「これだけなの?」

 と、来客が帰った後に朱鷺恵さんが不思議そうに俺を見た。

「うん。これでも少し多いかなって思ったけど……」

 と、俺は足下を見やる。
 そこには1箱の段ボール。大きさはみかん箱くらい。
 伝票には適当に「衣類・書籍」と書いてあった。無論自分の筆跡だ。
 まぁ、中身は数日分の衣類と学校の教科書とか。
 その他細々したものはさっき背負ってきたナップに入れてきたから、これで全部。

 来客は宅急便で、俺が昨日送った荷物を届けてきたのだった。自分の荷物に自分が足を引っ張られるとは……残念でならなかった。

「私が旅行行く時でも、こんなにまとまらないのになぁ」

 朱鷺恵さんがひとしきり感心しているようだ。
 まぁ最低限の生活が出来ればいいのだから、あれこれ持ってくる必要もないし、そもそも俺は持ってないし。
 部屋を漁っても必要に感じるものと言えば、これくらいだった。
 もし何か緊急でいるものがあれば、秋葉から貰ってきた当分の生活費もある。

「よっと。じゃぁ、部屋に持ってきます。どこの部屋を使えばいいですか?」

 と、それを持ちながら朱鷺恵さんに尋ねた。重さも本が多少入っているだけだから見た目以上に軽い。

「あ、志貴君は和室と洋室、どっちがいい?」

 朱鷺恵さんの言葉に、俺は嬉しくなった。

「和室あるんだ。なら迷うことなくそっち」

 なんだかんだで、日本人なら畳でしょう。有間の家にいた時は和室だったし、約2年ぶりの畳の部屋生活、ってことになる。
 別に屋敷の自分の部屋がイヤだというわけじゃない。けど何となく、畳に腰を落ち着けて生活する方が俺は性に合っていた。

「わかったわ。こっちよ」

 朱鷺恵さんは最初からその答えを予想していたらしく、俺をリビングの向こう、2つのドアの1つに案内した。
 よく見れば引き戸で、そこを朱鷺恵さんが開けると畳のいい匂いがしてきた。

「畳は私がここに来た時に張り替えたみたいだけど、元々全然使っていない部屋だから。この前志貴君が来るって分かってから掃除もしたし、新築同様よ」

 空調の利いてない部屋は少し暑いけど、すぐ朱鷺恵さんがエアコンを付け、換気の為に窓を開けた。
 さぁっと、流れていく風にあおられて藺草の香りが強まる。なんだか懐かしくて、落ち着く香りだ。

「あ、布団もある」

 と、部屋に入った俺は隅に置かれているそれに気が付いた。
 やはり布団も恋しかった。今では和室なのにベッド、とかいう謎の組み合わせも珍しくなかったから、これは心底嬉しく思う。

「そうよ。今日干したばっかりだからふかふかで、今夜はぐっすり眠れるはずよ」

 言いながら窓を閉め、カーテンを引く朱鷺恵さん。柔らかい光が気持ちよく部屋を包む。

「そうだね……慣れない電車だったし、疲れちゃったよ」

 俺は座って荷物を置くと、そのまま這って布団に手を置いた。ぽす、という間抜けな音で俺の手が包まれ、柔らかい布団の感触にそのまま倒れ込みそうになった。

「……っと、今寝たら汗が付いちゃって折角の布団が台無しだ」

 慌てて体制を整え、ぽんぽんと布団を整えた。
 これからはここで生活するのか……と改めて思う。
 マンション用の6畳は、1軒家の江戸式畳に比べて少々手狭かも知れないけど、布団とは反対の隅には勉強用のテーブルもあるし、勉強して寝るだけの俺の生活なら十分だった。

「で、朱鷺恵さんの部屋は?」

 一通り見終わった後、俺は朱鷺恵さんにふと尋ねた。

「私は、壁を挟んで隣の部屋よ」

 別に問題もなくあっさりと答える朱鷺恵さん。

「見てみたいな〜」

 俺は別段何も考えず聞いてみたが

「だ〜め。女の子の部屋はひょいひょい覗いちゃダメよ?」

 と、イタズラっぽく返されてしまう。

「ちぇ」

 俺はさも残念そうに言うが、それは正論だと思う。まぁ機会があったら……という事にしておこう。

「……それじゃぁ。予備校は明日からだよね? 今日は折角志貴君が来てくれたんだから、外に食べに行こうと思うの」

 朱鷺恵さんは、ニコニコしながら扉のそばに立って振り向きながら俺を見ていた。
 断る理由なんて無い。普通に嬉しかったし、折角の朱鷺恵さんの提案だったから。
 それに嬉しそうな朱鷺恵さんはそれを心待ちにしていたようで、俺が来たのを名目に外食したい、とまるで子供みたいな顔をしていたから

「賛成。折角だからこの町も案内してくださいよ」

 俺はすぐに同意すると、時計を見た。まだ食事にはだいぶ早い、というか日も傾いていない。
 今から外に出ても無駄に時間を過ごしそうだ。

「そうね。もう少し涼しくなってから行きましょう……ね?」

 朱鷺恵さんはそう言って、扉の前でもじもじと何だか手持ちぶさたにしていた。
 ……朱鷺恵さん?
 朱鷺恵さんはこちらをじっと見ていた。
 なんだか、俺にこれからの事を委ねてるのかな?

 朱鷺恵さんは俺を見つめて、続きを待つ。
 と、その時に気付いたのは、あまりにも庶民くさい事だった。

「そうですね……」

 俺は立ち上がった。
 朱鷺恵さんが一瞬、ドキリとした表情になり、そして嬉しそうな顔にすぐ変わった。
 で、俺はその手に持っていたエアコンのスイッチを切り、とことこと朱鷺恵さんに歩み寄ってその体を押した。

「この部屋とリビングとエアコン付けてるのも勿体ないですし、リビングでテレビでも見ますか? ゆっくり話しながら」

 久しぶりに昼間からテレビでも意味もなく見てみたい、ぐうたらな俺の抜けきらない一面が覗いていた。

「え……ちょっと志貴君?」

 朱鷺恵さんは意外だった様で、ちょっと驚いたが

「もう……バカ」

 そう小声で呟くと、押されるままにリビングに向かっていった。


 









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