「ここですよ、マスター」

 琥珀さんに案内されたのは、何やらひどい行列。さっきから見ていると、一メートル動くのに一体何分かかってるのか分かりもしない。お盆の交通渋滞じゃあるまいし、そんな状況に進んで並んで、何が楽しいのか。

「ここ、ねえ……」

 琥珀さんの調べによれば、アキラちゃんはこの列のどこかに並んでいるのだという。何故かは皆目検討がつかないけど、向こうでのアキラちゃんの事を知っている琥珀さんの言葉を信じる事にした。
 少し遠目から見つからぬよう注意して、その姿を探す。しかし、列の半分を過ぎても見つける事が出来ず

「でも、並んでる人はみんな男ばっかりだよ、こんな所にいるわけが……」

 あきらめかけようとした、その時だった。
 いた。

「……」

 ……何て言うか、無防備すぎる。
 暑苦しいこの状況の中でひとりだけ頭一つ小さいアキラちゃんが、男に混じり、それもなんかのコスプレをしたまま並んでいた。その目は真剣そのもので、とてもこちらに注意を払えるような状況にはないみたいだ。

「ほら、読みが当たりました」
「……」
「どうしました志貴さん?」
「いや、何でもないよ」

 アキラちゃん……君は魔法使いの世界でも……いや、それ以上は考えない事にするよ。
 とにかく、俺達はアキラちゃんを捕捉した。しかし、ここで迂闊に手を出すと、ただでさえ騒ぎを起こしてるのに、さらに普通の人を巻き込む事は確実だ。そうなったら、どさくさに紛れて逃げられるかもしれないし、魔法でその人達を煽動されたら、数の上でひとたまりもない。

「何とかして、アキラちゃんを人の居ないところにおびき寄せないと……」
「はいはい〜、わたしに良い考えがあります」
「考え?」

 すると琥珀さんは、どこからか一冊の本を取りだした。なにやら秋葉の学校の制服に似た女の子が描かれている本だ。

「ここに登場しますは、今瀬尾さんが並んでるサークルさんの本です〜」
「へえ……で、これをどうするの?」
「まぁ、見ててください。そろそろ……」

 と、琥珀さんがそちらに視線を向けた丁度その時。

「スミマセン〜! こちらの新刊は完売しました〜!」

 スタッフの大きな声と共に、並んでいた人々から不満と絶望の混じった何とも言えないどよめきが起こった。そして、それまで整然と並んでいた列は、まるで蜘蛛の子を散らすようにして三々五々散ってゆく。そして、ほぼ誰もいなくなったその先で……アキラちゃんがぺったりと地面に座り込んで、呆然としていた。形容するなら『そんなぁ……』としか思い浮かばないほど、わかりやすい反応だと思う。で、これが琥珀さんの手の本と何の意味があるのかと思ったその時、なるほど言葉の意味が分かった。

「これを餌にしておびき出す、と……」
「正解ですっ」
「そんな単純な罠、引っかかるわけが……」

「本当ですかっ!?」

 ……引っかかってた。
 俺は琥珀さんに借りたマントとサングラスを付け、いかにも怪しい出で立ちでアキラちゃんに近付き、『良かったら売ってあげるよ』と話しかけた。
 すると見事に返事はこうだ。

「ああ。じゃぁ、他の人に見つかるとヤバイから、こっちで……」
「はいっ!」

 本を見つめる……というか、本だけしか見えてないらしいアキラちゃんは、最初の濁った絶望の目から、今は爛々と輝き、今まで見た事もないような生きてる! という感じの目に変わっていた……それでも、何だか濁ったように見えるのは気のせいだろうか。

「あー、こっち」

 と、俺は会場の裏手、奇跡的に誰もいないスペースへとアキラちゃんとやってきた。

「ありがとうございますっ! わたし来るの遅れて、でもどうしてもそれが欲しくて……」
「いや、どうせ僕も余ってどうしようか悩んでたから、君に買って貰えてお互い万々歳じゃないかな?」
「そうですね!」

 俺は妙に生き生きとしたアキラちゃんを見てると、何か不思議な気分になった。女の子の別の顔というか、やっぱり誰でも隠してるものってあるのかな、とか悟ってしまう。

「じゃぁ、七百円でいいから」
「はい」

 よく見れば、アキラちゃんの格好は手に持った本の少女達と同じ制服だ。そのスカートのポケットから小銭入れを取り出す一瞬に、俺はチラリと横目で柱の影を見て確認した。
 ……オッケーのようだ。
 俺は柱で日陰になっているところへさりげなく向かい、アキラちゃんを誘う。

「折角だから涼しいところで」
「はい」

 とことこと何の警戒感もなく付いてくるアキラちゃん。
 ……それは危険だ、怖いお兄さんにはひょこひょこ付いて行っちゃいけないって習わなかったかい? と思ってしまう。まぁ、目先の欲望には勝てないんだろうなぁ。これが俺だから良かったものの、アキラちゃんの素直さに少し心配になってしまう。
 ……まぁ、今回は俺も『怖いお兄さん』な訳なんだけどね。

「それにしても熱いねー……」

 わざと本であおぐようにしてからニヤリと笑うと、

「アキラちゃん?」
「え?」

 目の前の少女を見た。アキラちゃんは突然名前を呼ばれ、驚いているようだった。

「甘いよ、アキラちゃん」

 俺はかちゃりとサングラスを取ると、いつもの眼鏡に掛け替えた。

「あ……セ……し、き、さん……?」

 どうやら本気でここまで気が付かなかったらしい。その素直さには感服だった。

「あ、あ、あ、あ、あ……し、志貴さん!? これは、あの、あの……!」

 わたわたと慌てて手を振り、言い訳をしようとするアキラちゃん。どうやら魔法使いとして遭遇した事よりも、こんな姿を見られてしまった事の方が大事なようだった。
 俺はそれに合わせるように、しかし核心を突く言葉でとどめを刺した。

「意外だったなぁ、アキラちゃんがまさか……」
「ふえええ、言わないでください!」
「……魔法使いだったなんて」
「……え?」

「……あは〜」

 パカッ

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 アキラちゃんの動きが止まった瞬間、絶妙のタイミングで地面が開き、その深淵にアキラちゃんは飲み込まれていった。琥珀の牢、恐るべし。

「あは、なんだかあっけなかったですね〜」
「うん。でも……何だか複雑な心境だなぁ」
「まあまあ、とにかくこれで瀬尾さんを捕獲できたわけですから、いいじゃないですか?」

 柱の陰に隠れていた琥珀さんは、クイッと引っ張った紐を宙に戻すと、柱の影から笑いながら出てきた。その笑顔は獲物を捕らえたちょっと危ない方のそれで、まぁ俺は苦笑するしかなかったわけだが。

「さてさて、ホテルに戻りましょう」
「なんで?」
「決まってますよ、マスターと翡翠ちゃんを傷つけた罰を、瀬尾さんに受けて頂くためですよ〜」

 その琥珀さんの笑顔は、何だか取っても楽しそうで……でも怖くて。鼻歌交じりで嬉々として俺を引っ張るその姿に苦笑いを覚えながら、これからのアキラちゃんを思うと不思議に同情したくなっていた。
 許せアキラちゃん、これも正義の為……でも、ちょっと楽しみかも。
 散々やられた仕返しだ、そう考えると何故か俺の心までもがうきうきするのは、琥珀さんの影響を受けてるからなのかな? それともアキラちゃん自身の「いぢめてオーラ」の身から出た錆か? ともかく、そんな事を考えながら、やっと人混みからオサラバできる幸せをかみしめていた。

「お帰りなさいませ、志貴さま、姉さん」
「たっだいまぁ〜」
「ただいま、翡翠」

 ドアを開けようとすると、まるで見計らっていたかのように翡翠が中からドアを開けてくれた。翡翠はいつものメイド服で、すっかり元気そうなのが安心した。中に入ると、どうやら奥の方にアキラちゃんが居るらしい。

「翡翠ちゃん、準備の方は?」
「ええ、全て出来てます」
「ありがとう」
「んー、んー!」

 と、そんな会話の向こうから何かを叫ぶ声。奥に行ってみると……なるほど、タオルで作った猿ぐつわを噛まされたアキラちゃんが、ベッドで後ろ手に縛られて転がされていた。まったく自分達が誘拐犯みたいで、これで向こうが先に手を出してなかったら、見つかった時に言い訳も出来ないなと苦笑する。

「さぁて瀬尾さん。随分やられましたけど、こうなればこちらのモノですよ?」
「んー! んー!!」
「あら、喜んでるんですか、嬉しいですね〜」
「ん! んんんん〜〜!!」

 どうやらアキラちゃんも琥珀さんの事を知っているらしい、琥珀さんがニヤリと笑いかけると意味が違うとブンブン首を振り、涙を流して身体をよじろうとする。が、それは琥珀の牢に捉えられては無駄な事。体を動かそうにも魔力の絶対値が違うのだろう、頭以外はピクリとも動かなかった。

「翡翠ちゃん、口をほどいてあげて」
「分かりました」
「んー……はぁっ、はぁ、はぁ……」

 ようやく呼吸も自由となり、アキラちゃんは深呼吸するように深く息をした。それをソファーに座りながら優雅に見つめる琥珀さん……やっぱ、似合うな。
 そんな琥珀さんは、ゆっくりと立ち上がってアキラちゃんの顎に手を添えるとくっと上に向かせ、目もそらせない位置で呟いた。

「瀬尾さん、さあて吐いて貰いましょうか、どうしてわたし達を狙ったのか? 事と次第によっては……」
「……」

 あまりの恐怖か、アキラちゃんは言葉も出ない。まぁ、側にいない俺でもそのオーラは怖いほど感じてるから、あの距離ではいかばかりか。なんかこのまま気絶しちゃうんじゃないかと思った。

「ふう……仕方ないですね」

 琥珀さんは何も言えなくなっているアキラちゃんを諦めた様子で、ついと下がった。が、すぐにいつもの悪戯好きなあの顔に戻っていた。アキラちゃんはホッとした様子だが、俺には分かる。あの目はヤバイ、絶対に何か企んでる。
 琥珀さんは袖に手を入れると、何やらごそごそとやって……取り出したのは、明らかに怪しい茶色の薬瓶だった。

「なら、わたし謹製の自白剤で、心おきなく喋って頂きましょ〜」

 と、キュポンとその瓶を開けると、中からは蜂蜜に似たトロトロの液体が零れてきた。それを指に絡めると、琥珀さんは楽しそうに再びアキラちゃんへ迫った。その指はアキラちゃんの鼻先を通り、唇に触れる。

「ひっ、お薬イヤ〜!」
「はいはい、子供じゃないんだから泣かないの。まぁ、これからいっぱい啼いて頂きますけどね」
「え、ええっ……? ひぃ、ひゃぁぁっ!」

 アキラちゃんが首を捻って何とか逃れようとしていたが、琥珀さんの指はあっさりと口元を通過して……アキラちゃんのスカートの中へ伸びていた。太腿にその手が触れたのだろう、アキラちゃんが叫び声を上げる。

「ど、どこに塗るんですか!?」
「決まってるじゃないですか、瀬尾さんの一番大事なところですよ。ほらほら、アルコールも下から摂取すると早く回るって言うじゃないですか〜?」
「それとこれとは違うと思います!」
「いいんですよ、似たようなモノですし。さぁ〜オクスリですよ」
「あ、ああっ! んんっ!!」

 琥珀さんの手はイヤらしくスカートの中に消えている。そして、アキラちゃんは恐らくその秘部に自白剤を塗り込まれているんだろう、叫びとも喘ぎともとれるような声で顎を逸らせていた。その姿は何だか凄くエッチで興奮を覚えてしまう。

「さてさて……効果はしばらくしたら現れてきますよ。女の子が従順になってく姿なんて、マスターにとってはたまらないかもしれませんね〜」

 その言葉通り、五分も経たない内にアキラちゃんの瞳が潤んできて、ぼうっとしたものに変わった。視線が定まらず中空を彷徨うような目で、抵抗する意志を失っているかの様だった。

「ふうっ……ふぁ……」

 その唇から生み出される吐息も荒く、まるでアルコールに酔ったかのような反応。琥珀の牢の力は弱めたのか、もじもじと足を摺り合わせる様は何だかおしっこを我慢しているようで、正面にいる俺にはドキドキものの姿であった。

「さぁて……頃合いですね」

 俺の横で紅茶を頂いていた琥珀さんがすっと立ち上がり、アキラちゃんの横に座った。

「はい瀬尾さん。今回は、どうしてあんな事したんですか?」
「は、はいい……わたし、見えちゃったんですぅ……」
「へえ……」

 アキラちゃんはとうとう抵抗する事が出来なくなったか、あっさりと自白を始めた。

「その……こっちの世界に来てから、何度も……その、そこにいる……志貴さ……セヴンスナイト様に……」
「ほえ? 俺?」
「はいい……志貴さんに、その……」

 突然俺に話が振られて、ちょっと驚く。なのにアキラちゃんは、続きを言おうとはせずに黙りこくってしまう。が、突然そこまで何もしなかった琥珀さんが動いた。アキラちゃんのスカートに手を伸ばすと、その奥へとまた腕を伸ばしたのだった。すると

「ひぃあああっ!」
「ほらほら、早く言わないと本当におかしくなっちゃいますよ〜。なにせ、自白剤とは名ばかりの超強力な媚薬なんですから」

 アキラちゃんがビクンと跳ねた。恐らく琥珀さんがアキラちゃんの中心を刺激したのだろう、膝の力が抜け、その細い足が開かれていった。そこには純白のショーツがチラリと覗き、俺の視線を釘付けにしてしまう。その皺は細かく動き、中では琥珀さんが絶えずアキラちゃんに刺激を与え続けているようで……ゴクリと、喉が鳴った。

「ほらほら、マスターもその気なんですから、この際言ってしまいましょう〜」

 アキラちゃんのショーツの中へ手を滑らせながら、さも可笑しそうに耳へと息を吹きかける。

「ふぁぁっ! 言います、言いますぅ……」

 アキラちゃんは一瞬こちらを見ると、すぐ視線を横に向けて

「志貴さんに……エッチな事されちゃう未来視が見えちゃったんです! う、ぅぅぅ……」
「あら、やっぱりそうですか?」
「あ、あー……」

 琥珀さんは折り込み済みだったようだが、アキラちゃんの告白はかなり突拍子無い事で驚いてしまった。

「で、はあっ……そう言う事されるのは嬉しいんですけど……どうしても志貴さんの事見ると、そればっかり思い出しちゃって、キャーッて……」
「……突き飛ばしてばっかりいた、ってこと?」
「はぅぅ……そうなんです……」
「それって……」

 俺の自業自得、なのか? だって俺、まだアキラちゃんには……いやいやいや、そう言う事じゃない。それで命の危険にさらされていたとは……正直許し難いわけで。ちょっとアキラちゃんにオシオキしたくなった。

「ううう……スミマセン」
「あは〜、それで何とか未来視を変えたかったんですね。でも、そうは問屋がおろしませんよ。だってほら……」
「んんんっ!」
「こんなにびしょびしょに濡らしちゃって、もう突き進むしかありませんよね〜」
「んはぁっ、あああっ!」

 琥珀さんの言葉通り、アキラちゃんのショーツの中はくちゅくちゅと音を立てて、既にどうしようもなくなっているようだ。なのにアキラちゃんは、それが女の子の性なのか

「や、やあっ……」

 そう言って、快感の渦から逃れようと必死になる。と、その言葉をわざと真に受けたように琥珀さんが驚く振りをして

「あら、やめちゃいますか? いいですよ〜」
「ふぇ、あ……?」

 すっと、指を抜き去ってしまった。
 アキラちゃんは火のついたまま放置され、どうしようもないと腰をどこかに押しつけようとする。が、腕は縛られたまま、それさえも叶わない。

「あ、あああ……」

 困惑したように、アキラちゃんはぷるぷると震えながら何かを必死で堪えている。

「志貴さん、こちらへ」
「あ、ああ」

 琥珀さんに導かれ、俺はアキラちゃんのいるベッドの上に乗る。琥珀さんはアキラちゃんの体を起こすと後ろに回り、抱きしめるようにして俺の方を見た。

「さぁ瀬尾さん、疼きを止めて欲しかったら志貴さんにお願いしてくださいな」
「そ、そんなぁ……」

 ぐしゅぐしゅの顔に、口からははしたなく涎が垂れ落ちていて、すごくいやらしくて綺麗だ。すぐにそのアキラちゃんを貪りたい欲望があったが、琥珀さんの言葉の意味を考えて、ぐっと堪える。向こうから求めるまでは、触れてはいけない……

「し、志貴さぁん……」

 今まで聞いた事ないような甘い声で、アキラちゃんは懇願した。

「お願いします、わたし、あそこがどうにかなっちゃいそうで……わたしの事、好きにしてくださぁぃ……!」

 快楽には意志は薄情だ。アキラちゃんの心は、すぐに欲望を露わにしていた。それはクスリの所為ではあるが。とにかく、向こうからそうしてくれと請われたのだ、俺に断る理由はない。そして、好きにしてくれと言われたんだ、その通りに。