俺はその姿に、驚きを隠し得なかった。 そう思った時。 「あ、志貴君」 嬉しそうに、朱鷺恵さんが俺のそばにやってきた。 「朱鷺恵さん、どうしてここに?」 俺は信じられない、といった風に尋ねる。 「だって、朝あれだけ言ったのに傘持っていかないんだもん。雲行きが怪しくなったから迎えに来ちゃった」 微笑んで、朱鷺恵さんは当たり前のように答える。 「そんな……」 凄く嬉しかった。 「……ゴメン」 謝りながらも、俺は笑っていた。 「いいの、私も来てみたかったし。それより、ね、帰ろう?」 と、俺は朱鷺恵さんの手に握られてる傘に目をやった。 「……1本しかありませんよ?」 朱鷺恵さんが、今それに気付いたように驚いて、顔を赤らめた。 「やだ……志貴君を迎えに行こうと思ったら何だか嬉しくって……私ってドジね」 舌を出しながら、朱鷺恵さんが俺を見つめた。 「じゃぁ、一緒に入ろう?」 と、当たり前のように朱鷺恵さんが歩き出す。 「ちょ、ちょっと朱鷺恵さん?」 俺は恥ずかしくなって、傘を広げる朱鷺恵さんに言うが 「ほら、そんなに狭くないから、ね」 と、自分は早くも帰ろうとして、嬉しそうに朱鷺恵さんが俺を促す。 「ほら、俺が差していきますから。入ってください」 女性に傘なんか持たせられない。俺がそうすると朱鷺恵さんが今度は謙遜して 「いいよ、志貴君は荷物持ってるし……」 そんな事を言うが、今度は俺が押し通す番だった。 「ほら、早く帰るんでしょ? 追いてっちゃいますよ?」 俺はわざと歩き出そうとすると、そのバックを朱鷺恵さんが引っ張った。 「あーん、志貴君の意地悪。待ってよー」 と、朱鷺恵さんは俺の横にスッと入ってくれた。 「そ、素直が一番。じゃぁ行きましょう!」 俺達はひとつの傘にふたり、仲良く並んで帰る事となった。 「志貴君、濡れちゃうよ」 と、朱鷺恵さんは傘を突っついて俺の方に傾けようとするが、すぐに俺は定位置に戻す。 「そんな、レディーは雨になんて濡らせませんよ。それに俺は荷物だけでも濡れなければ問題ありませんから」 と、朱鷺恵さんに雨が当たらないように、ちょっとだけ気取って言う。 「雨……止まないね」 朱鷺恵さんがぽそっと、そんな事を言う。 「止まなかったら、ずっとこうしていられるね」 それが嬉しいのか、朱鷺恵さんがやっと微笑んで俺の方を見た。 「そうだね。ちょっとだけ夕立に感謝、かな?」 と、朱鷺恵さんが俺の傘を持つ腕に自分の腕を絡めてきた。 「朱鷺恵……さん?」 突然の行動にビックリして俺を見ると、朱鷺恵さんも少し赤くなって俺を見ている。 「もっと近付けば、志貴君も濡れないよ?」 と、腕に力を込め、俺を引き寄せるようにしてきた。 ……朱鷺恵さんのいい匂いがする。 「そうだ。何か借りていきます?」 俺はお店を指さしながら、朱鷺恵さんに尋ねた。 「そうだね。ちょっとだけ雨宿りってのも良いかも知れないし」 朱鷺恵さんは少しだけ残念そうに、俺を見て拗ねた様子だった。 「そうと決まれば」 俺は朱鷺恵さんを連れて店に向かっていった。
「あ……」 何を見るでもなく、ふらふらと店内を散策していた時、向こうの方から朱鷺恵さんの声が聞こえた。 「見つかりましたか?」 俺はラックの陰から首を出して、それから朱鷺恵さんの横に立った。 「あ……」 同じように、俺もその言葉だけが発せられていた。 「あの時の……」 そう、これは。 「これ……もう一度見よう?」 朱鷺恵さんの笑顔に、俺ははっきりと頷いていた。 店を出ると、雨は止んでいた。 「……朱鷺恵さん?」 俺の手を握る手。 「雨が止んじゃったから傘は差せないけど……今度は手を繋ご。ね?」 朱鷺恵さんの導くまま、俺は歩き出す。 離れないように。 まだ、楽しい帰り道の続きが残っていた。
|