俺は、柄にもなく緊張していた。
 自分でも大胆と思える発言をした後、俺が先にシャワーを浴びていた。
 目が覚めるにつれて、自分がとんでもない事をしていたと、少しだけジタバタしたくなったが、今更引き返せなかった。

 そして今、朱鷺恵さんがシャワーを浴びていた。
 俺はこうして、朱鷺恵さんの部屋のベッドの上で、朱鷺恵さんの帰りを待っている。

 覗くでもなく、初めて見た朱鷺恵さんの部屋は、シンプルだけどセンスを感じさせていた。
 やっぱり、女性の部屋なんだなぁと思う。
 部屋の配置が、より広く感じさせる空間。

 俺はそんな部屋を見渡しながら、朱鷺恵さんの匂いで一杯のベッドの上で、幸せだった。
 ……と、ふと、化粧台の上に青い箱。
 それは、指輪を入れる為の箱だった。

 そうだ……

 手にとって、中を覗くと、そこには見覚えのある指輪が。
 あの夏、思い出にと買った指輪。
 今思うと物凄く安っぽく、どうしてこんなものをプレゼントしようだなどと思ったものかと、昔の自分に聞きたくなる。
 でも……あのころの精一杯の自分を思いだして、ふっと笑った。

「お待たせ……あ」

 朱鷺恵さんは、素肌にバスタオルのままの格好で部屋に現れると、俺の手の中の箱を見つけて、慌てていた。

「そ、それは……」

 俺から奪うように箱を取ろうとするが、俺はそれをひょいと交わして朱鷺恵さんに尋ねた。

「ねえ、朱鷺恵さん。どうして指輪外しちゃったんですか?」

 あの時俺が自ら遮ってしまった質問。
 今度なら、どんな理由でも素直に聞ける気がして。
 朱鷺恵さんをじっと見て、待ちかまえていたのに

「それね……生物実験で手袋するでしょ? その時指輪は邪魔だから、いつも外してから学校行ってたんだ……」
「え……?」

 そ……んな?
 実験のため?

「だってほら、その場で外して落っことしちゃったら見つからないかも知れないでしょ? だから家から外していった方がいいと思って……でもね、外す時はいつも、『志貴君ごめんなさい』って心の中で謝ってたんだからね……」

 ごにょごにょと、言わなくても良い事まで朱鷺恵さんが付け加えて、それから俺を睨め付けるようにすると

「でも今朝は、志貴君があんなに怒ってるから、本当の事が言えなかったんだよ。志貴君、怖かったんだからぁ……」

 ばかばか、と俺を拗ねた目で見る朱鷺恵さんに、完全に俺はやられていた。

「……って事は、全部俺の早とちり、ってこと?」

 言うと、朱鷺恵さんはうんと頷いた。

「……うわ、最低だ俺」

 俺は自分の思いこみの激しさに、頭をがんがんと角にぶつけたい気持ちだった。
 何から何まで全部俺が悪いとは、まったくどうにかしている。

「……ゴメンね、朱鷺恵さん」

 それだけじゃ許されるわけがないけれど。
 俺は精一杯頭を下げて、朱鷺恵さんに許しを請うた。

「ふふっ。本当は許してあげないけど、お陰でお互いの気持ちが確かめ合えたから、今回は特別だよ」

 朱鷺恵さんは、俺の弱みを掴みました、というようなからかいの表情で、あっさりと許してくれた。

「本当!?」

 俺は、肩を掴むようにして朱鷺恵さんを見た。

「きゃっ! ……もう、本当だよ、志貴君」

 困った子ね、といった表情で微笑む朱鷺恵さん。
 俺は、嬉しくなって飛び上がりたい気分だった。

「じゃぁ……指輪するから……貸して」

 と、朱鷺恵さんは恥ずかしそうに俺がまだ手に持っていたそれを指さす。

「あ、ああ……! ちょっと待って」

 あっさり渡しそうになりながらも、俺は唐突に思いだしていた。
 名案が浮かんでいたのだった。

「ほら、俺が付けてあげるよ」

 箱から指輪を取り出すと、それを翳しながら朱鷺恵さんを見る。

「やだ……それじゃ、お言葉に甘えて」

 と、朱鷺恵さんは一瞬恥ずかしがったけど、嬉しそうにその手を差し出した。

 ……が

「違う違う、朱鷺恵さんこっち」
「え?」

 と、いつもの癖だろうか差し出していた右手を押しのけて、俺は体の横にあった左手を掴んで引き寄せていた。
 ビックリする朱鷺恵さんに、俺は一瞬だけ意地の悪い表情を浮かべ

 それから、真顔になった。

 朱鷺恵さんの細い腕は、男の俺のそれと比べるとまるで違っていた。
 そんな朱鷺恵さんの指を取ると……

 薬指に、その指輪をはめていた。

「……今は学生だから、ちゃんとしたもの用意できませんけど……いつか必ず、朱鷺恵さんにプレゼントしますから……」

 俺は真っ赤になりながら、歯の浮くような台詞を口にしていた。
 それは朱鷺恵さんへの、一番の想いを伝える方法だから。

「…………!」

 朱鷺恵さんは、自分の左手の薬指にはめられたそれを見て、言葉を完全に失っていた。
 ……と、朱鷺恵さんの笑顔から、涙がこぼれ落ちていた。
 ああ、また泣かせちゃったなぁ、俺ってつくづく……

 そう思う間もなく、朱鷺恵さんは俺に抱きついてきた。

「嬉しい……!」

 そんな朱鷺恵さんを、俺は絶対に離さない!
 俺は朱鷺恵さんを強く抱き締めて、それから一度だけ軽く口づけた。

「誓いのキッス、だね?」

 とおどけてみせると、朱鷺恵さんはもうくしゃくしゃになりながら俺の胸にとん、と手を置いた。

「もうっ……! 女の子を驚かせるなんて、最低だよ」

 朱鷺恵さんはそう言いながら、俺にもう一度唇を近づける。

「大好き……!」

 心からの言葉を最後に聞きながら、ふたりは熱い口づけを交わしていた。



 









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