四回戦
 起家:さつき
 並び:さつき、晶、レン、都古

「んー、このメンバーというのも……」
 志貴は隣の部屋から、なんとも不思議な気持ちで眺めていた。
「あら? どんなゲームになるか、楽しみじゃないですか?」
 お茶を差し出しながら、琥珀は楽しそうに答える。
「まぁ、確かに」
 啜りながら、志貴は早速始まった戦いに目を向けた。
「それより、志貴さん?」
「ん?」
 そんな最中、琥珀がふと聞いてくる。
「あの中では、どなたがお好みですか?」
「ぶっ!」
 突然の事にむせる志貴。そして琥珀を見ると、愉しんでいる顔。
 気付けば琥珀だけでなく、その場にいた全員が志貴の答えを注目しているようだった。
「あは、あはははは……誰だっていいじゃないですか」
 答えようによっては『年下趣味』だとか『スケコマシ』だと言われかねない。
 まさにお茶を濁して、志貴はフラフラと居間に逃げ去った。
「あらあら……」
 琥珀はさも残念そうに辺りを見回し、そして笑った。
「まぁ、誰かなんて答えは、誰も期待していて期待してないんですよ、志貴さん」
 そんな風に呟き、ちょっとだけ寂しそうな顔になった。

「さて、お手並み拝見……と」
「あ、お兄ちゃん! あたしのとなり〜」
 志貴が顔を出すと、都古が嬉しそうに自分の席へ呼ぶ。
「はいはい」
 志貴は椅子を一つ持ってくると、都古の斜め後ろに座った。
 これなら他家の牌も見えず、イカサマは問題なかろう。
「志貴、こっちの妹には優しいんだね」
 同じくレンの後ろに座っていたアルクェイドが志貴をからかう。
「ん……まぁな」
「えへへ〜」
 秋葉と違って可愛い妹だし、久しぶりに一緒にいると楽しい。
 初めて都古が皆と顔を合わせた時は不安だったが、それはマスコット的存在の都古が皆に猫可愛がられる事で、杞憂に終わっていた。
「さて、と……」
 一通り会話が済んだところで、改めて牌を見る。
 都古の手は悪くはない。
 けれど、何かが欠けている。
 どれも二牌の組み合わせばかりで、テンパイは遠そうに見えた。

 東三局

 九巡目
「う〜ん、これ」
 晶が仕方なく二萬の対子を落として、何とか手を広げようとした矢先だった。
 パタン……
「え?」
 レンが、無言で牌を倒して晶をじいっと見つめる。
「あ……上がってるんだ」

 ロン

 見ると、翻牌、三色の高めを振り込んでいた。
「あ、ごめんねアキラちゃん。この子あんまり喋らないから」
 アルクェイドは無言で点を受け取るレンに代わって説明する。
「いえいえ、大丈夫ですよ。ただ啼く時だけはどうしましょう?」
 意思表示さえしてくれれば大丈夫だったけど、牌を捨てるたびに首を振らせるのもかわいそうだと晶は思う。
「あ、大丈夫。この子啼かないから」
「へえ……」
 やけに自信たっぷりにアルクェイドがそう言うものだから、晶達はそうなんだとあっさり納得する事にした。

 東三局、一本場

 ――再――

「……」
「へえ……やるねえ」
 志貴はレンが倒した牌を見て、嘆息を漏らした。

ツモ

ドラ: 裏ドラ:


 またも、翻牌、三色。
 ただ今回はリーチにツモ、更に裏ドラが乗っての親跳になった事が違った。
「あれ……? まるで同じだな」
 その翻牌と、よく見たら順子まで先程と同じだった。
「ふふふ〜」
 それに気付いた志貴を見て、アルクェイドがまるで自分の事のようにうれしがる。
「『Repeat again……』よ。レンは一度親で上がると、何度でも同じ役が回ってくるわ」
「ひえ……親で爆発か、でっかいなぁ」
 打っていて辛いのは、ずっと親があがり続ける事だ。じわじわと同じ人に削られ続けるのは、精神衛生上あまり宜しくない。
 それが続くと、大抵子は焦って打ち筋が雑になる。例え『Repeat again……』を警戒して牌を抱えても、配牌とツモだけは防ぎようもない。
「と、いうことは……」
 志貴は、そこまで呟きながら、目の前の妹を見る。
「うー……」
 ちょっと不満そうにしている都古が、志貴を見上げていた。
「大丈夫。都古ちゃんのいつものアレ、見せてあげな?」
 にっこりと笑って志貴が都古の頭を撫でると、都古は満足した表情を浮かべ
「うん! お兄ちゃん、見ててねー」
 気持ちも新た、真剣な目つきで牌に向かっていた。

 東三局、二本場
 五順目
 レンはツモを見る。

 

ドラ:

 揃った。
 後は索子のカンチャン待ち。
 三色手が高めなら、ではなくて確定するのは、レンの引き故か。
 表には出さないが、今のレンにはその牌を引く自信があった。
「……」
 すうっと、さも当たり前のように牌を横にし、リーチ棒を置いた。
 瞬間

「チー!」

 それを待っていたかのように、下家の都古から気合いのこもった啼きがあがった。
 予想していなかった事態に、レンは思わずビクッと肩を震わせる。
「ん?」
 その声と共にアルクェイドが微かに眉をひそめたのを、志貴は気付いていた。
 やはりそうか……
 都古が牌を捨て、一巡後のツモ。

 


「うわ……」
 なるほど、こりゃ危険だと志貴が思わず感心する。
 見事にレンが先程から続ける三色の真ん中を引いてきた。
 都古も危険だと分かっているようで、上手く手に組み込み回避して進む。

「チー!」
「チー!」

 それから二巡、都古はレンの牌をことごとく鳴いていく。
「鳴いてばっかね、都古ちゃん」
 アルクェイドは、最早観念したというようにこちらを見て呟いた。
「えへへー」
 それを褒め言葉と取ったか、都古は嬉しそうに牌を切る。
「でも、もう一回鳴いたらツモ牌は元の順目に戻る……」
「ポン!」
「!」
 アルクェイドがそうやって注意を喚起しようとした瞬間、都古は対面の晶から鳴いた。
「わかってるもーん」
 そうやって残り二牌の中から片方を選び、河に置く。
「ハダカ単騎……いくら何でも、それはやり過ぎじゃないのかな?」
 アルクェイドの言葉は真実かも知れない。それがフリー打ちの雀荘ならば、四つ晒せば全てを晒す、そんな事など滅多にしない。
 しかし……志貴は知っていたから、笑う。
 都古も、満面の笑みを浮かべる。
「アルクェイド。見てな、これがこの子の麻雀だ」
 志貴には後ろから見ていても、妙な自信があった。
「そんな事言ったって、鳴き牌見てもむちゃくちゃで自風だけ、先付けじゃない……」
「甘いな、アルクェイド」
 そう、アルクェイドにしては甘いと志貴は思った。

 これはフリーの麻雀じゃない。その大局を忘れている。
 今、これからツモる都古ちゃんの牌は……レンのものだろ。
 あれだけ出来上がっていたレンの牌だ。

「そう、アルクェイドお姉ちゃんは甘いのだ〜」
 都古はゆっくりとその細い指で牌を掴んでくると、盲牌で腕を鋭く右に振った。

「カン!」

「! 加槓……!?」
 唯一の明刻は、このための序曲でしかなかった。
 無邪気に、しかし強烈に破壊力を秘めた豪快な一撃。
 武道を心得る都古らしい、逃げずに前へ出て力で圧倒するという打ち方。
 それが今、全てを見切った。
 ゆっくり、王牌から引いてきた嶺上は……

「ツモ!」

 お腹の底から響かせるような力強い声と共に、都古が牌を打ち付け、唯一の手牌も倒した。

 ツモ 

   

ドラ:

 嶺上翻牌、そしてツモ牌はドラ。
 それだけでも満貫だというのに
「まだまだだよ!」
 都古は加槓の槓ドラを指で弾く。
「……やっぱりね」
 勢いよくめくれた牌を見て、志貴は嘆息をついた。

 

「嶺上開花、翻牌、ドラ六。四千二百、八千二百!」

 強烈なドラ爆。
 槓ドラには、まるで用意されていたかのように東があったのだ。

「恐れ入ったわ、さすが志貴の妹だけはあるね」
 アルクェイドは先程の甘く見ていた言葉を詫びた。
「ああ、自慢の妹だよ」
 志貴はまるで自分の事のように喜び、都古の頭を撫でた。
「えへへ〜、お兄ちゃんに褒められちゃった〜」
 都古は先程の闘志を微塵も感じさせない無邪気な笑顔で、志貴に甘えていた。

「アルクェイド。レン、鳴かれると弱いだろ?」
 志貴は一通り都古を褒めた後、確かめるようにして尋ねた。
「ん……その通りね、鳴けないんじゃないし、鳴かないんじゃない、この子は自分のツモに運があるのよ」
 アルクェイドは僅か一局でそれを見切った志貴に観念したように白状した。
 レンはアルクェイドの方をじっと見つめ、バラした事に非難の表情を浮かべるが
「仕方ないわよ、レン。どのみち言わなくても同じよ」
 そう諭すように言うと、レンも仕方なくこっくりと頷いた。
「そうだな……見ての通りだけど、都古ちゃんは鳴けば鳴く程強い」
 それじゃ不公平だとばかりに、志貴も都古の事を話す。
「それだけじゃないよ、ドラはあたしの味方だもん!」
 都古は格闘家らしく正々堂々と、その言葉を受け継いで叫んだ。
 ドラが味方だというのは、始めからドラを抱えている事も確かにある。
 しかしそれだけでなく、鳴きが主流の都古には、槓ドラというもう一つの武器も持ち合わせていた。
 超速攻、それでいて槓があれば一撃の破壊力は超絶。
 まさに見よう見まねとはいえ、八極拳の神髄を体現していた。

「まぁ……これでじっくり手を待つリーチ主体になったら、これ程怖い子もいないよ」

 志貴は頷きながらも、すっと王牌に手を伸ばす。

「さつき、七索はツモ切りだよね?」
「え? そうだけど」
「アキラちゃんも?」
「はい」
「レン……」
 こくん

 順番に志貴はそれぞれの河を眺め、尋ねる。
 聞かれた三人も、そればかりかアルクェイドも都古もは意味が解らない、と言うように志貴の言葉に不思議な表情を浮かべる。
 志貴はそう言いながらも裏ドラと槓裏ドラを見て……正直苦笑した。
「……やっぱりね。なら、まだ助かったと思えばいいさ。その七索は全部都古ちゃんの本来のツモ牌。それを持っていたら暗槓して、上がるとこうだ……」

 そこまで言って、志貴は手にしていたふたつの牌を皆に見せた。

 

「!?」

 いずれの牌も、六索だった。
「そう、ここにもドラがあるのが都古ちゃんなんだよ。理想的に進んでリーチに嶺上ツモなら、ドラ十で役満だったね」
 言われて、全員が安堵の溜息を漏らしていた。
「う〜、でもあたしは自分の流儀を貫くんだもん!」
 たった一人、都古だけを除いては。

 それからというものの、完全に二人の戦いは続いた。
 レンが何とか鳴かせまいと難しい場所を切れば、都古はその打ち方に合わせて牌を切る。
 そうして最初はレン、続く局は都古がそれぞれ満貫をツモる。
 気付けばさつきも晶もかなり離され、点数上でもこの二人の戦いに絞られていた。

 迎えたオーラス、都古の親。
「ポン!」
 レンとの点差が僅かな都古が鳴いた。
「勝負は最後まで、諦めないよっ!」
 都古は強気に打牌をすると、鳴いた先……レンを見つめた。
「……」
 レンも負けていられない。今のでテンパイだった。ただ都古を狙い撃ちする為だけにリーチはかけなかったのだから。
 これで、レンのツモ牌は都古に行く。都古が強気に攻めればいつか出てくると確信した。

「二人とも、ムキになってるわね……」
「ああ、まだまだ子供だね」

 アルクェイドと志貴は、互いの目の前の牌を見て苦笑いを浮かべた。

「チー!」
 再び都古が鳴く。
「あ……」
 直後にあがった声を、都古は聞いていなかった。
「カン!」
 加槓をするが、運悪くドラは乗らない。
 手が動いている人物が居ても、見えない。
「レンちゃん、負けないから!」
「……」
 最早二人だけの世界。
「これで……勝負だよ!」
 遂にテンパイを引き、都古は勝負とばかりに熱いところを切った。

 ……が
「あ……ロン」
 その声は意外な方からあがった。
「……ふええっ!?」
 都古は、一瞬きょとんとしていたが、ようやく自分が振り込んだ事に気が付いた。
 パタリと、さつきが牌を倒した。

 ロン

ドラ:


「清一色、平和、タンヤオ、二盃口、ドラ二、三万二千。ごめんね、逆転なんだ」
「ふえええええっ、さつきお姉ちゃん!?」
「レンちゃんの本来のツモ牌でどんどん引いてきちゃったんだ。まさか一番高めの当たり牌が出てくるとは思わなかったけど……」
 余程集中していて頭に血が上っていたせいか、都古は染め手に走ったさつきへの明らかな危険牌を捨ててしまっていた。

「う、う、うう〜……」
「都古ちゃん……こればっかりは仕方ないよ、そんな手が入ったら誰でも勝負したくなる……」
 俯き肩を震わせていた都古に、慰めの言葉をかけながら肩を叩いた志貴だったが、それが都古の引き金になってしまったらしく
「うわ〜ん、お兄ちゃん〜!」
 都古は振り返ると、志貴に飛びついて泣き出してしまった。
「ご、ごめんね……」
「あー、さつきは悪くないから、気にしないで。……よしよし」
 おろおろしてしまっていたさつきに言葉を掛けながら、志貴はしばらく都古の好きにさせてやった。

 結果
 さつきまたも大逆転。都古ビリ。








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