「あの……」
「ええとね……」
何をしたらいいのか戸惑う雰囲気。
かといって黙っているのも耐えがたく感じられる。
一子にはさっきの告白時のある種捨て鉢なテンションは残っていない。
志貴にしても、思いも寄らぬ事で、もともと気の利いた男女の機微などには通じない性質でいかんともしがたい。
結局、年齢差によるものだろうか、一子がふっと苦笑し、口を開いた。
「いきなり告白されても、困るな、有間?
何かあったかはわからないけど、そんな姿になって大変な時に……。
気にしなくていいぞ」
「いえ、この姿自体は、だいぶ慣れて……」
じっと一子を見つめ、恐る恐る志貴は言葉を口にした。
「あの、冗談とかでなくて本当に子供の頃の俺を……、その……」
言い辛そうにしている志貴を穏やかな目で見て、一子は受け取る。
「好きだったな。いや、大きくなった有間も好きなんだけど。
こんな事、絶対に本人には知られまいとしていたのにな……」
「知らなかったです。
有彦とまとめて弟くらいに思われていたと」
「ああ、それも正解。
だから、自分でも変なのかなって悩んだりもしたよ。
弟みたいなのに、ときどき、その……、変なこと考えたりして」
「そうですか」
あえて、変なことという言葉には反応しないで、志貴は頷く。
そして、ふと思い出したというように少し話題をずらした。
「さっき朱鷺恵さんが言いかけたの、何?」
「うん?」
「俺がその……、朱鷺恵さんと関係したのを知って……、その」
「ああ」
その事か、と呟いて一子は僅かに顔を顰める。
手が無意識にか、そこらを探る。
煙草を探しているんだな、と志貴の頭の妙に冷静な部分が呟く。
あいにく、煙草は切れてしまったようだった。
忌々しそうに軽く舌打ちする。
「言いたくない事だったら……」
「いや、まあ、いいよ。
私がさ、髪を染めて、煙草を吸い始めたのいつ頃だったか憶えているか、有間は?」
「え、確か俺が……」
どういう意図の質問なのかと考え、そして頭の中で何事か志貴は計算を始めた。
やがて、その顔が驚愕に凍りつき、ただ目だけが大きく見開かれた。
「まさか」
「その、まさかだ」
「知らなかった……」
志貴は昔の一子の姿を思い浮かべた。
もっと髪が長くて、少々無愛想な感じはしたけど、いかにも年上のお姉さんといった風情だった頃の……。
突然、髪を染め、髪型を変えた時にはびっくりしたものの、あまりによく似合っていた為、すぐに馴染んでむしろこれ以外の一子の姿が思い浮かべられなくなったのだが。
まさか、自分が原因でと思うと、口には出来ない程の衝撃が生じた。
「いいや、この際だから全部聴いてくれ」
動揺した志貴の顔を見て、むしろ一子は落ち着きを見せた。
僅かに口元に歪み。
苦い薬を口の中で転がしているような、逡巡。
しかし、それを飲み下し、一子は話を続けた。
「どうして有間と朱鷺恵の事を知ったのかは言わない。
いろいろとあって、それは長くなるし、それはとても言えない。
朱鷺恵に訊いても、さすがにそれは言わないだろう。
ただ、知っちゃったんだ。
有間と朱鷺恵がそういう関係になったって」
また、指先が物寂しげに動き、止まった。
「自分でも驚くくらいショックだった。
何がショックだったのかわからないくらいショックだった。
こんな事ならと思って、でもそうしていたら結局有間のこと失っていただろうなと思ったり、それでもいいからと思い返したり。
それから、落ち着いて、今度は次に有間に会った時どうしようかって悩んだんだ」
「悩んだ?」
「絶対に有間のこと、普通の目で見る事が出来ないと思った。
実際、見られなかったし……」
そう言われても志貴には記憶が無い。
もちろん、今の今まで朱鷺恵との事を一子に知られていないと思っていたのも確かであった。
「それで、髪をばっさり切って、染めて、髪型も変えた。
まあ、前から髪伸ばすのは飽きてたから、そのうち変えようとは思ってたんだけどさ」
「でも、なんで?」
「突然私の姿が変わったら、有間の方が先に驚いた目で私のこと見るだろう?
そうしたら多少こっちの反応が変でも気付かないだろうし、それからは普通に接する事ができるからね」
志貴にはそれに応える言葉が無かった。
ただ、一子が考え、そうしたのなら、それでいいとも思う。
少なくとも今の志貴にとっての一子は、この今目の前にいる一子だったから。
でも、と僅かにささやく声があった。
それが自然に口から洩れた。
「今のイチゴさんも素敵だけど、前のイチゴさんも……、好きでしたよ」
「ほう?」
一子はむしろ当惑したように志貴の言葉を受ける。
志貴も唐突だな、と自分で思いつつも、伝えるべき言葉を口にする。
「恋愛感情とかでなくて、この人が本当のお姉さんならよかったのにっていう気持ちが正解かもしれないけど、乾家にお邪魔したのだって、有彦だけでなくて、イチゴさんに会いたかったからだし……。
だから、イチゴさんの気持ちを聞いて、びっくりしたけど、俺、嬉しかったです」
子供の志貴が考え考え喋る言葉は、真摯なものであり、一子は感情を揺さぶられ、そして何とも言いがたい表情を浮かべた。
「有間、ちょっとだけ、ちょっとだけ抱きしめていいか?
さっきの朱鷺恵みたいに」
「え?」
一子からすればつながった思考なのだろうが、志貴には唐突な言葉。
だが、志貴は頷いた。
許可は取ったものの、朱鷺恵のようにまったく抑制なしに抱きつく事は出来ず、ぎこちなくじっとしている志貴に近づき、一子は小さな体を腕の中に誘った。
志貴は抵抗せず抱擁の中にいる。
それに勇気付けられたように、一子は腕の輪を狭めた。
「本当に、小さくなっちゃったんだな」
目で見て当り前の事実を、初めて気付いたように呟く。
最後に会った時の志貴であれば、身長差ではむしろ一子が志貴の胸に額を当てるくらいだったろう。
しかし、今は二人の位置関係は逆転している。
より正確に言えば、一子の手が頭にかかり、志貴の顔は、一子の二つの膨らみの間に埋もれていた。
さきほど朱鷺恵が抱き締めたのと同じ状態。
そのまま一子は、少年の体を味わうように目をつぶった。
何度かの呼吸の後、手がゆっくりと裸の背を動く。
もぞもぞとくすぐったそうに志貴が動くのに、忍び笑いを洩らす。
「ふふ」
抱擁を解き、志貴と目を合わせる。
「どう?」
「柔らかくて、温かいです」
幾分ぼうっとした顔で、志貴は答えた。
胸だけではない、裸で薄布越しに触れ合った一子の体は、志貴に甘美な感覚をもたらしていた。
「朱鷺恵と比べたら?」
「え……」
もう一度抱かれる。
志貴の顔は胸に押し付けられ、一子の手でがぎゅっと力を増す。
谷間にある志貴を押し潰すかのように、量感のある柔らかさが迫る。
しばし荒々しいまでの甘美な仕打ちを受け、志貴は解放された。
「どうかな、これは。朱鷺恵よりは大きいかなと思っているんだけど?」
「さっきの朱鷺恵さんもいい匂いがして、すごく柔らかくて。
柔らかさなら朱鷺恵さんだけど、イチゴさんの胸の方がすごく大きくて窒息しちゃいそう」
どこかおかしみを誘う志貴の返答。
こういう時は嘘でも、目の前の女だけを褒めておくものだろう。
そう思いつつ、一子は自分でも思いも寄らぬ行動を取った。
まだ言葉を続け掛けていた志貴の顔に手を伸ばし、顎に手をやって、口を開けたままの志貴のぷっくりとした唇に、自分のそれを重ねた。
軽いキス。
ほんとうに唇が触れるだけの、子供のキス。
短くない時間を経て、一子は顔を上げた。
物足りない。
そう思った。
「そんなつもりは無かったんだけど」
幾分悔いるように、志貴に、いや自分に対して呟く。
口に手をやりびっくり顔の志貴に、笑みを見せる。
自分ではわからないだろう、いつになく艶めいた笑みだった。
「でも、ああ、やっぱり……、ごめん、有間」
一子の体が志貴の小さい体を押し倒した。
抗うことも動揺していて出来ない志貴の唇を、再度一子は奪った。
技巧も何もない、ただ唇を合わせるだけの荒々しい口づけ。
顔を僅かに上げては、まだ足りないというように唇を重ねる。
ほとんど息すら忘れて一子は繰り返し、荒く息を吐きつつ、上半身を起こす。
「どうしても嫌なら、今のうちに言ってくれ。
まだ、何とか我慢できるかもしれない」
体が覆い被さった状態で、拒否権があるのだろうかと変に冷静に志貴は考えた。
秋葉に悪いな、とちらりと脳裏に思いがよぎる。
ただ、鈍感さと変な鋭さを共存させている志貴は、この時気がついた。
一子の、一見激情のままに動いているかに見える一子の顔に。
怯え。
拒絶される事への怯えが、浮かんでいた。
「優しくしてくださいね、イチゴさん」
「うん」
むしろ同意された事に驚いた顔。
そしてそれが、喜びに変わる。
一転して積極的に一子はぎゅっと志貴の体を抱き締めた。
先ほどとは体勢も違うし、何よりその先が予想されるだけに、志貴にはよりいっそう一子の肉体が意識させられる。
柔らかい、温かい体。
そして、ふっとその重さが消えた。
上半身を起こした一子が、無造作に服を脱いでいた。
淀みない動きで、下着までがあっさりと取り外され、ベッドの傍に置かれる。
普段のボタン一個外しすぎですよと言いたくなるような格好や、遊びに行った時などの水着姿をよく見ているから、豊満な胸については知っていた筈だったが、何も纏わず生で目の前にしているのはまったく違う。
志貴は息を呑んで、その膨らみを見つめた。
膨らみと呼ぶのもおこがましい最愛の少女の姿から比べると、言葉を失うほどのボリューム感。
ただ大きいだけでなく、形よくつんと前に飛び出した張りのある様子。
さっき服越しで触れた感触が甦る。
あそこに、と思い出すと頬が熱くなってくる。
準備を整えたのか、一子がまた志貴に体を重ねてくる。
胸が揺れ、下を向く事で形を変える。
志貴は反射的に手を伸ばした。
柔らかく重い膨らみを広げた手でぎゅっと握る。
指が食い込み、そして中からの弾力で止められる。
なんとも甘美な感触。
「悪戯はダメだな」
一しきり志貴の自由にさせて、一子はやんわりと志貴の手を止めた。
志貴はえっと驚きと不服の顔を見せる。
「ダメだ」
「え?」
「私の有間はそんな真似をしない」
「え?」
「そんなエッチな事なんて知らない汚れの無い少年なんだ。
そして、年上のお姉さんに弄ばれて、初めてを奪われるんだ」
「イチゴさん……、真顔ですね。
いいです、こうなったらなんでも好きなようにして下さい」
「うん……。有間の体、確かめさせて」
甘い囁き声。
そして、一子は行動を開始した。
ぬめぬめと舌が這い回る。
一子は、休む事無く唇を合わせ、舌で舐め続けた。
まるで志貴の幼い肌のどこもかしこも全てを味わい尽くそうとするかのように。
いや、そのつもりなのだろう。
腕も、肩も、首筋も、胸も、全て唇が触れていた。
その、吸われ、舐められ、啄ばめられ、時に甘噛みされる感触。
そして、動く度に一子の滑らかな肌が触れて擦れるぞくぞくするような感触。
自分でもわからないのに、一子の舌が肌のそこかしこに触れた時に、他とは違う電気が走ったような刺激。
一子の胸がぎゅっと押し付けられ、潰れながら動く時の快美感。
志貴は何度となく声をあげた。
止めようとしても、自然と声が洩れ出す。
志貴の吐息や嬌声を心地よげに耳で味わい、一子はさらに声を出させようと水の絡む音を志貴の体のあちこちで慣らす。
「一子さん……」
時折、懇願するような志貴の声が聴こえるが、もはや気に止めない。
僅かに、イチゴさんじゃないんだな、まるで出会った頃みたいに、一子と呼ぶんだなと頭の片隅で考え、また舌を蠢かす。
「ここの傷、無くなっちゃったんだな」
少し寂しげに言い、そこにあった筈の傷痕を正確に舌でなぞる。
指で思い出すように触れては、舌で上書きする。
そしてさらに下へと向かう。
お腹を這い、へその窪みに舌を突っ込み、そしてその下へ。
「大きくなってる」
確か、トランクス派だった筈だが、とぼんやりと思いつつ、いかにも小学生の履きそうな白ブリーフの膨らみを見つめる。
最初に見た時には、ほとんど目立たなかったのに、今は外からはっきりと見て取れる。
ほとんど無造作とも言える手付きで、一子は志貴のそれに手を伸ばし、撫でた。
「ふぁぁッッ、一子さん!!」
ほとんど悲鳴に近い声。
下半身がびくんと動く。
「見せて」
返事を待たずに一子の手がブリーフの両脇にかかる。
ずるりと志貴の最後の一枚が半ば脱がされた。
「わぁ」
感嘆したように、一子は声を上げた。
「こんなに、大きくなるんだ」
間近でしげしげと眺められるのを、志貴は羞恥に顔を背ける。
しかし一子はそんな志貴の様子には斟酌しない。
目を背けた志貴にも、一子の息がかかるのが伝わる。
一子の指が、根元から、皮を被った亀頭まで触れているのを見ているよりもはっきりと感じる。
それでもその様子をはっきりと目で見るのを志貴は嫌がった。
どうしても、その子供じみたペニスを見られるのだけは、それが誰であれ、僅かな心理的抵抗があった。
そんな状態だから、一子の動きが止まったのにもすぐには気付かなかった。
そして、一子がなにげない調子で言った言葉を、理解して反応するのにも、僅かに時間を要した。
「なあ、有間、どうせわかる事だから、先に言っとくけど、私は経験無いから」
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