け合うようにしていた。
 そして最後、私の口の回りに広がっていたベトベトを志貴がペロペロと舐めてくれていたが、遂にその繋がりが離れてしまった。

「あ、ああ……志貴……酷い」

 私は、すうっと離れてしまった志貴のシャツを、ぎゅっと掴んで涙した。

「こんな……私を乱そうとするなんて……倍返しなんて、嘘です……」

 嬉しかった。信じられなかった。
 志貴に、バレンタインの自分がした事を、倍返しさせられて。
 いや、倍なんて程ではない。
 自分とは天地の差を感じる程優しく口づけられて、私はどうにかなってしまいそうだった。
 キスで、こんな気持ちになってしまうだなんて。
 志貴は、罪作りで酷くて最低で……大好き。

「何とでも言って良いよ。あの時から、ずっとこうしたかった。シオンが、俺を最初に乱したんだから……」
「……どうして、今までしてくれなかったんですか?」
「正当な理由がないから。だから1ヶ月待ってた、この日が来るのを。ずっと触れていたいから、わざとキャンディにしたり……」
「……最低です。志貴は、本当に馬鹿だと思います」

 ぽろぽろ涙が止まらなかった。そんな事言われて、嬉しく思わない人がいるわけがない。
 志貴はそれなのに平然と言ってのけて……やっぱり、最低な愛しい人だと思った。
 胸が締め付けられて、血が沸騰しそうだった。
 ドキドキが確実に志貴へと伝わってしまっていると思うと、もうどうしようもなく回路は狂いはじめていた。

「シオン……まだ、3つあるよ」
「志貴……それは……」
「お望みならば、いくらでも食べさせてあげる」
「はい……全て、私に下さい……」

 まだ残された時間は、これの3倍もあるのかと思うと、その前に私の脳は唾液と一緒にドロドロに溶け、狂ってしまうに違いなかった。
 そして、このキャンディが全て無くなったら……私は、志貴自身を求め、私の全てを捧げよう。
 狂ってしまったのだから、後はただ欲求に従って、全ての理性を捨てる。
 志貴が受け入れてくれるのならば、この屋敷の人間、代行者、そして……真祖の姫君を相手にする事も厭わなかった。

 志貴。
 私の得た喜びは、倍以上にして志貴に返したい。
 だから、私の初めてを貰って……
 

 

 

 

 
〜後書き〜

 やっぱり……18禁でしょ?(汗
 最初に考えたのは、シオン策略繋がりの「白日の下に」でしたが、イレギュラーとして、シオンを狂わす志貴側からのお返しを考えついていました。
 で、倍返しのキスキス。今回はチョコレートに比べて溶けにくさ当社比2000%位なので、シオンにとっては数十倍の倍返し。
 志貴は、やられるばっかじゃ……と思ったのでしょう。それが結果的にシオンの回路をほぼ完全に停止させるくらい強力な行動になってしまったわけです。
 で、なんだか書いているウチにこの後シオンは志貴に純血を散らされる展開となってますが、それは裏紫苑祭で後々……
 と言う事で、すっかり掲載が15日になってしまいましたが、お読み下さりありがとうございました。

('03,03,15)








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