予備校の生活は、結局の所学校とさほど変わらなかった。時間通りに向かい、授業を受ける。
 通い出して早速、模試を受けた。今後の自分の指針を見るのにも丁度良かった。

「……」

 3日後、早くもその結果が舞い戻ってきた。
 結果は……まぁ、覚悟していたとはいえ惨憺たるものだった。適当に書いた有名私大は殆どE判定。これからはちゃんと大学を選ばないとな、と考えてしまう。

「まぁ、ここから伸ばせばいいのよ」

 と、一緒に結果を見ている朱鷺恵さんがなぐさめてくれるが、正直居場所がない気分だった。
 と、朱鷺恵さんが嬉しそうにパチンと手を叩く。

「そうだ! 私が勉強、教えてあげる」
「ええっ!?」

 それは突然の提案だった。
 今までは食事が終わると団欒もそこそこに部屋に籠もり、俺は次の日の予習に一人で追われていた。
 流石に何も考えずにレベルの高いコースを選んでしまったがため、問題を解くだけでも一苦労だった。
 「うーん」とうなり続けては、気晴らしにリビングでぼーっとしたり、顔をばしゃばしゃ洗ったりしていた。
 そんな俺に業を煮やしたのか、それとも折角一緒にいるのに自分に付き合ってくれないのがつまらなかったのか

「大丈夫よ、これでも私だって同じ道を通ったんだし、それにぐうたらだけど大学生よ? お姉さんに任せなさいって」

 と胸を叩いて、早くもやる気満々だった。

「そんな、食事まで作ってもらって更に勉強なんて、朱鷺恵さんにそこまで負担がかけられません」

 俺は強く否定したが、朱鷺恵さんは引かなかった。

「いいの。志貴君の為なら私はいくらでも協力するわ。それにね、大学の専門ばっかりで、こういうのも新鮮で良いかなーって思うの。自分の為にも刺激が欲しいし、それでもダメ?」

 覗き込まれるように言われ、さらに朱鷺恵さん自身の理由まで掲げられたら、断れない。

「……分かりました。でもあまり頼らないように俺も努力しますから」

 正直嬉しかったくせに、どうして素直に言えないんだろう、と自分に思いながら了承した。

「あー、それって私を信用してないって事? 酷いなぁ、志貴君……」

 俺はそんな拗ねたようにする朱鷺恵さんをなだめるのに必死になりながらも、こうしていろんな時間を朱鷺恵さんと一緒にいられると思うのが、何よりも幸せだった。

「ふふっ、実は勉強を観てあげようって最初から決めてたんだよ」

 多分どうしても詰まった時には、俺も朱鷺恵さんに助けを求めていたのだろう。
 でも、向こうから先に船を出してくれて、心強い味方が得られた気分で感謝だった。

 それから、ふたりでの勉強が始まった。
 俺の部屋で小さな机を挟んでの勉強会。
 俺が分からないところを聞くと、朱鷺恵さんが解法のヒントとなる助言をくれる。
 考える力を伸ばす、という様な指針の朱鷺恵さんの教授は、非情に勉強を楽にしてくれた。
 お陰様で予備校の授業にも着いていけるようになり、ちょっとだけ勉強が楽しくなったような気がした。

 

 そんなある日、俺は窓の外をぼうっと眺めながら、雲を見ていた。
 こりゃ、やられたなぁ……
 窓の外には、入道雲。
 朝にはそんな気配が一切無かったのだけど、朱鷺恵さんが予報で言ってたからと、傘を勧めてくれたのを荷物になるからと断ったのが裏目に出た。
 案の定、授業が終わる夕方に丁度雨が落ちだした。
 最初は涙のようにぽつぽつと降り出す雨も、俺が荷物を整えて教室を出ようとする頃にはバケツをひっくり返すような豪雨となっていた。
 あれだけ青空だった空が真っ暗で、遠くも雷も鳴っている。

 玄関に下りると、諦めて走って帰る人、雨宿りを続ける者と予想通りごった返していた。
 そんな中、俺はどうしようか……と考えようとした時。

 玄関の入り口に、その人を見つけていた。









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