幸せの時間は、あっという間に過ぎる。
1日の休日は、朱鷺恵さんとずっと一緒にいた。
何もせず、ただ唇を合わせて、くっついているだけ。
いっしょにお風呂に入って体を洗いっこしたり、手を繋いで外に出て、ショッピングを楽しんだり。
つかの間の休息は、俺を安心させていた。
でも、現実はまた訪れる。週が明けて、勉強は厳しさを増していた。
勉強もはかどるようになり、自らの意志でクラスのランクをもう一つ上げたのだが……
見た事もない単語が増える。解いた事もない数式が増える。
自分の無能さを改めて知らしめられて、それでも何とかがんばっていったが、少しづつ後悔し始めるようになった。
今更、元に戻してくれとは言えない。それはプライドが許さない。
自然、家でも困り果てて、頭を抱える羽目になる。
朱鷺恵さんの言葉も、まるで暗号のように頭に入ってこない。
理解をしたいと思えば思う程、焦りが俺を支配する。
関係を深めようと一緒に勉強を始めたのに、勉強の所為でふたりの関係が皮肉にも狂い始めていた。
「うん、じゃぁお休み……無理しないでね」
ちょっと切なそうな顔で、朱鷺恵さんが戸を閉めた。
「お休み……」
小さな声で、しかし姿を見ないままに俺は朱鷺恵さんがいなくなるのを見送る。
一人の部屋。そこで思う事は
……何をやってるんだ、俺。
朱鷺恵さんは何も悪くない。
自分が全部悪いのに、どうして俺は朱鷺恵さんを悲しませているんだ?
自分が恨めしく思うも、目の前に並ぶ数式に頭が混乱させられている。
これを解かなかったら、明日の授業はもっと分からなくなる。
堂々巡りを避けたいがため、何とか答えを導き出そうと、朱鷺恵さんを先に眠らせてでも続けた。
そうしないと、朱鷺恵さんに無理をさせてしまう。
きっと、俺が止めないと最後まで付き合ってくれちゃう予感がしたから。
チッ……チッ……
秒針を刻む音だけが、響き続ける。
その単調なリズムが、俺を段々と狂わせていく。
知恵熱とも思える頭痛と、夏の暑さも相まって、俺は遂に畳に転がり込んだ。
「ぐう……うわぁぁぁぁ……!」
隣にいる朱鷺恵さんに聞こえないように、それでも叫び声を上げてのたうち回る。
現実から抜け出したいがために、舌を噛み切りたくなる。
それを何とか抑え、ぎらぎらと充血した目をつぶり、グルグル回る視界をなんとか封じ込めようとしていた。
しばらくして、ようやく正気を取り戻した時、少しだけ恐怖した。
まさか、問題が解けずにこんな事になるとは。
死の線を見る時よりも、それは現実的に恐ろしい。
なんて情けない……その裏でそう思いながらも、俺はこの恐怖と戦わなければならなかった。
「顔でも、洗うか……」
冷静さを取り戻す為、俺は洗面所に向かう。
顔を冷やすと、何だか頭まで冷静になった気分だ。
瞬間、頭の中で解けない問題を弄りだし、数式がぱっと浮かぶ。
「お……いけるかも」
根を詰めすぎるな、とはよく言われるけれど、今その意味を再確認した気がした。
ひらめきも大事、そんな誰かの言葉を思い出して、少しだけ前が明るくなった。
「よし、がんばろう」
改めてそう思い、真っ暗なリビングを抜けて部屋に戻ろうとした時だった。
「……っ」
かすかに、声が聞こえた。
音を立てぬように抜き足だった俺には、それが聞こえてしまった。
何だろう……
見ると、僅かな隙間から仄かにオレンジの光。
朱鷺恵さんの部屋だ。
隙間は、覗いてくれ、と主張するのに一番な心理状態を引き出す量。
開けっ放しには遠く、中が見えないというわけではない絶妙な空間。
その時の俺は、イヤに冷静だったのに、どこか抜けていたんだと思う。
悪いとは思いつつも、その隙間から中を覗くようにしてしまった。
「……んっ……ああっ」
部屋の中の光景は、想像を絶していた。
そんな姿を、想像もした事がなかったのに。
それが今、この扉の向こうで行われていた。
ここから見える情景は、ベッドの上。
朱鷺恵さんがあられもなく足を開き、その中心に自らの手を翳して……
快感に震え、首筋をいやらしく反らす。
朱鷺恵さんは……自らを、慰めていた。
「はあっ……志貴君……」
名前を呼ばれ、思わず息をのんでしまう。
下着は脚に引っかかり、くしゃくしゃになっている。
さらけ出された華の中心を直に弄り、更に胸にも甘く手を伸ばして、その柔らかい乳房を自らこね、乳首を指で愛撫していた。
部屋の中の空気だけ、外よりも遙かに熱い気がする。
それは……朱鷺恵さんがそうしているからか。
俺の熱がからだを火照らせているからか。
気付けば俺はみずからを取り出して、擦りだしていた。
「志貴……君……」
切なそう朱鷺恵さんが声を上げるたびに、俺の脳は先程とは別の狂い方を見せてゆく。
あれから勉強に忙殺されて触れていなかった朱鷺恵さんの体を目の前にしながら、俺は自慰をしていた。
はぁ……はぁ……
乾いた呼吸が俺の喉から漏れる。
気付かれぬように、激しくそれを上下させていた。
「ん……はぁ……」
自らの愛液にまみれた指を見つめ、朱鷺恵さんがそれを舐め取った。
その姿に欲情し、俺は高まりを覚える。
「ああっ! ……志貴君……志貴君……っ!」
自らの味に乱されたように、朱鷺恵さんが更に激しく自らを責め立てる。
指を深くくわえ込み、華がいやらしくヒクヒクと痙攣していた。
その上部では、真珠のような陰核が濡れ光っている。
そこに手を添えると、朱鷺恵さんが小刻みに揺れだした。
「ああっ! もっと……もっとして、志貴君……」
朱鷺恵さんは、俺を思ってしているのか……
目の前の痴態に、俺は朱鷺恵さんと同じペースで登り詰めていた。
最後、朱鷺恵さんが激しく胸を掴み、親指で陰核を捻り、指を最奥に沈ませた時だった。
「あああああっ……!」
激しく、朱鷺恵さんが硬直して体を反らせた。
「くうっ……」
俺は瞬間、自らの掌に精液をぶちまけていた。
溜まっていたそれが、恐ろしくビクビクと掌を打ち、ドロドロの白濁がこぼれ落ちそうになるのを、何とか受け止めていた。
「あっ……はぁ……はぁ……志貴くぅん……」
荒い呼吸を続け、朱鷺恵さんが余韻に浸っている。
それを見ながら、射精を終えた俺は激しい罪悪感に捕らわれていた。
汚してしまった。
……最悪だ
それは今まで心の中で何度も朱鷺恵さんをそうしてしまったにも関わらず、そのいずれよりも深い罪。
俺はのろのろと体を動かすと、手に溜まった精液を水道で洗い流し、気付かれないように自分の部屋に戻っていた。
そのままどさりと布団に倒れ込んでしまうと、疲れが一気に全身を襲い、眠りに引きずり込まれていた……
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