六回戦
起家:翡翠
並び:翡翠、シエル、志貴、アルクェイド
東三局
「……うーん」
志貴は呻くしかなかった。
さっきまでの流れは何処へやら、全く手が入ってこない。
配牌はほぼ四〜五シャンテン、さらにツモも裏目で劣悪だ。
これではとても勝負にならない……
一方、アルクェイドとシエルはやはり麻雀でもいいコンビぶりを発揮していた。
「ポンよ!」
「ふ、その鳴きで良い牌が来ましたよ、リーチ!」
「ポン! これで一発はないし、アンタのツモ牌はわたしに戻ったわ。それだけじゃないわよ」
そうやって、さっきから全てこの二人の振り合いで局が進んでいた。
「さ、ツモってご覧なさい、それが私の当たり牌よ」
「くっ……」
アルクェイドが挑発するが、シエルにはもうこれを切るしかなかった。
「ほら。ロ……」
「ロンです」
「え……?」
瞬間、全員が同じ方を見て驚いた。
ロン
「平和です。千点」
「翡……翠?」
志貴は今まで――そう、さっきの対局も――ずっとリーチもなかった翡翠が初めて動いた事に驚いていた。
「シエルさん、申し訳ありません。わたしも上がれる手だったので」
「え……はい、わたしは切るしかありませんし……」
「アルクェイドさん、申し訳ありません。和了は上家優先ですから」
「え、ええ……もちろんいいわよ、翡翠」
虚を突かれ、すっかり翡翠に低姿勢になったふたり。
そして翡翠は……にこやかな笑顔で、志貴を見つめた。
「え……?」
その笑顔の意味に、志貴はその時気付いていなかった。
続く東四局、翡翠がアルクェイドから同じく千点をあがる。
そして、南一局……
「リーチ」
翡翠が、仕掛けた……!?
今まで殆ど何も動かず、裏役に回っていたと思っていたのに。
志貴は焦った。
三シャンテンの自分では、とても追いつける様子はない。
「くっ……」
それでも、何とかテンパイだけは欲しい。
志貴は翡翠の顔を見るが、その表情からはどんな手であるかも想像できなかった。
「ええい……ままよ」
志貴は翡翠が使わないだろうと思う牌を落とした。
しかし……
「申し訳ありません、志貴さま……」
ゆっくりと、翡翠が牌を倒した。
ロン
「なっ……」
「……混一色小三元。安めですが、倍満です」
白と索子のシャンポン待ち。危うく一発で親に役満を振り込むところだった。
「あ、ああ……ほら、翡翠……」
志貴は二万四千を翡翠に渡した。
これで……千点。
「完成……皆さんを、洗脳です。……志貴さま」
「え……」
丁寧に礼をする翡翠に、志貴はようやく気が付いた。
「今までお守りしていましたが……お許し下さい」
アルクェイドとシエルにやり合わせて、志貴の失点はゼロだった。
しかも、意味のない鳴きが翡翠から左右に入って、ツモ順が微妙にずれて……
……自分が振る予定だった牌を、全て喰い取られてた
「翡翠……」
「私の役目は、陰でお守りする事……そして、もう一つの役目……」
「防衛と……洗脳!?」
秋葉と琥珀の言葉を聞いた晶は、その響きに恐怖した。
「ええ。翡翠はよくお客の代打ちをやっていたわ。代打ちの役目は、少なくとも今ある点を守る事」
秋葉は晶に説明する。
「だから、翡翠は点を動かさない事が出来るのよ。それも、自分だけじゃなくて……誰かのでも」
「あ……だから、志貴さんのが……」
「そういう事。兄さんにその『防衛』がかかっていたのよ。でも、翡翠の力はそれだけじゃないわ……」
「あはは〜、さすが翡翠ちゃん。お姉さんは嬉しいです〜」
そこまで言ったところで、今度は琥珀が出てきた。
「先程の局、これで翡翠ちゃんは全員から上がりましたね? これで翡翠ちゃんは、他の皆様を『洗脳』したんです」
「……ったく、他人から上がって能力が発揮されるなんて、いかにもあなた達姉妹らしいわね」
「酷いですね秋葉さま、使用人の鑑だと仰ってくださいよ〜。でですね瀬尾さん、こうやって場を支配してしまえば、他の皆様にはもう……」
そう言って、モニターを見た。
南一局、一本場
「……くっ」
酷いものだった。
全く手にならない。
八種九牌、その上殆どが穴あき。
「酷いわね……」
「あらら、これじゃ勝負になりません……」
似たような声は、アルクェイドとシエルからもあがる。
シエルはともかく、あの豪運を持ち合わせるアルクェイドさえ、翡翠は手玉に取ってしまっていた。
そして……流局。
「ノーテン……」
「ノーテンよ」
「ノーテン」
三人は最後まで、テンパイさえも取る事が出来なかった。
志貴は翡翠を見つめる。
「……ノーテンです」
翡翠は牌を裏向きに倒した。
ゼロ点はトビではないが、罰符を取られないと分かった志貴は安堵の息を漏らした。
……が、しかし
「え……テンパイしてるのに……どうしてですか!?」
時を同じくして、隣の部屋では晶が叫んでいた。
「テンパイどころじゃないわよ、瀬尾。翡翠の捨て牌を見なさい……上がってるわ」
「……!?」
確かに、翡翠はわざとあがらなかったのだ。
「どう、して……?」
「場を支配してる翡翠の力に洗脳されたら、もう他の人はテンパイも許されないわ。そして南場は、親が流れないわね……」
「あ。まさか……」
そこまで聞いて、晶はこれから起こりうるであろう未来に、少しだけ期待している自分を感じていた。
「……ノーテンです」
翡翠はまたも牌を裏に倒す。
「くっ……」
ここまで理不尽が続くモノなのか。
これで……七回、全員がノーテンで流局していた。
牌を落としながら、翡翠以外が全員疲労の溜息を漏らす中
「志貴さま……」
翡翠は志貴を見た。
「……?」
志貴は翡翠のその呼びかけに顔を上げる。
すると、突然
「お待たせしました」
あの頃のように、翡翠が笑った。
翡翠の指が動き、点棒入れからその細い指に絡まるようにして出てきたもの。
「わたしは、志貴様を八年間待っていました。そして今……同じ『八』がここにあるのは、偶然ではありません……」
志貴はその言葉に……あの時の約束を思い出していた。
「なるほど、ね……」
百点棒がカランと音を立て、卓に置かれた。
「八年……ではありませんが、八本場です」
「うわぁ……」
晶はあまりに劇的な展開に興奮して声を荒げていた。
「翡翠さん、この為にわざと待っていたんですかね?」
「どうやら、そのようね……」
「あらあら翡翠ちゃん、可愛い笑顔で決めてくれますね〜」
秋葉と琥珀は、モニター越しの翡翠の笑顔に懐かしさを覚えていた。
「あの笑顔……あの場にいる人達が見たら、どう思いますかね〜。特に、志貴さんは……」
「私達を八年も待たせ続けた……それは、一番翡翠が強く思ってたんでしょうね」
そんな翡翠の、満面の笑み。
ちょっとだけ困った顔をしながら、ふたりは翡翠の心憎い演出に感心していた。
南一局、八本場。
「くっ……」
ここまで来れば、もはや役は関係ない。
とにかく流れを強引にでも断ち切って、あがるしかなかった。
しかし……
配牌の第三ブロックまで引いてきた志貴が見たものは
「……」
酷い。
あまりに酷かった。
全く、揃っていない。
しかし、ここまで酷いと逆に見える手も……
あった。
最後の最後、十三牌目を持ってきて……テンパイした。
十三不塔。
対子がある、あとは……
志貴は残り一つのツモに、賭けた。
が……
「志貴さま」
手を伸ばそうとする志貴に、翡翠が笑顔で語りかけた。
「お待ちしていました」
「!?」
翡翠の言葉は、優しく穏やかで、しかし全てを見透かしているようだった。
そして……志貴のツモ。
「……」
……カンチャンが、出来上がってしまっていた。
「……ああ、待たせてごめんな、翡翠」
志貴はにっこりと笑い翡翠を見つめ、手にした牌を切っていた。
「……ロン」
ただ、翡翠は告げた。
ロン
「人和はありません、平和、タンヤオ……」
それから、一呼吸置いて
「……ですが、八連荘です。五万四百……」
完敗だった。
翡翠に全て握られ、支配された場。
「志貴さま……トビですね」
翡翠の微笑みは、あの日の約束のそれだった。
結果
志貴のトビ、翡翠がトップ
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