二回戦
 起家:シエル
 並び:シエル、志貴、羽居、秋葉

 東一局
 志貴が秋葉から三千九百をあがる。
 平穏に見えた戦い。
 シエルに点の動きはない。
 しかし、これが全ての始まりだった。

 東二局
「ロン〜。シエルさん、跳満ですよ〜、一万二千点です」
「な……」
 牌が倒れた瞬間、シエルは自分の目を疑った。

   

 ドラ:


 北の単騎待ちで混一色、一盃口、ドラ二。筒子が全く見えてないのに気を取られて、安心しきっていた所への強烈な一撃だった。
 羽居の不思議な打ち筋に、感心しながらも点棒を支払う羽目となり、残り一万三千点。
「来たわね、羽居……」
 秋葉が、少し苦笑しながら羽居を見る。
「へへへ〜」
 羽居もその意味が分かったらしく、にっこりと笑う。
「先輩、兄さん。羽居はこれから早々止まりませんよ」
 秋葉は忠告とばかりに、ふたりに告げる。
「ん?」
「なぜ羽居が『羽ピン』って呼ばれてると思います? 跳満で筒子が絡むと、そこからが鬼なんですよ。浅女でも恐れられてるんです」
「へえ」
「……なるほど」
 事情を知らなかったシエルと志貴は、初めてあだ名の由来を聞いて感心した。
「そうなのだ〜。だからこれから行きますよ〜」
 と、途中までは好牌があるようだが、普通に打っているように見えた羽居だった。

 が、十一順目……
「リーチ……あ〜、倒れちゃった」
 牌を置こうとした瞬間。
 ぱたんと、袖がひっかっかって羽居の牌が三つ程倒れていた。
 ちっとも慌てる様子もなくそれを戻そうとする羽居に
「羽居さん、それは罰符ですよ?」
 シエルはかなりルールに厳しい麻雀を打っていた名残で、つい忠告してしまった。
「え〜。みんなはいつも見逃してくれるのに〜」
 羽居は『こわいよ〜』と言った感じで秋葉を見るが
「仕方ないわよ。あっちのルールとは違うんだから、諦めなさい」
「そんなぁ〜、秋葉ちゃんまで〜」
 親で勝ってる、そして運が味方している羽居には容赦しないとばかりに却下した。
 しかし、そんなやりとりを見ていたシエルが流石に不憫に思ったか、助け船を出していた。
「まぁ……そうですね、リーチしてるんですから、オープンリーチなら見逃す手もありますよ?」
「!? シエルさん? 貴女は羽居の怖さを……」
 秋葉はそのシエルの言葉にすぐに反論するが
「まぁいいじゃないですか、誰もリーチしてませんし、これで放銃は無くなったんですから。遠野君はどうです?」
「う〜ん、罰符で気まずくなるよりも、その方がいいんじゃないかな?」
「くっ……兄さんまで」
 志貴もシエルの方に一理あると賛成し、結局オープンリーチで認められる事になった。
「わ〜い、ありがとうございます〜」
 と、リーチ棒を置いてから、ポンと羽居が牌を全て倒した。
「!?」
 瞬間、シエルの顔から笑顔が消えた。

 

 ドラ:

「また、羽ピン……ですか?」
 七対子、筒子の単騎待ちで、しかもタンヤオにドラまで乗っている。
 跳満手が確定していた。
 シエルと志貴は、その当たり牌をひとつずつ持っている。しかも浮いていた。
 あまりに危険なそれに、正直オープンで助かったと、ホッとした矢先の次巡だった。
「あ〜、ツモ〜」
「!?」
 羽居は、残るたった一つの当たり牌を、恐るべき力で一発で引き当てた。しかも
「オープンリーチ、一発、ツモ、タンヤオ、七対子、ドラドラ……」
 と、何気なく裏ドラをめくる。そこには……

 


「乗ってる〜。ドラ四だ〜」
「!?」
 全ては羽居の運故か、本来なら七対子、タンヤオ、ドラ二の手が、最終的には親の三倍満にまで跳ね上がっていた。
「いちまんにせんおおるぅ〜」
 と、羽居は誰も怒れないような笑顔で喜んでいた。
「『七つ道具』も炸裂、ね……羽居、あんたって人は……」
 秋葉は、もう一つの羽居の強運に感心するしかなかった。

 七つ道具
 それは羽居のいつも持っている巾着の中身に引っかけてそう呼ばれていたが、実際にその運気は恐ろしかった。
 七対子の時、リーチをかけてアガると、裏ドラが高確率で乗る。
 ただの七対子が、頻繁に満貫手以上に化ける。
 何度、秋葉はその強運に苦汁を舐めさせられた事か。
 羽居に運気を全て吸われている。
 そう感じた秋葉は、この戦いをほぼ諦めていた。

 東三局、一本場
 シエルには後がなかった。
 残り千点。
 どんな直撃でも飛ぶ。
 自分で導いた危機とはいえ、焦りを感じていた。
 秋葉は、既に振らない麻雀に徹して、勝ちを見放している。
「先輩、飛びますよ〜?」
 と、二位の志貴は余裕を見せるべく語りかける。
「ええ、わかってます」
 シエルは、そんな志貴に少し困ったように答えた。
 しかし、その瞳は今まで以上にしっかりと輝いて
「わたしは、死ねないんですからね……」
 その言葉は、誰にでもない、自分に向かって掛けられた言葉だった。

 十四順目
「カン……っ」
 シエルは自風の西を暗槓で晒した。
 槓ドラをめくるが、乗らない。
 しかし、焦りはなかった。
 羽居は予想外の三倍満で、『羽ピン』の運気が来ていないらしい。
 流れは自分にある。
 チャンスだ。
 シエルは、自らの持つ独自の運気を理解していた。
 点数が少なければ少ない程、全ての運は自分に回ってくる。
 死にそうになっても、死ねない。
 そんな運が、自分には備わっていると分かっていた。
 『シエルは何度でも蘇る』
 そう言われたのは、自分の身体だけでなく、麻雀でも同じだったか。
 この、ぎりぎりの感覚。
「久しぶり……ですね。こんなのは」
 そう一人ごちる自分が、何だか可笑しかった。

 ――零――

「リーチ」
「!?」
 シエルは叫ぶと、残っていた最後の千点棒を放り投げる。
 そのあまりにも意外な行動に、場の全ての人間だけでなく、それをモニターしていた人間までもが驚いていた。
 瞬間、ぶわっと、シエルの全身から青白いオーラが飛び出す。
「ぜ、ゼロ点……貴女、本気ですか?」
 秋葉は、羽居とは違うその剛気な賭けに息を呑んだ。
 裏ドラを狙っている。
 仮に晒した西に乗れば、例えクズ手でも満貫以上だ。
「ええ、もちろんです」
 シエルは後が無くなったというのに、自信に満ち溢れた表情だった。
「ゼロ、最高じゃないですか……」
 わたしの、究極の形。
 シエルはその瞬間、全て分かった。
 今なら、全ての牌が透けて見える。
 そして、その当たり牌の相手は……対面。
 
 ラスト前、羽居のツモ。
「え〜ん、こわいよ〜。カン〜」
 羽居は向かいに座るシエルのオーラに気圧されたか、無駄な明槓をしてしまった。
すでに啼いていた一索に、引いてきた一枚をつける。
「羽居、あなた……!」
 秋葉が止めるも遅く、羽居はカンヅモを取っていた。
 秋葉は既に降りており、次も安牌を捨てる予定で、そしてこの場は平穏に流局となるはずだった。
 しかし、羽居が全てを壊した。
 いや、違う。
 シエルが壊したのだ。
 それはまるで、場の運を全て吸い取って引き寄せたかのような出来事だった。

「サヨナラホームランは無理だったよ〜。これで流局〜」
 と、この場では使われていない地方役を嘆きながら、羽居がツモった最後の北を切る。
「……羽居さん」
 と、シエルが静かな声で呟いた。
「え? え?」
 最後まで降りる事を知らなかった羽居が、すっかり不聴罰符を貰う気でいた所へ
「ロンです」
 静かに、冷静に。
 シエルが牌を倒した。

    

 ドラ: 

 北の単騎待ち。
 先程羽居に喰らった待ちと、完全に一致していた。
「リーチ、河底撈魚、翻牌……」
 シエルの和了は、順子二、槓子も含めた刻子二のクズ手だった。
「えーと、単騎待ちのロン上がりで、暗刻、暗槓があるから……三飜で八十符? って事は、満貫だぁ、よかったぁ〜」
 羽居は恐れていたよりも少ない点で済んだ事で、飜数の繰り上がりにもさして驚かず、点棒を差し出そうとしていた。

 しかし
「……いいえ、まだです」
 シエルは冷静に、王牌を指差した。
 終わっていない。
 まだ、大事なものが残されていた。
「あ……」
 それには、秋葉が真っ先に気付いた。
「まさか、槓ドラ……」
 その言葉を口にした時、人事とは言え、悪寒が走った。
 羽居が啼いてしまった以上、見なければならない。
 シエルは、人差し指を軽く添えると、槓ドラをくるりとめくった。

 カチャン

 

「!」
 乗っていた。
 完璧だ。
 そこには、全て計算されていたように南が隠れていた。
「まず、四つですね……」
「……まず?」
 その言葉に、志貴も何かを悟ったか、震えた。
 シエルは無言で、ドラ牌を落とし……裏ドラを開く。
 元からあったドラと最初の槓ドラの裏には、乗らなかった。
 瞬間、志貴と秋葉は息を吐く。
 しかし、シエルは冷静だった。
 予定調和とばかり、残されたひとつを手に取ると、軽く握ってから卓へ返す。

 タン

 小気味よい音が聞こえた瞬間、シエルは誰よりも美しい勝負師の笑顔を見せていた。
「!?」

 


 そこには、もう一枚の南が見えていた。
「……八つです」
 化けた。
 たった二飜のクズ手が、十一飜にまで。
 あまりのその姿に、全員がシエルへの畏怖を感じずにはいられなかった。
「三倍満。二万四千と……一本場ですから、三百ですね」
 シエルはさも当然、とばかりに右手を差し出す。
 羽居は殆ど泣きそうな顔で、恐る恐るその手へ点棒を乗せた。
 すると、先程までの張りつめたようなオーラは消え、いつものシエルに戻っていた。
「まぁ、先程お貸しした点に、利子を付けて返したと思ってください、羽居さん」
 見事、シエルは生き返った。
 何事もなかったかのように、点数は二万五千三百点。
「これがわたしの麻雀なんですよねー」
 あっけらかんと言うシエルに、誰もが言葉を失っていた。

 結果
 その後はシエルに気圧されたか、地味な点数のやりとりでシエルがトップ。
 結局、最初の志貴への放銃が効いたか、秋葉が一気に最下位に転落した。








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