Sweet Sweety Valentine-day Kiss






 明日はバレンタインデー。
 この日本、そしてこの街に住むようになってから、私が知識として得た情報だ。
 例え製菓業界のプロパガンダに踊らされていると分かっていても、この華やかな雰囲気は心を許したくなる。街はこれほど寒いというのに活気が溢れている。それは、人々の心がある一定のベクトルに向かっているという期待感、高揚感。

 この日、私も他聞に漏れず、デパート特設のチョコレート売り場にやってきた。
 もちろん……志貴にチョコレートを渡す為だ。
 乙女趣味と思ってはいるが、これだけは私も譲れなかった。志貴という存在に心奪われた一人の女として、他の人間がチョコを渡して志貴が喜んでいる姿をむざむざ見過ごすわけにはいかない。真祖の姫君といい代行者といい、更には秋葉に翡翠、琥珀まで、この日に余念がないようだった。

 しかし……見渡すと、この国にはものが溢れていると実感する。フロア半面を使う程、これだけ多種多様なチョコレートなど見た事がない。それだけ、この日に賭ける店と女性の気持ちが伝わってくるようだった。

「さて……」

 売り場を歩き回りながら、私は逡巡する。
 一体、志貴はどんなチョコレートを喜ぶのだろうか。

 手作りという選択肢もあったが、それは他の女性に手の内を見せる事になる。遠野の家に厄介になっている以上、私一人で台所に立つというのはまず不可能だ。少なくとも琥珀、更には秋葉や翡翠にまでも見られかねない。すると彼女たちは私の上を行こうと手を変えてくるだろう。まったくもって不公平だ。
 その点、真祖の姫君と代行者は自分の部屋があるのが羨ましく思う。しかし、それは志貴と少しでも長く一緒にいられないという事を意味するのであり、志貴がいないと不安に思ってしまう私には到底耐えられそうもない。

 そうして……私は今頭を悩ましていた。
 どうせならば……いや、確実に、私はインパクトを欲していた。
 志貴の中での傾きは、間違いなく真祖の姫君が一番大きいに違いない。それは公認の「恋人」であるのだから当然である。そうでなければ私は志貴を軽蔑する。
 しかし……それ以外、わたしたちに向けられる傾きはどれも等しいように思えた。
 しかも、それは真祖とはほんの僅かの差だ。
 新参者である私にさえ、気付けば志貴は変わらぬ傾きを見せてくれている。

 ……なんて罪作りな存在だと、私は思う。
 少しでも好意を持たれていると思う事に、喜ばない女性はいないだろう。それが志貴という存在であるから尚更……
 だからこそ、明日という日でその傾きを私寄りに変えたいと思う。
 そう、出来ればあの真祖の姫君を越える程に。
 この国では略奪愛と人は言うかもしれないが、私の居るエジプトでは四人まで許される一夫多妻制だ。志貴の……第一妻になれるのなら、これくらいの行動は惜しまない。

 その為のインパクトを、私は求めていた。
 高々高価なものを送っても、確かに良いものではあるが、それは金銭的なインパクトに過ぎない。その意味では秋葉には叶わないし、それこそ志貴の前でこれがいくらだったと語る事は、何のプラスにもなり得ない。むしろマイナスだ。
 となると……選択はひとつしかなかった。渡す時のインパクトだ。
 しかし、これもまた制限されていた。
 乙女協定とでも言うのだろうか、抜け駆けを監視する為に、明日は遠野の家でパーティーを開き、そこで全員が渡す事になっていた。
 台詞にインパクトを求めるのが自然ではあったが、そんな歯の浮いたような台詞のボキャブラリーは、まだ私には持ち合わせていなかった。その辺はずっと一緒にいる秋葉や真祖には一日の長で叶わない。

 いずれも私にとっては厳しい戦いである。
 ……が、何とかしなくてはならなかった。何とかしたかった。

「あ……」

 ふと、気付けばコーナーの端にまで歩みを進めていた。そこは所謂義理チョコのコーナーで、貰う方には失礼であるが、いかにも安っぽいそれが並んでいる。
 私は何を思ったか、それらを眺めていた。
 こんなものでも、男は喜ぶものなのだろうな。
 そう思ったとき、私の目に留まるものがあった。そして私は素晴らしい懸案を思いついていた。

「よし……」

 物事に行き詰まったらまず基本に返り、そして全体を眺めよ。答えはそれこそ意外なところから湧き出てくる。
 それが科学の基本であったが、まさかこんな恋愛術にも通用するとは思わなかった。
 私は苦笑すると、その小さなチョコを持って、キャッシャーに向かっていった。




「志貴さん、これが私からのチョコです。シビれますよ〜」
「あ、ああ……ありがとう」

 琥珀が志貴にそのチョコレートを手渡した。
 ……シビれるの意味が、媚薬や毒でなければよいが。
 そんな風に考えながら、琥珀が席に着くのを待った。

 バレンタイン当日。皆は志貴を前に、三者三様の贈り物を差し出していた。
 居間のテーブル、志貴のいるそこには既に五つの可愛らしくラッピングされたチョコレートが並んでいた。
 そして……

「さぁ、最後はシオンさんですよ〜」

 と、矢張り僅かに緊張していたのだろう、安堵の表情で琥珀が私を促した。

「ああ……」

 私はゆっくりと立ち上がると、身体の後ろに隠していたそれを手に持った。

「シオンも運がないわね、最後になるなんて」

 秋葉の少し優越の混じったような声が聞こえるが、私は穏やかな表情を秋葉に向けると

「いえ、構いません。これも運命です」

 そう言って、笑った。
 いや、運命なんかではなかった。
 これは、綿密に計算された事象なのだ。



 順番を決めるとき、どの順番がインパクトがあるかといえば……最初と最後であろう。
 そして、より強烈なインパクトを与えるのなら、その中でも更に最後が最も相応しい。
 事の後出しが有利なのは、科学論文でもない限り有効な手段である。
 だから、私は最後を選んだのだ……意図的に。

 チョコを渡す順番は、この国伝統の「あみだくじ」で決めてあった。
 そして、そのあみだくじは……私が作ったものだ。

 他の人間は知らない――ともすると琥珀は知っているのかもしれない――だろうが、あみだくじというのは、二項定理により、最初に縦線を決めた場合、横線の数に殆ど関係なく真下の位置に到達する可能性が最も高いのだ。
 更に、横線の数を計算して引けば、よりそれは確実になる。元の位置に戻るように少しでも高くするならば、各縦線から出る横線の数を偶数にすればいい。そうすれば確実に自分の選んだ縦線の奇数番目の左右には到達しない。
 六人のあみだくじなら、真下に到達する可能性は三分の一を越える。しかしそれは出鱈目に引いたときの問題だ。

 私は出来るだけ公平であるかのように見せかけるために、用意された紙へおもむろに六本の線を引き
「皆さん、好きな場所を選んでください」
 と、順番に上端へと名前を書かせた。
「番号は私が適当に振ります」
 一周して戻ってきた後、私はそう言って、最後に書いた自分の名前の下に、きっちり「6」というアラビア数字を当てはめた。更に
「それでは、皆さん好きなように横線を引いてください。これならば不公平でなくなるでしょう」
 そう納得させるように言うと、同じように横線を書かせる。
「では、私も……」
 最後に私が線を引く。ここが肝心なのだ。私は瞬時に各線の数を計算し、偶数になるように線を追加した。六人ならば最高でも五本。今回は三本で済んだが、その行動をトリックを知らなければ怪しむものはいないだろう。

 そして私は、見事に6を引き当てた。
 志貴と触れ合う事でこのような賭を楽しむようになってしまった自分を、おかしく思ってしまう。
 元々私なら、各始点が何処に到達するかなど、容易に計算できる。並列思考により、常人には分からないスピードで。
 だというのに、私はあえてそれを避け、二分の一程の確率に賭けたのだ。
 この番号が分かるまでの一瞬の緊張感を、ドキドキしながらも楽しみたいと思っていたのだ。
 そう言う意味でも、志貴は私をこんな女に変えてしまったた罪作りな男だと思う。




「志貴……」
「あ、ああ……」

 私は掌でそれを転がすと、ついと志貴の前に出た。
 流石に緊張していた。掌に汗が滲み出て、チョコレートを溶かしてしまいそうだ。
 志貴の笑顔が私に向けられている。
 許せない。そんな笑顔はあまりにも酷い。それが誰にでも向けられていると思うと尚更。
 私だけに笑えとは言わないが、私にはせめて一番の笑顔を見せて欲しい。
 そう思うと、志貴が妬ましく、そして愛しかった。

「……あー、その……私からの気持ち、受け取って欲しい」

 顔が紅潮していた。
 志貴の前だといつもこうだ。一対一で見つめられると、恥ずかしくて目が合わせられなくなってしまう。それは、志貴に恋してると気付いたときからだ。もっと最初の頃のように、冷静に志貴をじっと見つめることが出来たなら、どれだけ幸せだろうか。

「これ……」

 私は志貴に瞳を伏せながら、それを差し出した。
 瞬間、志貴を始め皆の視線が注目し

「え……」

 志貴はあっけにとられたような声を

「へぇ……」

 他の皆は多かれ少なかれ「勝った」という優越感を感じさせる声をあげた。

「シオン……」

 志貴は表情にしないが、残念そうに思えた。

「あらシオン、そんなチョコしか用意できなかったの?」
「本当ですね、これで遠野君の気を惹こうだなんて、百年早いですよ」

 真祖と代行者の声は、そんな志貴の気持ちを代弁しているようだった。
 確かに、私が差し出したのは何でもないチョコだった。
 それも高々百円の、小瓶に入ったスプレーチョコ。
 ともすれば他のチョコレートのデコレーション用とも思える小さなそれは、子供が精一杯の小遣いで購入するようなものであった。

「アルクェイドさん、シエルさん。仕方ないじゃありませんか、シオンさんは初めてなんですよ」

 琥珀がやんわりとたしなめると、二人は流石に言い過ぎたかと口をつぐんだ。

「いや琥珀、いいんです。これは私なりの考えた結果ですから……」

 しかし、私はそんな琥珀に軽く礼を述べると、その包みを開けた。

「え?」
「志貴、食べさせてあげます。ここまでが私のプレゼントです」

 そう言うと私は、その小瓶の中身の半分を……自らの口に含んで残りをテーブルに置く。
 口の中には高くも何ともない、至って普通のチョコレートの味わいが広がった。

「へ……?」

 目の前で唐突にそんな行動を取られ、志貴は訳が分かっていないようだった。恐らく私以外は皆そうだろう。そう思うと何だか優越感を感じたが、それ以上にドキドキとしてしまっていた。
 しかし、最大のインパクトを与える為、私は動いた。
 小さなスプレー状のチョコを、私は舌の上で転がす。そしてその粒状感が無くなるまで温めて溶かすと、自分の唾液と絡めて……

「!?」

 私は、志貴の首に手を回して、その唇を奪った。
 そのまま、志貴の口の中に舌を差し込んで、突然の事に驚いたままの志貴の舌をねぶり、そして……チョコを送った。

 唾液に溶かされたチョコレートはとろとろになって、私の口の中から舌を通じて志貴の舌先へ、そして口の中に流れていく。舌先で押し込むように、少しだけ上向いた私から垂らし入れるのではなく、志貴に吸い取って貰うように。
 くちゅ、ちゅうっ……
 口の中一杯に広がるチョコの味わいを少しずつ志貴に伝わらせながら、更に舌を絡める。志貴の舌を私の口の中に引き込むようにして、口の中に残ったチョコレートの残りも味合わせるように。
 志貴はやがて私の意味が分かったのか、強く私の舌を吸ってくれた。
 ちゅ、ちゅぅぅっ……
 私の口の中からチョコレートを吸い出したいと、私の舌を口全体で包み込み、唾液で全てこそげ取ってしまうかのように。
 ずっと舌で絡まっていたチョコレートが、志貴の喉をこくんと鳴らして嚥下する様、私は震えてしまう程妖艶な姿を覚えた。
 それだけでエクスタシーに達してしまいそうな情景。
 たまらなかった。

「んっ、むうっ……」

 志貴が僅かに身体を傾けると、私は志貴にのしかかるようにして唇を押しつけた。
 ずずっ……じゅちゅぅ……
 淫靡な音を立てて、私は志貴の中に溢れる唾液の全てを垂らし、志貴は飲んでくれた。
 じゅっ、ちゅぴ……
 その間も絶えず舌は絡め続け、いつの間にか志貴は私の身体を強く抱いてくれていた。押しつぶされるようにして身体が、胸が志貴に触れていると思うと、それだけで体が熱くなり
 ぴちゅ、ぴちゃ……じゅぅぅっ
 私は全てのチョコの味が無くなっても尚、陶酔しながら志貴と舌を絡めていた。


「シ、シオン!?」

 私があまりに名残惜しいがそっと唇を離すと、志貴は先程までの行動は何処へ行ったかのように、混乱しながら私を見た。
 志貴と繋がっていた唇を舌でなぞると、志貴の唾液とチョコレートが絡まった、何とも言えない甘美な味が私の中に広がり、私は身体が熱くなった。

「これが、私のプレゼントです……」

 そう言うと、私は置かれていた小瓶をもう一度手に取る。

「あともう一度……ありますから」

 そう言って私がその小瓶の中身を見て、志貴にうっとりとした表情を向けると、志貴はごくんとつばを飲み込んだ。
 ああ、もう一度……
 私はもっと甘いキスがしたくて、これから起こる事への思いを巡らせた。
 もっと控えめにして、志貴とのキスを長く続けていたい……今度は二人の唾液が絡まったそれを、私も味わってみたい……
 チョコレートと一緒に、私のこころも溶けてしまいそうだった。

「ま、待ちなさいシオン!」

 ……が、そんな甘い時間を切り裂くように、秋葉の叫び声があがった。

「そ、そんなの……抜け駆けよ!」

 振り返ると、今までに見た事のない表情で秋葉が私に指を突きつけていた。怒髪天を突く、とはまさにこのことだろうか、紅く染まった髪はオーラを漂わせ、秋葉の周囲に烈火の如く広がっていた。
 秋葉だけではない、その場にいる全員が、私に対して敵意とも思える表情を向けていた。

「いいえ、あくまで私達は渡す事に関する協定を結び、順番を決めただけです。個々の『渡し方』に付いては、誰も言及しませんでしたが?」
「くっ……」

 私の言い分は正論だ。渡し方はどうやったって自由であるはずだ。
 だから私はあの時……このチョコレートを口移しで志貴に舐めさせようと決めたのだ。
 そこに気付かず誰も行わなかったのが悪い。
 これは私の正当な行為であり、秋葉達は単に放棄しただけだった。そこへ異論を挟まれるのは筋違いというものだ。

「……だったら! 私も口移しで食べさせます!!」
「わたしも!!」
「わたしもですっ!!」
「わたしも……」
「あはー、全員で志貴さんとディープキスですか。ならばわたしも〜」

 秋葉を始め、全員はそう言うと、自らの包みを破るようにして自分のチョコを取り出すと、志貴にのしかかっていった。

「うわわ! シオン! 助けてくれ〜」

 志貴が女性五人に覆いかかられて私に助けを求める。が

「志貴、私の分がもう一度ある事を、忘れないでくださいね」
「そんなぁぁぁぁ……うわぁ!」

 私はあっけなくそう言うと、そんな秋葉達の乱恥気をソファーに座って眺めていた。
 これでいい。
 例え渡す順番は最後であるのにも関わらず、しかしこの行動が最初に行われたとしても、このインパクトならば追随する他の誰も敵わないと確信していた。
 優越感のなせる余裕。
 これで志貴は少なからず私に傾いてくれる。
 そう思うと今こうやって志貴の唇を奪い合う五人が、なんだか滑稽に思えて

「ふふっ……」

 私は思わず笑ってしまった。

 さぁ志貴、これは私を惑わした罰です。
 文字通り、十分に『味わって』下さいね……

(おわり…?)





〜後書き〜

 実は初? の時事ネタSSだったりします。
 本当は書くつもりはほとんど無かったのですが、阿羅本さん、そして大崎瑞香さんのバレンタインSSを読んでいくウチに、沸々と欲望が鎌首をもたげてきて……即興で一気に書いてしまいました。

 生まれてこの方、あまりチョコというものを貰った事がありませんが、小学二年生の時、最初に家族以外に貰ったのが、話に出てきたような小瓶に入れられた百円のスプレーチョコでした。
 当時はその子がどうだとも深く思わず、ついみんなに見せびらかしてしまい、逆にからかわれてしまったのですが、後にその子(男勝り:今は大親友)に
「あの頃、本当にあんたの事大好きだったんだから!」
(からかわれて少しだけ嫌いになってしまったらしく、今は互いに恋愛感情無し)
 と言われて、人生の重要なターニングポイントを逃したような気分になりました。あっちゃー、俺も好きだったんだけどなー(苦笑

 まぁそんなこんなで、今年もオケラ間違いなし……というかバイトにも学校にも行ってないので貰える訳ないのですが、個人的にはシオンを使ったちょっぴり「キスキス大好きっ!」を意識したエロエロなお話が書けたからヨシとしましょう!(笑

 ふふふ、他の皆さんのバレンタインSSが楽しみです。それでは〜ノシ

('03.02.14)

追記;ホワイトデーSSを書きました。








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