昼休み。 「ワリぃ有彦。ちょっと用事があるから」 俺はにべもなくそう言うと、席を立ち上がった。 「あ? 何だ最近つれねえなぁ」 有彦のそんな愚痴を背に、俺は廊下に出ていた。 あれから他の魔法使いの襲撃はない。まだ力不足のこちらから動くのは得策ではないと、とりあえず静観を決め込んでいたのだが、 「いいですかマスター。私たちの的となる魔法使いはどこに潜んでいるか分かりません。ですから、マスターも学校でそれとなく調べてください」 全く進展のない状況に少しだけ焦りを感じたか、琥珀さんが俺に指示を出してきた。それは相手の罠に填っていないのか少々不安ではあったが、俺は敢えてここは填ってみようと決め込んでいた。 ということで、生徒が自由に行き交う昼休みを主に、俺は怪しいと思われる人物を捜していた。とは言っても…… 「全然手がかりがないんだからなぁ……」 正直、お手上げだった。そうそう相手はしっぽを掴ませてくれるとは思えない。このままだと昼休みに廊下を徘徊する変わり者として、俺が有名になりかねない。 「こりゃだめだなぁ……と?」 流石にさじを投げたくなる状況にあって、俺もへろへろと廊下を歩いている時だった。 「あれ、シエル……先輩?」 俺は目の前ですっかりおなじみの人物を見つけた。その人は溜息をつきながら窓の外の購買を見つめていた。 「どうしたんですか、先輩」 話しかけると、なんだか表情通りに元気がない。 「どうしたんですか、こんなところで?」 ここは茶道室の前。先輩のいつも根城にしているその前で珍しい姿だった。 「ええ、カレーパンが」 本当に残念そうに、先輩が悔しがる。まぁ授業を抜け出すまで先輩も狂ってない、ということが分かって良かったと安心した。 「なら先輩、俺の食べる?」 驚く先輩を後目に、俺は手元の袋からカレーパンを取り出す。別に用意していたわけではないけど、昼休み闊歩する前に、最後に屋上で食べようと思っていたものだった。先輩と仲良くしてると、ついカレーパンに手が伸びてしまう、俺と有彦の最近の癖でもあった。 「ほほほほ、本当ですかっ!?」 まったく面白い反応で、先輩が俺の手を握る。 「先輩、パンつぶれちゃうよ」 と、バッと逆に飛び退き、焦る先輩。 「まぁ、お茶でも飲みながら一緒に食べましょう?」 と、俺はすぐ後ろの部屋を指さした。 「ところで……最近遠野君、何やっているんですか?」 カレーパンを食べてご満悦の先輩が、食後のお茶を啜りながら俺に尋ねた。 「あ、ああ……ちょっとね」 俺はそのお茶を濁そうと曖昧の返事をしたんだけど 「何か探してますね? カレーパンのお礼です、一緒に探させて下さい」 先輩のお願いを断り切れず、結局俺は先輩に話をすることにした。学校の便利屋・情報網とも言われる先輩なら何か知ってるかもしれないし、先輩なら秘密も漏らさないだろうし、俺も信頼できたからだ。 「魔法使い……?」 先輩は御伽噺のようなそれを真剣に聞いてくれた。 「そう、他の人を説得して協力して貰うか、無理ならば……戦うしかないみたいなんだけど」 どこまで信じてもらえるか分からないが、とにかく説明した。契約の話だけは端折って。 「……わかりました。つまり」 先輩は一通りの話を聞き終えると、俺を見た。 「挙動不審な人を見つけたら報告してあげればいいですね?」 あまり分かってもらえてないようだ。でも協力者が出来るのは何よりもありがたい。 「というわけで先輩、カレーパンの分働いて貰いますよ」 俺が笑うと、ちょうどチャイムが鳴った。 「う〜ん、手がかりがないのはやはり大変ですねえ」 しかし結局、殆どゼロからの出発では、一人も二人も同じだった。 「ごめんね先輩、巻き込んじゃって」 俺は軽く頭を下げる。なんだかここまでつき合って貰っちゃって、だんだん悪い気がしてきた。今日も情報のないまま捜索を終え、作戦本部にもなっている茶道室へ戻り溜息をついていた所だが、そんな俺をシエル先輩はむしろ楽しそうに見ていた。 「いいんですよ。最近は死徒もいませんし、これくらいおやすいご用です。それより、遠野君のお役に立てるのが嬉しくて、好きでやってるんですから」 そう言われると、少しだけこちらも救われた。無理をさせてないと気遣ってでも言ってもらえる方がよかったから。 「ありがとう、先輩」 そんな会話を交わしているうちに、夕闇も濃く、そろそろ帰らなきゃならない時間だと悟った。ちょうど会話がとぎれた瞬間、俺は頃会いよく切り出す。 「それじゃぁ先輩、俺はこれで……」 と、立ち上がって支度をしようとしたとき 「遠野君」 と、いつになく真剣に先輩が俺を見つめていた。 「えっ……?」 最近では見ていなかったその瞳。俺はちょっと驚いたようにした固まっていた。 「どうして、そこまで熱心なんですか? 何か、見返りがあるとか?」 先輩は、そんな俺へ質問を投げかけてきた。 「え……?」 そう言われても、それは世界の平和を守ってあげると約束したからで、そんな事を考えたことはなかった。 「例えば、その魔法使いが女の子だったらどうするんですか?」 と、動けない俺に向かって、シエル先輩がついと寄ってくる。 「可愛い女の子で、それでも仲間になることを拒んでいたら……どうやって説得するんですか?」 先輩は、真剣な瞳で俺を見つめていた。と、ふっと突然その色が変わった。 「遠野君のことですから……きっと無理矢理しちゃうんでしょうね……」 先輩がひどくいやらしく、俺に詰め寄ってきた。 「ここで、激しく何度も何度も……女の子を虜にするまで犯し続けるのかしら、ね?」 先輩の指先が、俺の股間に優しく触れる。 「ほら……遠野君のはこんなに凄いですから、ね?」 と、先輩は俺の瞳を見つめながらそれを弄り、うっとりとした声を出す。 「んっ? むうっ……」 熱く火照った舌が、俺の口腔を蹂躙していく。 「私、嫉妬してるんです……姿も知らないその人に」 唇を話すと、先輩が俺に告白した。 「遠野君がそれほどまでに探している人は誰なのか、そして……」 先輩はひとつ呼吸をすると、眼鏡の奥から俺を見据えるような鋭い視線を向けた 「誰のために戦っているのか」 先輩の言葉に、俺は答えられなかった。それは分かってもらえないからではない。何か心に刺さるものがあったからだ。 「そうです……遠野君はそう言う人なんです。誰かのために死力を尽くしてくれる。……だから、今死力を尽くしてもらえているその人に、私は嫉妬してるんです」 と、ふっと気配が和らいだ先輩がもう一度俺に体を触れさせた。 「遠野君……」 すうっと、俺の学生服の上で先輩が深呼吸をする。まるで何かを確認するようにしてから、顔を上げた。 「誰なんですか、この僅かに香る主は? 教えて下さい……」 服をきゅっと掴み、少しだけ怯えたようにして俺を見る先輩。 「教えてくれないなら、代わりに私の香りをつけさせて下さい……」 先輩の目が、誘っていた。 「ゴメン、先輩」 俺は先輩の体を強い意志で引き離した。 「……遠野君」 先輩は悲しそうに、寂しそうに俺を見つめた。 「今は……」 欲望と同時に、警告を発する俺の本能がいた。 「そうですか、分かりました」 先輩はあっさりと引き下がると、立ち上がった。 「遠野君、私からひとつだけ教えてあげます」 茶道室を出る直前、先輩は俺の方を見つめた。 「ひとつだけ?」 先輩はひとつ間をおくと、きっぱりと言い放った。 「この学校に、魔法使いは存在します」 「なっ!?」 それだけを残し、先輩は俺の視界から消えた。 「待って! 先ぱ……」 その先を聞こうと、俺が廊下に出ると……そこには先輩の姿はなかった。 存在する…… その言葉だけが、酷く頭の中で何度も繰り返されていた。 |