翌日、俺は朱鷺恵さんに目を合わせられなかった。
 起こしてくれても背中で返事をし、食事も食べぬまま予備校へ。
 無論、弁当も持ってない。
 食欲も消え失せ、ただ苛まれる思いだけが支配して。
 その日の授業が何も耳に入らぬまま、無為とも思える時間を過ごした。

「ただいま……」

 いつもより遅い帰り。
 夏というのに暗くなった空を抜け、俺はドアを開けた。
 習慣づいていたために律儀に帰宅を告げると、朱鷺恵さんが心配そうに迎えてくれる。

「どうしたの? 風邪でも引いちゃった?」
「いえ……違います」

 目も合わせず、暗い表情のままで俺が答える。

「そう……朝ご飯も食べなかったからお腹空いてるでしょ? ご飯にしましょう」

 朱鷺恵さんはそんな俺を後ろから押して、食卓に座らせた。
 食事はおいしいはずなのに、上の空で味がしない。
 俺は朱鷺恵さんに、どんな顔をすればいい?
 分からないままに、流し込むように食事を終えると、部屋に戻った。

「志貴君……勉強が解らないの?」

 片付けを終えた朱鷺恵さんが、心配そうに俺の部屋を訪れる。
 そのまま、俺の向かいに座った。

「……」

 言葉が出ない。
 何を言っても、朱鷺恵さんに悟られそうで。
 ちらりと、その方を見やる。
 意識していたせいか、朱鷺恵さんが俺を覗き込むようにしている姿の、シャツの首元に目が行ってしまった。
 開かれたその部分から、朱鷺恵さんの肌が見える。
 それどころか、奥にある膨らみの一部までもが、俺のもとに晒されていた。

 バッと、目を伏せる俺。

 そんな俺を見て、朱鷺恵さんはなんて思うだろう。
 明らかに狂っている俺に、愛想を尽かすならそれでも良い。
 そう思っていた。

 しかし……

「ふふふっ……」

 朱鷺恵さんは、笑っていた。
 面白そうに、可笑しそうに。

 俺は驚愕を覚えて朱鷺恵さんを見る。
 朱鷺恵さんは机に肘を置き、顎に手を添えるようにして俺を見つめていた。
 その瞳は……あの時の瞳。

 俺の初めてを奪った、あの瞳だった。

「志貴君……昨日の夜、私の部屋の前で何をしてたの?」

 その質問は、俺を奈落の底に突き落とすのに十分だった。
 知られていた……
 その事実を突きつけられ、全身が凍る思いだった。

「私も少しだけ欲求不満だったから、罠を仕掛けてみたんだけど、ちょっとビックリしちゃった……」

 ……いや、騙されていたのか。
 淫靡な罠に見事にはめられ、俺はその理性を崩壊させていた。
 目の前の人を見ると、妖しい瞳が更に輝きを増した。

「志貴君……我慢はいけないと思うの。私も……」

 そう言うと、朱鷺恵さんは後ずさる俺を追いつめるように、机の向こうからこちらへとやってきた。

「あれから志貴君……自分の事ばっかりで、ぜんぜん愛してくれないんだもの……無理してるって、顔に出ているのに……」

 朱鷺恵さんの言葉は、妖悦に俺を誘うのに、俺はそれに恐怖まで感じていた。
 なにが、朱鷺恵さんをこうも狂わせたかのか。
 わからなかった。
 そうする内に、背後の敷きっぱなしだった布団に押し倒されるようにして、俺は組み伏せられる。

「我慢できなかったら、私だったらいつでもいいのに……」

 と、朱鷺恵さんは潤んだ瞳で俺の股間に手を置いた。
 俺のそれは、あまりに欲望に正直だった。
 朱鷺恵さんから漏れるオンナの臭いに、明らかに興奮していた。

「ほら……楽にしてあげる」

 小悪魔のような瞳が、俺を射抜く。
 金縛りにあったように、動けない俺を確かめてから、朱鷺恵さんが俺のズボンのチャックを下ろし、トランクスの中からいきり立つそれを取りだしていた。

「ふふっ。久しぶりだから、興奮してるんだね」

 と、朱鷺恵さんは両手を使って俺を扱き出した。
 しゅっ、しゅっと音を立て、俺の興奮は高まっていく。

「凄い……まだ大きくなってる」

 それにうっとりとするように、朱鷺恵さんは上下運動を続けながら亀頭に指を這わせて先走りを掬い取った。
 それを指先で弄び、亀頭に塗りつけている。

「私も……もう準備が出来てるから……いくよ」

 解らない論理が、俺を支配した。
 何を。
 何を。

 朱鷺恵さんは俺に跨ると、スカートの中をさらけ出した。
 そこは明らかに下着が濡れそぼり、内股にも愛液を滴らせていた。

「ほら……見て、志貴君のが欲しくて、弄ってるだけでこんなに……」

 と、クロッチ部を横にずらすと、朱鷺恵さんのそこが露わになる。
 すでにびっしょりと濡れ、華はいやらしく口を開いていた。
 そこから垂れた愛液が、俺の股間を濡らす。

「見られるのがこんなに興奮するなんて、思わなかった。でも、やっぱり志貴君のがいい……」

 と、ゆっくりと腰を落とし、朱鷺恵さんの膣が俺を包み込んだ。

「ああはぁっ……いい……っ」

 朱鷺恵さんはうっとりと俺を見下ろし、そのまま腰を使い出した。

 ずっちゅ、ずっちゅ

 何を。
 朱鷺恵さん。

 ショック状態で動けない俺を笑うかのように、朱鷺恵さんは積極的に俺の上で動いて、快楽を貪っていた。

「あっ……ああっ! 志貴君のがいっぱい……私に入ってる……」

 妖しい熱に、うなされている。
 俺が。
 朱鷺恵さんが。

「あっ……あ……朱鷺恵さん……っ!」

 膣の締め付けは今まで以上に激しく、朱鷺恵さんが性急に俺を求めていると解らせていた。
 それに俺は答えられず、ぱくぱくと口をさせながら喘ぐのみ。

 ダメだ、こんなの
 また、間違っている
 また、戻ってしまう……!

 絶望を感じるフラッシュバック。
 初めての甘美だが苦い記憶が、俺を支配していた。

「あっ……寂しいよ、志貴君……もっと、私だけを見て……」

 その言葉が、深く突き刺さる。
 そうだよ、そうだったのに……
 寂しくさせないって、誓ったばかりだったのに。
 どうして俺は……
 こんなに朱鷺恵さんを寂しがらせたんだ。
 悲しみが、新たに俺を襲う。

 だというのに、体は非情な程正直だった。
 こみ上げてくる射精感は、理性では止められない本能だから。
 それを感じたのか、より一層朱鷺恵さんが腰を激しく動かし、俺を求めようとしていた。

「あっ……志貴君、もうだめ……」

 遂に、朱鷺恵さんまでも最後を迎えつつあるのか。
 朱鷺恵さんは、深く俺を中に沈めると、更に強烈に締め付けてきた。
 腰を突きつけるようにして、最奥まで届かせようとした本能の動きが朱鷺恵さんを襲う。

「ああっ……だめ……だめ……志貴君……来て……」

 俺は持てる意識を全て使って、この射精感に耐えなくてはならなかった。
 しかし、朱鷺恵さんはそんな俺をあざ笑うかのように、悪戯を始めていた。

「ほら……我慢しないで……私の中で出して……っ!」

 自分も快感で気をやりそうになりながらも、俺の乳首を爪で引っ掻き、陰嚢を優しく揉み、そして離した。

「ああっ……ああっ!」

 瞬間、俺は遂に墜ちていた。

 ドクン! ドクン!

 俺は、とうとう朱鷺恵さんの中に欲望の塊を発射してしまっていた。

「ああ……志貴君のが中に……」

 朱鷺恵さんが、それに合わせて硬直する。
 ビク、ビクと震わせ、俺が精を送り込むたびに朱鷺恵さんが果てた。
 最後に俺の肩に置かれた手が、ぎゅっと強く掴まれる。

 ……酷い絶望感
 放出した悦びは微塵も感じられなかった。
 朱鷺恵さんに騙されて、誘われて……襲われて。
 これじゃ、一緒だよ。
 あの時と、変わっていないじゃないか……
 悲しみが俺を支配して、涙腺に熱いものがこみ上げてきた時

 ……ポツ、ポツ

 二つの雫が、俺の頬を濡らした。

「えっ……?」

 俺は一気に冷静になり、見上げると……

 泣いていた。
 朱鷺恵さんが、泣いていた。

 どうして……
 どうして……、朱鷺恵さんが泣いているんですか?

 わからなかった。

「……志貴君……ゴメンね……ゴメンね……」

 朱鷺恵さんはただ、ゴメンねを繰り返して嗚咽するばかりだった。
 次から次に訪れる衝撃に、俺は何もわからない。

「ゴメンね……寂しかったんだよ……」

 朱鷺恵さんは、自分の中からそれをずるっと引き抜くと、そのまま俺の股間に顔を埋め、ふたりの愛液でドロドロになった俺のモノを、口で綺麗にしてくれていた。

 ワカラナイ
 ワカラナイ
 ワカラナイ
 ワカラナイ
 ワカラナイ

 衝撃に萎えきってしまっていたそれを、朱鷺恵さんは残らず舐め取っている。
 こびりついていた精液まで、すべて慈しむように丁寧に舐めてくれているのに、俺は一向に反応しない。
 いや、反応など出来るわけがなかった。
 ただされるがままに、朱鷺恵さんの口腔奉仕を受けていた。

「……」

 それが綺麗になったと分かると、朱鷺恵さんは俺のモノから口を離した。
 口からこぼれても、だらりと力無い俺は、まるで生殖機能を失ったみたいで。
 体中を蝕む謎の恐怖感が、虚ろな目をさせていた。

「志貴君……ごめんなさい……」

 朱鷺恵さんは最後にそう呟くと、逃げるように俺の部屋から立ち去っていた。

「……あ、ああああ」

 大分経ってから、俺は放心したように頭を抱えた。

 知らぬ間に、俺は……俺は
 朱鷺恵さんを、傷付けていた
 そして、朱鷺恵さんの気持ちに
 答えてあげられなかったんだ

 そうと理解するのには、また更に長い時間が必要だった。


 









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