3rd night
「うわ〜、気持ちいい風ですね〜」 気持ち強い風に髪を抑えながら、琥珀さんは俺に話しかけてきた。 「ああ、たまには足を伸ばしてみるのもいいもんだね」 照りつける太陽の光は、心なしか強いような気がするが、またそれも場所柄そう言うものだと納得すると、全然気にならなかった。 今日は、電車で少し来た湾岸地区へ、琥珀さんと翡翠を連れてやってきた。日頃から学校と家の往復だけで生活していると、どうしても羽を伸ばしたくなるのもあるし、折角だからふたりにもこの世界の事、もう少し楽しんで貰いたかったからだ。 「に、しても。来て……」 俺は琥珀さん達と一緒に歩くと、横目にでっかいビルを眺めながら 「……良かったのかなぁ?」 ふと、後悔を始めていた。
「イベント?」 あの時の琥珀さんとのやりとりを思い出しながら、自分の読みの浅さにちょっとげんなりとしてきた。 「だっていうのに……」 俺はうだる熱さに汗を拭きながら、そっちを見やる。 「はーい! まじかるアンバーにジェイドちゃんですよー」 ああ、琥珀さん翡翠を言いくるめたな。 「ありゃ罠とかじゃなくて、普通に楽しんでるな……」 琥珀さんの来る前から嬉しそうな顔って、そういう事だったのかと今更理解して、琥珀さんってああ、目立つの好きだしノるタイプだからなぁと、俺は遠巻きにその様子を見つめていた。と 「志貴さーん、一緒にセブンスナイトも写りましょうよー?」 琥珀さんが俺に手を振る。すると、さっきまでファインダーを覗いていた連中の視線が一気に俺に向けられた。 「あは、あははは……俺は良いよ」 一緒に写ったら、そんな訳無いはずなのに、この人達にカメラで写し殺されそうだ。まさに都市伝説の『魂を吸い取る写真機』が如く。 「すいませんそこの方、コスプレ証は……」 と、スタッフらしき人が琥珀さん達に話しかけていた。 「ああ、そういえばこの格好は普段着でしたから忘れてましたねー。じゃあ翡翠ちゃん、ちょっと行きましょうか?」 どうやらコスプレは登録制らしい。それを悟った琥珀さんは上手く誤魔化すと、翡翠を連れてスタッフの後に付いていく。 「あ、琥珀さん、待って……」 俺もそれに付いていこうとするが、琥珀さん達と一緒にカメラの人たちも一部は移動、一部は補完被写体を求めて蜘蛛の子を散らすように。お陰で全然追いつけないまま、姿を見失ってしまった。 「まぁいいか、帰りに集まる場所は決めてあるし」 俺はこの人混みをかき分けて歩く気力もほとんど無い。とりあえずここは行動を別にして、こちらは独自に魔法使いを捜す事とした。 「はい、押さないでください! 走らないで〜!!」 どこからか聞こえる声も、心なしか殺気立っている様な気がする。この会場は何て言うか、人の情熱とリビドーとが混ざり合った、そんな所だと感じる。 「……っと、すみません」 そんな事を考えてたら、誰かと追い抜かれる際に肩が触れてしまった。自然に謝罪の言葉が口に出るも、相手はそんなのお構いなしらしい、一瞥をくれるとすぐに人並みに消えていった。 「ああ、なんか……」 熱中してるというか、一つに打ち込めてる……と羨むべきなのか。しかし、目は死んだ魚のように濁っていたような気もする。まぁ誰にでも自分が見えなくなってる時期ってあると思う。自分も……見失っていた。 「っと、そんな事思い出しても」 しょうがない。とにかく今は手がかりが何もないけれど、とにかく情報を脚で稼ぐしかなかった。 「だめか……」 はぁと、会場の外で溜息をつく。中の熱気よりも外の方が幾分マシだというのも何だか解せないモノがある。 「はい、四列に並んでください!」 突然遠くから地鳴りのようなモノが響き渡る。それは、会場の内外いずれからも聞こえてきて、次第にこちらに近付いてくるようだった。 「走らないでください〜!」 そんな叫びも無視して、大勢の人間が一カ所を目掛けて集まっているらしい。どうやら目標は俺の側にある区画みたいだ。 「何だろう?」 訝しげに思いながらも、俺は何かの予感を感じてその方向へ顔を向けた瞬間だった。 ドンッ! 後ろからの衝撃に、俺は思わずつんのめる。 「あっ……」 思った瞬間、身体は……疲労のためか、言う事を上手く聞いてくれなかった。前に足を出してこらえようとしたのに、思わず膝ががくっと崩れてその場にへたり込む格好となってしまった。と、 「はい、押さないで! 並ばないと販売できません!!」 まるでその言葉に一つの意志を感じたように、烏合の衆とも思われた集団は整列を開始してゆく。その列はあっという間に蛇になり、気付けば自分が邪魔者であると分かり、俺は力の抜けた膝に渇を入れ立ち上がった。ポンポンとひざに付いたホコリや砂を払い落としていると…… 「す、すみませんでした〜!」 と、背後から何やら女の子の声。 「ん?」 その声に俺が振り向くが、俺が見たのは、あのひどい人混みの中をまるで抜け道を知っている兎が如く走り去ってゆく、コスプレをした小柄な少女だった。 「なんだろう……」 確かに、押されてあのまま前に出ていたら、俺はゴミのように踏みつぶされていたかもしれない。この眼鏡は頑丈だけど俺の身体はそうじゃないから、どうなっていたか。でも、ちょっと押されただけかもしれないが、先程の人と違ってちゃんと謝ってくれたんだし、ここにもちゃんとした人がいるんだな、と別段悪い思いはしなかった。 さて、さっきのでどうやらかなり疲れている様子だと分かったし、ここはひとつ休憩がてら食事でもと、騒ぎとは別方向に歩き出した時だった。 「待てよ……」 確かあの娘、コスプレしてたよな。ということは……!? 「ちょ、ちょっ……!」 俺はすぐに視線を女の子の消えた方へ向けた。が、 「いない……」 当たり前だった。居なくなるのを見届けてから気付いて、さらにこの雑踏だ。いくら目立つ格好とはいえど、小柄なあの娘の姿などどこにも見あたらなかった。 「まぁ、考えすぎだな」 俺は過ぎた可能性をわざわざ追いかけてもしょうがないと悟る。もしあの娘が違った場合、もしかするとその所為で本命の魔法使いを見逃している事もあるわけだし。
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