結局、そのまま意味もなくドラマの再放送を横目に、つもる話をしたり、予備校の場所の下調べをしたり、これからどんなお店に行こうか相談したりして、夕方になっていた。
 そうして、のんびりと部屋を出て、夕暮れの町を案内されながら、駅前にある小さなお店に入った。
 食事はとてもおいしかったし、遠出だから年齢なんて分からないだろうし、ちょっぴりアルコールも入った。
 二人ともいい気持ちになりながら酔い覚ましに公園を歩いて、それから帰宅した。

「お先にどうぞ、お客様」

 と冗談半分に言われて、お風呂にゆっくりと浸かった。
 なんだかんだで、今日は歩き回ったしなぁ、疲れが抜けていく感覚が心地よかった。
 そうして、火照る体を冷ましつつ部屋で程良くぐったりとしていると、俺の後にお風呂に入った朱鷺恵さんがドアをノックしてきた。

「志貴君、もうおやすみ?」

 と、そのパジャマ姿にドキッとした。その姿から立ち上る色気がたまらなく俺を刺激した。
 髪はまだ生乾きで艶濡れていて、はだけられた第一ボタンから覗く鎖骨と、薄い生地を押し上げてる胸の膨らみが……ブラは付けていないのだろうか? そう邪推してしまう。
 半ズボンのような下は、そこからすらりと伸びた太股が目に飛び込んでくる。肌はまだ桃色に染まっていて、物凄く扇情的だった。
 そんな姿で部屋の入り口により掛かられていると思うと、ちょっと違う状況を想像してしまいそうになった。
 だがしかし、ドキドキと明らかに興奮して脈打つ心臓の反動により体が仰け反りそうになるのを必至に堪え、俺は冷静を装いまくった。

「ええ。今日は流石に疲れましたから。で、ど、どうしました?」

 語尾が裏返ってる、と気付いたのは直後だった。少し焦る。

「ふふっ、明日、何時頃起こせばいいのかなって」

 そんな俺に気付いているのか、笑いながら朱鷺恵さんが尋ねてきた。

「8時くらい……といっても、多分普通に起こされても起きないと思いますから、自分で起きますよ」

 俺は自分の眠りの深さに苦笑しつつも、一応の時間を示した。
 まぁ多分、目覚ましなんか完全無視で、替わりに必至に朱鷺恵さんが起こす中ようやく目を覚ますと、遅刻ギリギリっていうのが明日からの日課なんだろうなぁ、とか想像してしまった。

「うん。翡翠ちゃんに聞いてるよ。志貴君、30分揺すっても起きない事とかあるって。それに、寝顔がすっごくきれいなのも。私は2〜3回しか見た事無いけどね。いいなあ翡翠ちゃんは、志貴君の寝顔を毎日見られるんだもんね。あ、これからは私も見られるのかあ」

 朱鷺恵さんがちっとも気にしないようでそんな事を言う。が俺には結構なダメージとなっていた。

「あ……」

 俺はちょっとどころか大分恥ずかしがりながらそれに答える術がなかった。
 事実翡翠には寝顔を毎日拝見されてるわけだけど、無防備なそんな姿を今度は朱鷺恵さんに見られるとなると……まぁ昔見せた事はあるとしても、かなり恥ずかしい。

「という事で、明日からは私が毎日起こしてあげるね。大丈夫、イタズラなんてしないから、ね?」

 と、朱鷺恵さんはウィンクなどして俺をからかうようにした。
 イタズラの範囲がどの程度かは気にしないとして、俺は思いっきり恥ずかしくなったから電気を消してタオルケットをかぶった。

「あら」
「もう寝ます、おやすみなさい」

 まだまだガキだなあ、俺も。
 そう思いながらも、朱鷺恵さんに背中を向けて、ちょっとだけ意地を張った。

「……そう。じゃぁおやすみ、志貴君」

 朱鷺恵さんは少し驚いたように、それから小さな声で呼びかけてくれた。

 ……なのに、なかなか戸を閉めようとしない。
 リビングの明かりが、まだ部屋に入り込んでいた。
 ……朱鷺恵さん、何してるんだろう?
 気配も動かないから、おそらくはそのままいるんだろうけど、気がかりだった。かといってここで振り向くのは男としてちょっとイヤだったから、あえて寝る振りを続けていた。

 そして、朱鷺恵さんの声が聞こえたのはすぐ後だった。

「……志貴君」

 ちょっとだけ、寂しそうな声。
 さっきと同じ調子だったけど、それは本当に驚いた。
 朱鷺恵さんは、寂しかったのか。
 罪悪感を感じながら、布団の中で息をのんだ。

 朱鷺恵さんは俺が起きているのを承知で話しかけているようだったが、俺はそのままでいた。

「昼間、ここで志貴君を見てたでしょ。私ね……」

 ゆっくりと、慈しむように語る朱鷺恵さん。

「私ね、あの時、さっきの続きがしたい、って思ってたんだよ、朴念仁の志貴君」

 最後の方は、またいつものからかうような口調に戻っていた。

「おやすみ。また明日ね!」

 と、最後は恐らく笑顔で言ったに違いない。声が笑っていた。
 そうして、ようやく戸は閉められた。

 ……バカ! 俺のバカ!

 しばらくして、俺は暗闇の中自分の頭をポカポカ叩いていた。
 結局俺は俺のままだな……と、朱鷺恵さんの気持ちにも気付かない自分を改めて恨めしく思ったのだった。



 









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