「分かっている? この結界をくぐれば、あなた達は……」

 そこまで言って、鎖から己の戒めを解いて呪文を詠唱し終わったヴァーミリオンは口をつぐんだ。


 玉座の正面、その巨大な空間には大きな一枚の鏡のようなもの。
 それはヴァーミリオンの意志が生み出した、最後の結界。

 そう、セヴンスナイトがいると言われている世界への扉……


「……分かっています」

 アンバーは、こくりと頷いた。
 しかし、ジェイドは俯いたまま何も言わない。

「ジェイドちゃん……」

 分かっていた。これをくぐるとあまりにも厳しい現実が待ちかまえているのを。

 ジェイドは、セヴンスナイトを見つけだし、この世界に連れて帰ると訴えた。そうすることでヴァーミリオンと契約させ、再びこの世界の安定を求めようとしていた。

 しかし、アンバーはそうではなかった。
 セヴンスナイトと自らが契約し、その力でこの世界を助けようと決心したのだ。

 それは、主君でもあるヴァーミリオンに対する裏切り。
 さらに横恋慕とも言え、女としても裏切ることとなる。

 しかしそれは、向こうの世界からこちらの世界には自分達の力だけでは帰って来られないことを知っているアンバーにも、そして自らの力が衰え、身を引くことを決心しているプリンセスの為にも一番正しい選択であった。

 契約をし、自分が新たなプリンセスになれば、強大な力を得ることが出来てこちらに帰って来られる……通常は相容れられぬ世界の秩序を守るために、自分たちは向こうの世界にあまり干渉してはいけないのだ。

 ジェイドはそれを知りながらも、契約はせずにマスターを見つけだし、奇跡とも言える可能性を探して帰ってこようとしていた。
 最後まで主君に絶対服従。それは彼女であるが故の決心であった。

 プリンセスになろうとする者と、それを阻止する者……
 つまり、向こうの世界ではふたりは敵同士となる。

 同じ血を分け、同じ君に仕えながら敵対する。
 運命はこうも皮肉なものなのか。

「プリンセス」

 ジェイドは初めて瞳を起こすと、ヴァーミリオンを見つめた。

「必ず……戻って参ります」

 ジェイドは、全ての迷いを振り切っていた。

「姉さん……」

 そして、最後にアンバーを見つめると、ぎゅっと抱きついていた。

「こんな妹を、お許し下さい……私は、こうすることしかできないのです」

 泣いていた。
 不器用な自分に。
 そして、最愛の姉に。

「……ジェイドちゃん」

 その震える体を抱きしめてあげながら、アンバーは優しく答えた。

「大丈夫。また平和になったら一緒に暮らしましょう?」

 そう言ってジェイドの瞳をまっすぐに見つめた。
 ジェイドは、最後に大きな涙をひとつこぼしたが、力強く頷いた。

「はい、姉さん」

 そうして、ふたりはヴァーミリオンに向き直る。

「それでは……」

 いよいよ旅立とうとするその姿を見つめるヴァーミリオンは、ふっと微笑んだ。

「ふたりを見てると、昔を思い出しちゃうな……私も、そうやってセヴンスナイトを探しに向こうに行ったのよ」

「そんな……」
「えっ……」

 初めて聞かされる事実に、アンバーもジェイドも目を見開いていた。
 自分たちの使える君も、また前のプリンセスを助けるために自らがその道を選んだとは……
 そう思うと、この世界の存在というものが、酷く悲しく思えるようになってしまった。

「ううん、いいのよ。それがこの世界の宿命だもの」

 ふたりの心を悟ったのか、ヴァーミリオンは首を振った。そうして……

「ふたりに、私の想いを分けてあげる。私がたった一人だけ愛した、セヴンスナイトの記憶……」

 ヴァーミリオンが手を水を掬うように合わせると、そこから輝いた真っ白な光がそれぞれアンバーとジェイドの体に吸い込まれていった。

「あっ……」

 ふたりは、体を伝うその暖かさに驚きを隠せなかった。

「セヴンスナイト……向こうの世界では「遠野志貴」って言うわ……」

 そう語るヴァーミリオンの心が、今は自分達の中に入って痛い程分かる。
 ジェイドは、それで何としても見つけださないといけないという決心を固めた。


 しかし……アンバーは、激しく自分の行為に後悔していた。
 体にその温かさを感じた瞬間、同時に寒さを感じてしまっていた。
 それは、ヴァーミリオンの心。
 

 セヴンスナイトだけを誰よりも愛し、愛し、愛し続けて……そして……別れ。
 こちらの世界に戻り、あれから今まで途方もない時間を過ごしたのだろうというのに、全く色褪せることのないその想い。
 一緒にいた記憶を消され、今は自分を覚えているわけもないセヴンスナイトへの、永遠の愛の誓い。
 その感情に切なく胸が張り裂けそうで、人を愛することとはこんなにも強い意志を生み出すのかと、初めて知らしめられたのだった。
 想いの計り知れない強さ、熱さに、それを知らずに契約しようなどと簡単に考えていた自分の愚かさに震え、凍えていたのだ。


 こんなにも、プリンセスはセヴンスナイトを想っていたなんて……
 自分が持っているセヴンスナイトへの想いなど、足元にも及ばない強すぎる想い。


「アンバー」

 ヴァーミリオンは、がたがたと震えていたアンバーを優しく見つめた。

「……志貴を、大事にしてね」

 その言葉が、あまりにも悲しい。
 涙が溢れ、逃げ出してしまいたかった。
 私は、何て酷いことを……

 しかし……

「……はい……」

 涙で前が見えない、ヴァーミリオンを見られない。
 それでも、この世界を守るためにはやらなくてはならない。

 己の、そしてこの世界への悔しさにまみれながら、アンバーは大きく頭を下げ、敬礼をした。

「行って参ります」

 振り返ったら、もう迷わない。
 ふたりはそうして、光り輝く鏡面にその体を包み込ませていった。

「……ん」

 ふと、丘の上で目を覚ます。

「プリンセス……」

 瞳に手をやると、そこにはまだ涙に濡れていた。

「……」

 プリンセスにこれほどまでに愛された遠野志貴とは、いったいどんな人物なのだろうか。
 おぼろげに浮かぶその姿がプリンセスのそれと重なって、また涙する。

「……必ず、探し出して見せます」

 プリンセスに誓ったのだ。セヴンスナイトを見つけだすのだと。
 その為にはもう、迷ってはいけない。

 アンバーは意志のこもった瞳で立ち上がると、ほうきを手に取り、空に向かって飛び出していた。

「セヴンスナイト、待っててくださいね〜。必ず最初に契約して、私のモノにしてあげますから〜!」

 元気に叫ぶ声が、空じゅうにこだましていた。

 (End,and...GO TO the 1st Night!)