ゆっくりと一子が一呼吸する間。
そして、志貴が顔を向けた。
一子が予想したとおりの驚き顔。
「え?」
「だから、まだ男を知らないって言ってるの」
「……え?」
馬鹿みたいに、ぽかんと口を開けた志貴に、一子はくすりと笑う。
急がず志貴が言葉を消化するのをゆっくりと待つ。
「な、なんで……」
「ああ、好きだった男の初めてを親友に奪われて、ショックで男の人とつきあう事が出来なくなったんだ。
つまり有間と朱鷺恵のせいで……」
「……」
「嘘だよ。そんなに真青になるなって、可愛い顔が台無しだぞ。
つきあった男は何人かいたけど、どうも本気になれなくて。
たまたま巡り合わせが悪くてこうなってるだけだから、有間は全然気にしなくていいから」
「でも……」
むしろ一子の方が気遣いの表情で、志貴を見ていた。
志貴はなおも言い募ろうとしたが、一子はちょっと苦笑して、志貴の唇をちょんと突付く。
「じゃあ、責任取ってずっと私の面倒見てくれる?
……考え込むなって」
覗き込むように一子は志貴の目を見た。
「一度だけでいいから、夢を見させてよ。
こんな姿の有間に会うなんて、素晴らしい夢はもう見られないかもしれないから」
志貴は頷くしかなかった。
いいのかな、と思う。
よりによって一子さんの初めてが、こんな姿の自分で……。
でも、一子の目は志貴の躊躇いを粉砕し、強引に同意させる力に満ちていた。
一子さんが望むなら。
そう、志貴の心を向けさせる程に。
そして志貴は一子が立ち上がって、上半身だけでなく下まで全て裸になるのを、目を奪われたように見つめた。
黒い翳りも、その下の薄桃色の谷間も、触り心地のよさそうな太股も全て魅惑的だったが、それがまだ誰にも侵されていない文字通りの処女地だと思うと、よりいっそうの感慨をもって志貴の目を惹きつけた。
まして、これから自分がそれを……、と思うと、それだけでくらくらとしてどうにかなりそうだった。
志貴が動揺しているのに反し、未経験の一子の方がむしろ手際よくその瞬間に向けて動いていた。
まるで何度も夢想してきたかのように。
横になるよう志貴に指示し、自分は膝を立てて馬乗りになる。
「男でも、こんなに濡れるんだ……」
意外そうに、志貴のペニスの先を指で弄ぶ。
皮から先端だけ顔を出した亀頭の先には、先走りの露がこぼれる程になっていた。
そっと触れた一子の指に、にちゃっと細い線が引く。
「私も、有間の体に触れてて、もうこんなになってるんだ」
幾分恥かしそうに、今度は一子は自分の谷間に手をやった。
志貴にもそこが既に濡れ光っているのが見て取れる。
一子が、両手の指で左右に開いた。
鮮やかなピンク色の粘膜。
そして、溢れた露液がつーっと垂れ落ちた。
それを目にして、志貴のペニスがピクンと動く。
「二人とも準備はいいみたいだね」
一子はそう言うと、志貴のペニスをつついた。
滴るほど濡れた指先が、志貴の先端をさらに濡らす。
その感触でさらにビクビクと動くペニスを細い指で上に向けた。
しかし、指を撥ね退けようとする程の力強さに、幾分戸惑う。
なんとか角度を整え、一子は自分の体勢をいろいろ変えようと試みた。
やっぱり、自分がリードした方がいいかなと志貴は思う。
自分が元の姿で、もしも一子さんとこういう事になったら、きっと一子さんも受身になって自分に身を委ねただろうと、埒もない事を考えたりもする。
でも今はそれを一子は望んでいない、それはよくわかっていた。
だから、少しはらはらしつつも志貴は見守っていた。
やがて、納得がいったのか、動きが進んだ。
志貴のペニスの先が、ぬめりを帯びた粘膜に触れていた。
敏感な先端から、それだけで甘美な性感が体全体に伝わっていく。
「有間……私の初めて、もらってくれよ」
「はい、一子さん」
二人で同じ緊張を共有する。
一子の腰が沈んだ。
志貴の亀頭が半ば埋まり、濡れた。
まだ、きつさはない。
なんとも言えない柔らかい感触。
志貴はその先を期待する。
さらなる快感を。
だが、それはすぐには訪れない。
僅かに一子の中に入ると言うより、触れただけ。
ぴくりと動きが止まっていた。
甘美なくすぐりも消えていた。
軽い不満を肉体が訴える。
しかし、それは自分を焦らす為ではないのだと志貴にはよくわかっていた。
怖がっている。
一子さん、怖がっているんだ。
その表情、震え、志貴には間違え様が無くわかった。
初体験故の戸惑いもあろう、肉体的な苦痛への怖れや精神的な拒否感などがあるのは確かだった。
でも、それ以上に、自分に拒まれるのを最後の最後になって一子は恐れているのだと、志貴は感じた。
頷いた。
一子の目をまっすぐに見つめ、志貴は頷いて見せた。
「一子さんの初めて、俺にください」
志貴の目に一子がにこりと笑ったのが映る。
そして、一子は自分で、己が純潔を捧げる動きを取った。
躊躇い無く、腰が沈む。
志貴からは、一子のきつく噛み締めた唇、紛れも無い苦痛の表情が見て取れた。
でも、それに注意が向かないほどの圧倒的な快感に、体と心が支配されていた。
みりみりと一子を穿つ感触。
それは、一子に苦痛をもたらすと同時に、志貴に尋常でない快感を与えた。
ほとんど痛いほどの締め付けも気をつけねば終わりを迎えそうだった。
でもそれ以上に、誰も汚したことの無い処を初めて自分が入り込んでいるのだという証に思え、征服感すら交えた悦びに転じていた。
でも、その陶酔の中で一子の姿が目に入る。
強張らせた体。
崩れかけた上半身を支えてベッドについた手が震えている。
二人の結びついた処は翳ってよくは見えないが、確かに純潔が破られた徴が垣間見える。
「一子さん……」
むしろ返事を求めるのを躊躇うような志貴の声。
苦痛に耐えているのだろう。
痛くない訳が無い。
でも、それを大仰に指摘して気遣いや慰撫の言葉を口にしても、一子は多分喜ばない。
それは志貴にはきちんと感じられた。
いや、一子の目で否応なしに悟らされたのかもしれない。
苦痛の色を湛えながらも、それが何でもないと言いたげに、じっと自分の初めてを捧げた相手の顔を見つめている一子の目。
だから志貴は、一子の為の行為を選択した。
相手の女性の苦痛を省みる事無く、ただただ受ける快感に浸り、自分本意に楽しむだけという、志貴のようなタイプには自己嫌悪を誘いすらする行為を。
でも、それが一子がいちばん望んでいるであろう行為と思われた。
「気持ちいいよ、一子さん」
素直に、自分の味わっている性感を言葉にする。
隠す事無く、そして飾る事も無く。
はたして、一子は嬉しそうに軽く頷く。
「本当?」
「本当だよ。温かくて柔らかくて、それでいて強くギュッって……」
志貴の言葉に反応したのか、膣内がぴくと動き、志貴に吐息を洩らさせた。
その様を見つめ、一子は言った。
「どうすればいい? 有間のこと、もっと良くしてあげたい」
「動いて下さい。上下に、ゆっくりでいいです」
「わかった」
志貴の言葉に、おずおずと一子は従った。
最初は痛みが勝ってぎこちない動きだったが、やがて慣れてコツをつかんだのだろうか、一子の腰は一定のリズムを伴って揺すられ始めた。
その都度に、一子の合わせから志貴の幼いペニスが現れ、また潜り消えていく。
抽送の度に、ぬめるような粘音が奏でられ、次第にその音を大きくしていった。
「凄い……、一子さん、こんな、あぁ……」
触れられているだけでも、いつ達してもおかしくないほど興奮し高まっていたのだ。
自分から頼んだとは言え、それが擦り、絞り上げる動きを始める事がどれほどの威力を持つのかは、志貴の想像を越えていた。
むしろ緊張からくる強すぎる締め付けは僅かに弱まり、動きを助ける緩衝となる腺液の分泌とでスムーズに一子の膣内をペニスは行き来しているのだが、その摩擦の生み出す快美感の大きさ。
志貴はただ暴発だけは抑えようと、うめきのた打っていた。
この体になってからでも、何人かの女性とは接していたが、その何れともまた異なっていて、志貴もまるで初めてそうした行為をしているかのように耐性が微弱となっているようだった。
志貴の思わぬ痴態を、一子は覆い被さるようにして、間近で見つめていた。次第にその顔は、苦痛の色は残っているものの、うっとりと陶酔したような表情に変わっていった。
経験は無いものの、志貴がどういう状態にあるのか何もわからない訳ではない。
「イキそうなの?」
「……う、うん。一子さん、もっと弱めて、くぅぅ……ふぅ…。
ダメ、止めて、そうじゃないと……」
止まらない。
むしろ、よりいっそうの熱心さで一子の動きは激しさを増す。
「一子さん……」
志貴は、一子の顔を見て、無駄な抵抗を止めた。
はっきりと一子は無言で語っていた。
許してあげない、と。
素直に、志貴は一子の奉仕に身を委ねた。
喘ぎ声が洩れ、身悶えをしているのを見られるのは恥かしかったが、それを一子が喜びをもって見つめている以上、ただ性感の高まりのままに終局へ向かうしかなかった。
改めて不思議に思う。
一子さんとこんな事になるなんて。
それも、出会った頃とあまり変わらない姿で。
一子さんはだいぶ外観は変わったけど、中身はそのままだ。
ちょっと見は無愛想で、粗暴だったりなに考えているのかわからなかったりするけど……、優しくて可愛いお姉さん。
腰が今までと全然違う甘い痺れと、むずむず感に満たされていく。
志貴は慌てて、さっきまでと違う調子で一子に声を掛ける。
「一子さん」
「ん?」
切迫した様子の志貴に、一子はちょっと戸惑い、ああと理解の色を浮かべた。
もう抜いてくださいという志貴の懇願を言葉によらず聞いた上で、まったく反応を示そうとはしない。
少しだけ動きを緩めた程度。
ずずっとペニスは半ばまで現れ、また一子の腰が深く沈む。
「いいよ、そのまま」
「でも……」
わずかに潤んだ目で、一子は志貴を覗き込んだ。
「ここでやめちゃうなんて酷いこと、優しい有間はしないよな?」
ぎこちないながらも、一子は下半身に力を入れる。
限界近い志貴のものが、さらに甘美な収縮の刺激を受ける。
「ちゃんと私の中にくれるんだろ?」
甘い声の脅迫。
こうなると志貴には何も出来なかった。
どのみち、もう……、間に合わないし、志貴の体もこの甘美な処から離れるのを拒んでいた。
「イクよ、一子さん」
「きて、有間……」
軽く一子の腰が上がり、そして、ズンと今まででいちばん深く下へと打ち付けるようにして沈んだ。
志貴の幼いペニスを奥まで届かせようと。
まだ痛みは残っているものの、より強い一体感を一子は求めた。
志貴の腰が動く。
一子だけでなく、志貴もまたより強く深く繋がりたいと、下から突き上げた。
そして、限りない密接の瞬間、
どくどくと、激しい奔流が志貴から一子へ注ぎ込まれた。
まだそれを受け入れた事の無い膣内を、溢れるほどに満たしていく。
「あ、わかる。
有間が、今、私の中で……」
眩暈のしそうなほどの射精の後の脱力の中で、志貴は一子の嬉しそうな声を聞き、自分も笑みを浮かべた。
圧倒的な射精の快感よりも、一子との一体感よりも、何故か今は一子が喜んでいるという事実が胸を熱くさせた。
「有間……」
「一子さん……」
目が合う。
確かめるように名前を呼び合う。
「知らなかった。
こんなのが、凄く嬉しい……」
そう言って一子は目尻から、ぽたりと雫を落とした。
ぽたりと。
またぽたりと。
志貴は、一子が涙を流すのを、信じられない思いで見つめた。
「一子さん?」
「嬉しい、嬉しいよ、有間……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、一子は震える声で志貴にというよりも自分自身に向かって呟く。
言葉のとおり、純然たる喜びと、深い感激の色彩を帯びた声。
「一子さん」
何もしないで、と言われていた事も忘れて、志貴は上半身を浮かせて、一子の手を取った。
そのまま引っ張り、間近に来た顔に向けて自分の顔を近づけた。
一子は志貴のなすがままになって、唇を合わせた。
涙の味がする、けれど甘い甘い口づけ。
「ありがとう、一子お姉ちゃん」
「……」
驚き、そして一子はぼろぼろと泣き始めた。
「ば、馬鹿、何を言っ……、ふぅン…ンン……」
また強引に志貴は唇を奪う。
一子もまた自分から唇を強く合わせる。
顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも二人は離れなかった。
「痛……」
一子の口から声が洩れる。
「あれだけ動いたのに、抜く時にはまだこんなに痛みがあるんだな」
どことなく面白そうですらある声。
抱擁を解き、一子はゆっくりと腰を上げていた。
どろどろとした志貴のペニスが外へと出てくる。
こればかりは男にはわからないしと、心配そうに志貴は一子の顔と秘裂の様を見つめている。
その目に対し、一子は何でもないよと無言の態度で示す。
実際のところ、あれほど自分の中を満たしていた志貴のモノが無くなっていく空虚感に比べたら、痛みですら心地良かった。
じんじんとした鈍痛は、志貴の存在の証だったから。
一子は立ち上がり、志貴と向かい合うようにぺたんと座る。
はぁと溜息をつくと、ふと違和感を感じて、下を覗き込んだ。
「出てくる、なんだか凄いな……」
怪しげなビデオなどでそんな光景を見た事はあったが、それが自分の体に起こっているのが、一子には不思議だった。
男の吐き出したものが逆流してこぼれ出す……、ある意味グロテスクですらある光景であったが、何故こんなに悦びと、そして勿体無いなんて事を思うのだろう?
そう思いながら、そっと指で触れる。
ドロリとした粘っこさ。
志貴の白い精液と、少し濁った自分の愛液。
そしてそこに混じる紅。
服をがさごそと探り、ハンカチをあてた。
薄く赤く染まった。
まじまじとそれを見つめる。
不思議な、自分でもわからない感慨。
それは……。
と、一子はぎょっとしたように思考を止めた。
「有間、何をしているんだ」
「何って……」
股間のむずむずする感触に目を向けると、志貴が身を屈めていた。
ティッシュを手にして、一子の太股と秘裂の周りとを拭っていた。
「いいよ、そんな事」
「これくらい、させて貰います」
志貴は一子の言葉をあっさり退け、作業を続けた。
一子もそれ以上拒否をする事なく、志貴の行為を受け入れる。
繊細なガラス細工でも扱うようにして、志貴は一子にそっと優しく触れていた。
そう言えば、こっちからは有間の体をいろいろ触ったりしたけど、有間には触れさせなかったな。
今更のように一子は気付く。
胸は少し触って貰って……、気持よかったけど。
それも、ちょっとだけだったか、すぐに有間のが欲しくて挿入しちゃったし……、勿体無かったかなあ。
そんな一子の物思いには気付かず、志貴は散文的に声を掛けた。
「イチゴさん、もう少し脚を開いて……」
「こう?」
いつの間にか、呼び名が普段のものに変わっている。
それが何だか残念なような、嬉しいような。
「あーあ、凄い事になってるな」
「そうですね」
志貴に合わせて、一子も日常に戻る。
別に無理をしているわけではなく、二人のいつものスタンス。
お互い裸で、性交の跡を拭いているというシチュエーションでありながら、まるで部屋の掃除でもしているかのような調子なのが、一子にはおかしかった。
でも、ちょっとだけそれを乱したくて、一子はさりげなく問うた。
「こんなにいっぱい出すほど、気持よかったんだ?」
「はい」
志貴は一言で答え真っ赤になり、そして改めて自分の今している行為に気付いたように手を止め……、そしてまた新たなティッシュを数枚取った。
一子も、それ以上意識すると、おかしな気分になりそうで、志貴の指の感触を努めて感じないよう試みた。
そんなのは無理だと知ってはいても。
「あ、一子ちゃんいいなあ。
志貴君、私の時はそんなに優しくしてくれたっけ……?」
「朱鷺恵」
「朱鷺恵さん」
いつ現れたのだろう。
まるで最初からそこに立っていたかのように、朱鷺恵がベッドの脇に立って、笑みを浮かべて志貴と一子の姿を見つめていた。
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