ほうき少女 まじかるアンバー
「ご主人様……」 ……遠くで誰かがが俺を呼ぶ声がする。意識は曖昧だけど、この声にはもちろん聞き覚えがあった。しかし、その呼称が違うのだ。どうして俺は「ご主人様」であるのだろうか?それがワカラナイ。 「……貴様、志貴様。お目覚めの時間でございます」 と、一言目は恥ずかしそうに、しかし次にははっきりといつも通りのあの台詞回しで俺は呼び起こされていた。すると、まるで体がその声と言葉だけに反応するかのように目覚めてゆくのが自分でも分かる。自由になった体を自然に動かし、俺は眼鏡を手探りでかけて体を起こした。 「おはよう、翡翠」 俺がいつも通りに声をかけると、やはり翡翠も先程の失態を微塵も感じさせぬいつも通りの返事をした。その凛とした姿はいつ見ても仕事熱心で真面目だなぁ、と普通は思うのだが……これが実は昨日までは敵同士だった魔法少女だなんて、とても思えない。 「昨日」と言えば過ぎ去ったありふれた過去の時間に埋もれがちだが、流石にこの日だけはワケが違った。 ……どっからどう見ても、翡翠である。 昨日俺の命を狙った拳法と怪しい魔法の使い手だとは、日頃の姿からは想像できるわけもない。まぁでも根っこは一緒らしく、結局うち解けた後はいつもの翡翠そのままだった。……あっちの方も。それは置いといて 「うん、毎朝ご苦労さま」 俺は新たに大きく動き出した自分の運命を少しだけ楽しんでいるようだった。 「いえ……これが私の仕事ですから」 うん、なんだかいつもの翡翠そのままだなぁと思う。少しくらい普段と違うフリをして俺を心配させるかと思ったけど……全くもって問題なさそうだ。 「じゃぁ、すぐに着替えるから」 そう言われて翡翠が答え、すぐに察して廊下に出る。俺は翡翠を一人行かせず、待たせることにした。翡翠が用意した着替えの学生服に袖を通し、ドアを開ける。 「お待たせ」 と、俺はなるべく自信に満ちた表情で廊下を歩きだした。 「ところで……琥珀さんは大丈夫だよね?」 しばらくして、俺は後ろを静かに付いてくる翡翠に話しかける。 「はい、姉さんは元々演技派ですから」 と、翡翠は本人が聞いたらどう反応するか複雑な言葉を返してくるが、それはつまり自分がまだまだだということの裏返しと取って良いのだろう。これだけ完璧な翡翠がそう言うのだから、問題はないだろう。が、それは俺みたいな普通な人間が相手の時である。問題は…… 「うん……そうだといいけど、相手はなぁ……」 俺は口に出しながら、あの千里眼とも疑わしき鋭いメヒョウの様な視線を思い出して、ひとつ苦笑と焦りの表情を浮かべていた。 昨日起きた出来事は、言葉で説明するにはあまりにも時間が足りないほど波乱なものだったと思う。しかし、常軌を逸した事は慣れっこだから、受け入れがたい事実でもすぐに順応するのが俺だ。今はもう余裕で、二人の見た目はそのままだが中身が違う新しい生活を始めていた。 もちろん、言うまでもなく秋葉だ。 そんな秋葉を前にして、翡翠と琥珀はそれぞれの振りをしていられるのだろうか? 翡翠なら慎ましやかに俺の後ろに控えていれば特に問題は無かろう。問題は琥珀さんである。よく喋るし、食事も作らなければならない。そして何より、秋葉付きであるのだから、僅かな違和感が致命傷になりかねない。 「だめです志貴さま……あああっん……」 そっくりな双子を、僅かな違いを見つける程まで愛した。まさに天国、死んでも良いとタナトスの花が見えた一瞬もあったっけ。 ……まぁ、それはとにかく。 「あら兄さん、おはようございます。随分と遅いお目覚めですね。まったくもう少し早く起きて私のお茶の相手も出来ないものですか?」 と、秋葉が俺の方をジト目で見ながら悪態をつく。 「まぁまぁ秋葉様、そう朝から志貴様を責めてもだめですよ」 それをなだめるかのように、琥珀さんが絶妙な掛け合いを見せていた。 「それでは……私は車を待たせてあるので」 と、いつもらしい言葉を残し、秋葉が部屋を後にする。 「……抜かりなく万全、といった具合かな」 俺はその後ろ姿を見ながら、下手に緊張していた自分がバカらしくなった。そして、今度は自分自身がうっかり口を滑らせないように気を付けなければと思った。 そんなこんなで始まった新生活。 |