俺は疲れ切ったまま、殆ど脚を引きずるようにして階段を下りる。 「あは、まぁ仕方のない事ですよ、志貴さん」 対照的に、琥珀さんと翡翠は朝来た笑顔のまま、というよりむしろ生き生きとしている。写真に撮られる高揚感にあてられて、すっかり上機嫌のふたりは……ちゃんと自分達の任務をこなしてくれたんだろうか、何となく自分だけ損をした気分だ。 「でも……収穫が一つもないと、こう、脱力感というか絶望感が」 無理矢理歩かされ駅までようやくたどり着き、失意のままの帰宅。しかも同じ時間にあれだけ居た人間がまとめて帰ろうとするのだ、周りは昼間の混雑と全く変わらない、いやそれ以上のごった返しを見せていた。しかしこれ以外に俺達には帰る手段もない。タクシーなんてブルジョワのすることや、琥珀さんのほうきでひとっ飛び、なんてゴシップ記事にしかならないような行動は無論出来るわけもなく、ただ一般庶民は与えられた交通手段で帰るのみ。 「ホームの階段付近は混雑します、なるべく奥の方へお進み下さい」 そんな構内アナウンスに従いながら、押し出されるようにして俺達はホームの最後方へ。ようやく人混みから多少は開放されて、俺は思わずへたり込んでしまった。 「もう志貴さん、だらしないですね。日頃はあんなにあっちの力が有り余ってるというのに」 ぺしっとそんな俺の頭を叩き、いやですよーと琥珀さんは笑う。まったくその通りかもしれない。何て言うか俺、普段とギャップがありすぎる。 「まもなく〜」 そんな自分に辟易していた頃、アナウンスがあの独特の調子で流れ出した。 「志貴さま、そろそろ電車が来るようです」 俺は一度座り込んでしまって嫌がる身体を無理矢理なだめ、何とか立ち上がる。 「……さん?」 琥珀さんの声が聞こえて、そろそろ戻ってくるかなー、と自覚した瞬間 ドンッ! 「!?」 俺は唐突に現実に引き戻され……目の前には視線が落下していく自分と、覚醒したというのに足下の浮遊感が本当に浮遊感に変わっている自分に気が付いた。 「ぐあっ!」 足が地に着いた瞬間、俺はバランスを取りきれずに寝転がるような体制になってしまう。と同時に 「志貴さん!」 二人の悲鳴のような叫び声が、頭の上の方から聞こえた。続いて幾多の騒ぎ声も。 「なっ……」 ようやく自分がどこにいるのか気付いた時、俺は頭からすーっと血の気が引いていくのが分かった。 「あ、あ……!」 一瞬の逡巡、しかし俺はようやく事の重大さに気が付いて立ち上がろうとする。が、 見えたのは、絶望という名の二つの光。 「あ……」 こんな結末って、ありなのか。 タンッ が、電車を見つめる俺の視線の間に、割り込む姿を一つ見つける。それは…… 「あ……」 翡翠? 「翡翠!」 俺は背を向ける少女に叫んだ。すると、翡翠はこちらに振り返り 「……志貴さま、お守りいたします」 凄く可愛い顔でにっこりと笑い、また電車と対峙した。 「ダメだ! 翡翠!!」 もう訳が分からず、叫ぶ。 「……はあっ!」 気を溜めていた翡翠から、気合いの声があがった。 「……」 自分の身に何も起こってないと気付き、目を開いた俺が目にしたのは…… 「ひ、す、い……」 電車の前に立ち塞がる翡翠。 「翡翠?」 唖然としながらそう呼びかけると、緊張を解いた翡翠が構えを解き、俺達が立っていたホームの方をきっと睨んだ。 「ご、ごめんなさぁ〜い!」 そう言って人混みをかき分けて逃げていくその姿は、まるで昼の何かと点が繋がりそうで、繋がらない。何だったか、誰だったか……頭を悩ませていた、その時 「志貴さま、お怪我はありませんか?」 優しい声。 「あ、ああ……」 俺はそれだけを伝えると満足そうに翡翠は微笑み、その言葉と共にゆっくりと倒れていった。 「翡翠!」 俺は慌てて翡翠の元へと駆け寄ると、抱き起こす。 「しっかりしろ、翡翠、おい!」 翡翠は意識を失ってしまったようで、呼びかけにも全く反応しない。俺はとにかく翡翠が倒れてしまった事に混乱して、何度も身体を揺さぶった。 「志貴さん!」 そこへ琥珀さんが下りてきて、俺の行動を押さえるようにして肩に手を置いた。俺はそれにしがみつくようにして助けを請う。 「琥珀さん! 翡翠が!」 琥珀さんは落ち着きそう言うと、どこからか呼び寄せていたほうきに跨り、翡翠を俺に背負わせる。俺が背中に翡翠の体重を感じながら柄にしがみつくと、琥珀さんは細心の注意を払って線路から飛び立った。こんな時ばかりは周りの目なんか気にしてはいられない、既に常軌を逸する現象が続いたのだから。 「翡翠……しっかりしろよ」 辺りが異常さを騒ぎ立てる中、俺達は混乱の渦中を脱出していった。
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