三回戦
 起家:さつき
 並び:さつき、秋葉、晶、シエル

 東一局
 七順目
「リーチ」
 晶は一索を切ると、千点棒を置いた。
「迷いがないですね、瀬尾さん」
 シエルは先程から、思考時間が圧倒的に短い晶に感心しているようだった。
「はい、わたしは迷わないんです」
「へえ」
 と、それさえも即答する晶。
「瀬尾……見えてるわね?」
 秋葉はそんな瀬尾を頼もしそうに見ると、くすりと笑った。
「……ツモっ」
 十順目、晶はアガった。

  

 ドラ: 裏ドラ:


「リーチ、ツモ、タンヤオ、一盃口、ドラ二です」
 捨て牌に少し無駄があったが、確かな手であった。
「見えてる、とは?」
 シエルは先程の言葉を聞き、興味深げに尋ねる。
「この子の能力ですよ、先輩」
 代わりに秋葉が、その意味を説明する。
「『未来視』。たまにこの子、自分の和了が頭に浮かんでくるそうです。それで、例え悩む局面であっても、その形に向かって進むので、決め打ちが可能なんですよ」
「凄いですねえ。だから、最初からど真ん中が切れるんですね」
 リーチまでに、順子は落ち、五萬が簡単に落ちているのを見て、正直下手なのかと思っていたシエルは反省し、素直に敬意を表した。
「でも……いつもそうとは限らないので、まだまだヘタっぴなんです」
 むにゃむにゃと、褒められて嬉しそうな顔で微笑む晶がまた可愛らしく、シエルと秋葉はちょっとぐっと来るものがあった。
「へえ……羨ましいなぁ」
 そんな時、晶に対面からの笑顔が降り注いだ。
「私なんて勇気がないから、いつも悩んじゃうのに……」
 さつきは、そんなまっすぐな晶を優しく見つめていた。
「あ……はい」
 何故か、その笑顔に吸い込まれた。

 東二局
 今回は未来視が無いから、自分で何とかするしかない。
 そんな晶は、対面に座るさつきに、不思議な感情を抱いていた。
 こんな場面なのに、ちっとも笑顔が消えない。
 すごく穏やかで優しそうな表情が、心に響いていた。
 志貴さんの……どんな人なのかな
 ここにいる、と言う事は明らかに志貴と面識があるわけで、それは……と思うと、ちょっとだけ胸が苦しくなる。
 志貴さんの事、好きなのかな?
 自分にもあるその感情を思うと、何だか恋敵なのに、許せてしまいそうだった。
 そして……さっきもそうだったけど、非常に河が綺麗だ。
 悩んでしまう、とは言っていたけど、明らかに無駄牌が無い。
 それはまるで、さつきの心を表しているかのようで、そんな打ち方に逆にこっちが憧れた。

「うん、リーチ」
 八順目、さつきは納得した表情でリーチをかける。
 晶が河を見ると……萬子が一枚も見えていなかった。
 綺麗、とは弊害も見えているようで、染め手が明らかだと悟る。
 十順目
 これは……切れない。
 晶は引いてきた四萬に目をやり、それからふたりのオタ風である西を切った。
「ロン」
「あ……」


  

 ドラ: 裏ドラ:


「リーチ、混一色、一気通貫、ドラ二。ごめんね」
 単純な思考ミスか、染めているのは混一色もあるという事をすっかり忘れていて、シャンポン待ちのもう片方を献上していた。
「あ、あー……」
 晶は自分への反省を込めて、点棒を渡す。
「まだまだね、瀬尾も」
 秋葉が親順を簡単に流されたことで、少し嫌みっぽく言う。
「うう、すみません……」
 そんな秋葉の視線を見ながら、自分の親になった。

 東三局
「……」
 十一順目
 どうやら秋葉はテンパイらしく、ツモ切りが二回続いた。
 晶はそろっと、秋葉の見えてない所を出す。
「ロン、三千九百よ」
 秋葉は満足そうに晶を見た。
「はい……」
 素直に点を差し出し牌を落とすと、先程から牌が入ってこないで少し苛立っていたシエルがニヤリと笑った。
「あら、学校対抗でコンビ打ちですか? お二人さん」
「え?」
 その言葉に、晶はついいつもの癖で反応してしまい、秋葉を立てようとした自分が情けなかった。
「そんな事ありませんよ。そんな卑怯な事までして勝ちたくありませんから」
「そうですか、私はてっきり秋葉さんがサインでも送ったのかと」
「どういう意味ですか、先輩?」
「いえいえ、先程秋葉さんの親が流されて、今度もあっさり瀬尾さんのが流れましたから、そう思っただけです」
「そうですか……」
 シエルの読みが、秋葉を僅かに不機嫌にさせる。
「や、やめてください……」
 晶は自分が原因となって場の雰囲気が悪くなった事で、少し慌ててしまっていた。
 が、
「秋葉ちゃん、シエル先輩。怒らないで仲良くやろうよ?」
「「あ……」」
 さつきのその一言で、二人は熱くなっていた自分達に反省した。
「すみません、弓塚さん」
「……失礼しました」
 一気に緊張感は消え、さつきの笑顔に助けられていた。
 すごい……
 晶は、そんなさつきを尊敬のまなざしで見ていた。
「……違うよ、アキラちゃん」
「……え?」
 牌を取りながら、さつきは向かいの晶に話しかける。
「私はね、いつもこうなんだ。ケンカは良くない、って言いながら、結局は勇気がないだけ」
 それは、麻雀の事だけを言っているような気がしなかった。
 さつきの、生き方。そして……
「だから、いつも笑顔でいるんだ。みんなの前では……」
 自分だけに苦しみを吐露しているような気がして、何かに不安を覚えずにはいられなかった。

 東四局、流局。
 南一局、一本場。同じく流局。
「テンパイ、っと……」
 二回連続テンパイのさつきの手は、非常に美しかった。
 清一色の三面待ち。それはまるで、彼女の性格を表したような手。
 皆が警戒して出さないから上がれないものの、チャンスは確実にさつきにあった。
「染め手、来ますねえ……」
「うん……わたし、どうしても色が偏っちゃうんだ」
 シエルの言葉に、困ったようにするさつき。

 南一局、二本場
 トン……
 静かに、しかし存在感のある置き方で、シエルがさつきの河に見えていない筒子を置く。
 しかし……
 何も言わず、さつきは牌をツモる。
 そんな光景が、何度か続いて……
「ロン」
 秋葉が、それを止めた。
「弓塚さん、手を見せて貰えますか?」
 シエルがさつきに振っているような気がして、秋葉は筒子待ちにして安手をあがり、尋ねた。
「え? いいよ」
 と、さつきはあっさりと牌を見せる。
「え……?」
 晶は、驚いた。
 シエルの振った牌を啼けば、とっくに清一色があがれていた形だったのだ。
「どう、して?」
 晶は、聞いていけないと思いつつも、つい聞いてしまった。
「そうだね……私は、みんなの前じゃ啼かない、って決めたんだ」
 それは、さつきなりのこだわりなのか。
 そして、ふっと寂しそうな表情。
「泣いてる姿を見せたいのは……好きな人の前でだけ」
 そんな小さな告白が、衝撃的だった。
「え……さつき、さん……」
 その瞳の奥に、明らかにあの人……志貴を見ていた。
「さ、次だよ」
 さつきは何にも無かったように牌を返していた。

 南二局
 ああ、この人は……
 晶は、勝負事だというのに、目の前の人に吸い込まれてしまい、上の空になってしまう。
 索子が見えていない。
 シエルの打牌にも反応しない。
 有言実行は、正直だった。
 
「さつきさん……一途なんですね」
 それは、遠回しな質問。どちらにも取れる、しかし本心を確かめたい言葉だった。
「そう……だね、私の性格、かな?」
「……上手くいかなかったら、どうするんですか?」
「うん……ずっと、待ってるかも。……ううん、わたしは静かに引いちゃうかもね……」
「……気付いてくれるのを、待つだけなんですか?」
「……うん。だって昔、約束したんだ、『ピンチの時には助けてくれる』って……」
「……」
 敵わなかった。
 それは、明らかに自分とは違いすぎる想い。
 ずっと前から、見ていたんだ……
 でも、自分だって引きたくはなかった。
 好きだって気持ちは、時間の長さに関係ないって思いたかったから。

 南四局、オーラス
 親順で満貫をあがり、点は自分が辛うじてトップだ。
 しかし、さつきがすぐ後ろにいる。
 負けられない。
 晶は、ここが勝負だと悟っていた。
 この戦いの、そして……
「……っ!」
 見えた。
 未来視が、和了形を予測していた。

 


 清一色……!
 しかもそれは、さつきに対する挑戦状の如く。
「……わかりました」
 自分を冷酷にするための一言が、悲しすぎた。

 六順目
 晶は邁進する。
 手は混一色の形だったが、ここから字牌を落としていけば問題なかった。
 さつきの河は……筒子二枚に索子三枚。
 完全に見えていた。
 そして自分の手は……索子の清一色。
 ……出てくる。
 それは希望であったが、確信に近かった。
 ……ごめんなさい、わたしだって、好きなんです……
 萬子を枯らし、そしてさつきのツモ……
「!?」
 萬子が、こぼれた。
 まさか……と思ったが、次巡
「また……」
 二枚連続でこぼれる。
「へえ、テンパイですか?」
 すっかり点数的に蚊帳の外になったシエルが、さつきを見て笑った。
「秘密ですよ、先輩」
 さつきは笑って、更にもう一枚萬子を切った。しかも手出しだ。
 わからなかった。
 さつきは、ここへ来て手を引いてしまうのか。
 そう思いたくなかった。
「だめ……ですっ!」
 晶は、どの染め手か分からなくなったさつきを警戒して字牌を切る。
 引いて欲しくなかった。
 正々堂々と戦って、決着を付けたいのに……
「どうして、素直に言えないんですか……!?」
 シエルも秋葉も、それに倣って字牌を落とす。
 殆どの字牌が、一枚、二枚と落ちていく。
 そして……
 さつきが、今まで一番綺麗な顔で、笑った。

「アキラちゃん。……わたしも、志貴くんが好き」

「!?」
 はっきりとしたその言葉は、心に突き刺さった。
 驚きの表情になる秋葉、至って冷静な風に装うシエル。
 そして、晶。
 この人は何にも手を引いていないと、理解した。
 という事は、萬子を切ったのは……更なる好形に替えるため?
 九連宝燈?
 大博打、でもこの人なら……
 しかし、負けない。
 わたしも、志貴さんが好きだから……!

 強い想いと共に、晶も最後の索子を引き、テンパイした。
「リーチ!」
 点棒を置く。
 静かに、ゆっくり。
 暗刻落とし。
 三枚目の中を、場に出していた。
 刹那。
「……ゴメンね、アキラちゃん」
「……え?」
 さつきの牌が、やけにスローモーションに倒れた。
 そこには、六つの対子と、最後の中。
「七……対子?」
 染め手では、なかったのか。
 その形に、晶は意外な声を上げた。
 しかし、さつきは優しく首を振って、すまなさそうに微笑む。
「ううん……字一色、だよ」

  

 東、南、西、北、白、發、そして……中

 全ての対子は、字牌で染められていた。
「わたし……やっぱり、諦められないよ……」
 さつきの微笑みは、儚かったけど、とても強かった。
「……」
 完敗だった。
 さつきの一途な想いは、あまりにも強く。
 とても自分なんかでは、太刀打ちできないと。
 未来視でさえも、その想いで打ち破られてしまう。
 負けたというのに、晶の心の中には、すがすがしい風が吹いていた。
「はい、次はわたしも負けません」
「アキラちゃん……ありがとう」
 その言葉はとても優しく、晶はこんな素敵な人になりたいと、改めてさつきを眩しく思うのだった。

 結果
 さつきがオーラスで大逆転、晶がビリ。








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