そして週末の夜。
「しっかし、集まったなぁ……」
志貴は居間に集まった皆を眺めながら、嬉しそうに、そして心底意外そうに呟いた。
翡翠と琥珀は、着々と準備を進めている。人が集まったのでモニターなど用意し、すっかり「割れ目でポン」状態と化しつつある。
既に隣の食堂には観覧席が設けられ、休息を取りながら他の闘牌を見る事が出来るようになっていた。
そんな二人がいないでも、部屋の中は活気に満ちていた。
「えへへ、志貴には負けなんだから」
まずはアルクェイド。ダメもとで聞いてみたら『打てるよ』とあっさりの返事が返ってきていた。
「なーに言ってんだ。お前どう見たって素人だろ」
「ふふふーんだ。志貴が遊んでくれない時は、たまに打ちに行ってたんだよ」
「なに?」
「へへへ……」
志貴は意外なアルクェイドの日常に驚いた。
「まったく、貴女は……まさか、輸血麻雀じゃないでしょうね?」
その一言に、会場が突然静まりかえり、注目がその声の主とアルクェイドに向けられた。
ざわ……ざわ……
「何言ってるのよシエル。わたしは真っ当な麻雀しかやらないわよ」
その言葉に、一瞬角張っていた皆の顔が、安堵の溜息と共にほころんだ。
「先輩、それって……」
「気にしないでください、遠野君。本家も認めてるんですから」
志貴の疑問をあっさりとかわして、シエルはアルクェイドをにやにやと眺める。
「まぁ……いいですねえ、暇な吸血鬼は」
「そう言うシエルこそ、聞いてるわよ。教会でも麻雀は流行ってたのよね」
「くっ、アルクェイド、なぜそれを……」
知っているまいと思っていた情報を突きつけられて、シエルは表情を豹変させ狼狽えた。
「先輩……」
「ふーんだ! 麻雀は世界標準なんですよ!」
「……」
開き直るシエルに、志貴は言葉を詰まらせていた。
志貴が食堂で有彦を誘ったところ、珍しく『俺、別の用事あるからパス』と言ったのに対して、一緒にいたシエルから意外にも『あ、じゃあ私行きます』と声があがり、大丈夫かな……と思っていたが、これだと二人とも相当やり手かも……と、不安を感じ始める志貴だった。
「志貴くん……」
ついと、そんな志貴のそでを引っ張る存在。
見ると、不安そうに志貴の事を見つめるさつきがそこにいた。
「あ、さつき、ごめんな……」
アルクェイドとシエルに引っ張り回されていたからちっとも構ってあげられなくて、さつきには謝るしかなかった。
「ううん、いいよ。でも……みんな強そうだね」
「うん。正直とんでもないオーラを感じるよ」
既にアルクェイドとシエルからは、闘争本能とも思えるオーラがめらめらと立ち昇っている。これが麻雀に向けられたら、何か凄い事が待ち受けていそうだった。
そんな雰囲気に威圧されてか、特にさつきは部屋の隅っこに逃げ加減になる。
「ねえ志貴くん……負けたら脱げ、とか言わないよね?」
「え!? い、言わないよ……」
突然の質問に一瞬、さつきが服を一枚一枚恥ずかしそうに脱いでいく姿を想像して、志貴は顔を真っ赤にして答える。そしてそのまま、照れ隠しのためにその場を離れた。
「よかった……でも、ちょっと残念かな。志貴くんにだけなら、全部見せてもいいのに……」
小声で呟いたさつきの言葉など知るよしもなく、志貴はもう一人の孤立している人間に歩み寄っていった。
「……シオン」
「志貴ですか」
呼びかけられて、シオンはにこりと笑うと、自分の左手を掲げた。
「エーテライトは使いませんよ」
そこには普段はめているあの腕輪は無く、確かに潔白を証明していた。
「それは信じてるよ。それより、腕前の方は?」
「実戦はありませんが……理論だけなら誰にも負けません」
「なるほど。でも、麻雀は運も重要だから、確率だけじゃ語れないよ」
「理解しています。それでも確率で運を引き寄せます」
シオンの言葉はやけに自信に溢れていて、この強気も実力のうちに繋がるなら怖いと志貴は感じた。
「楽しみにしてるよ、俺は確率をも打ち破ってあげるから」
「ふふふ……志貴にはいつも驚かされますから、こちらこそ手加減はしませんよ」
アルクェイド達とは違って、静かに燃える炎を感じさせるシオンも、またこの中では全く劣らない存在だった。
一方、秋葉を中心とする輪の中でも、賑やかな会話がなされていた。
「秋葉ちゃん、手加減してね〜」
「何言ってるのよ羽居、あなたに手加減なんて無用よ」
「そんなぁ〜、秋葉ちゃんの意地悪〜」
「ふん、勝負の世界の厳しさを味わいなさい」
えー、という顔をして不服そうな羽居に対し、秋葉は楽しそうに笑っていた。
寮に琥珀から電話が来て、志貴と卓を交えると聞き、いつも同じメンバーだけだった秋葉は張り切っていた。
いつものメンバーに声を掛けたのだが、生憎蒼香だけはライブが重なっているとの事だった。
まああちらは何ヶ月も前から計画していた事だから、突発的なこちらが無理に誘う必要など無い。秋葉は残りの羽居と……
「こら」
傍らのもうひとりの、そのだらけきった頬をきゅっとつねる。
「きゃっ! 先輩、痛いですよお……」
「ふん、そんな顔をしているから悪いのよ」
「そんなぁ……」
晶を連れてきていた。
が、それはここへ来て失敗だったかと思っていた。
さっきから、志貴ばっかりをじいーっと見つめ続けていて、それしか見えていないらしい。
それが秋葉的には気に入らなくて、でも『兄さんは私のもの』なんて事は言えるわけもなく、こうやっていじめるしかなかった。
「あなた達、少なくとも真面目にやりなさいよ。特に瀬尾!」
「はいいいっ!」
秋葉の突然の声に、晶は飛び上がる。秋葉はぽきぽきと腕を鳴らしながら
「兄さんに意図的に振ったと分かったら……分かってるでしょうね?」
「ひいっ、やめてください先輩〜!」
何かを思いだしたのか、晶は震えながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。
どうやら、麻雀絡みで秋葉に逆らえない何かがあったらしい。
「秋葉さま、そんなに瀬尾さんに八つ当たりしないでくださいな〜」
と、それを楽しんでいたが、ようやく琥珀が止めに入った。
「八つ当たりじゃないわよ」
「どうですかねー。あちらも美女揃いで、志貴さんったらモテモテですからね〜」
「……ふん」
図星だったようで、ぷいとそっぽを向いてしまう。
晶は改めてメンバーを見回すと、確かに頷いてしまった。
その中で特に身近に感じたのは、いかにも普通っぽいさつきだった。かわいい感じだけど、きれいな人で、ふわりと包み込んでくれそうな優しさがあると、秋葉達には感じた事のない感情を抱いてしまう。
そんなさつきと目があって、晶はちょっと控えめにおじぎをする。すると、さつきがにっこりと優しい笑顔を見せてくれたから、ちょっと憧れてしまった。
わたしもいつか、あんな人に……
「瀬尾っ!」
「はいいっ!」
そんな純粋な思考も、たまたまさつきの隣に志貴がいたために、秋葉によって無惨にも遮断されてしまっていた。
「お兄ちゃん!」
そろそろ準備が整った頃、皆も打ち解け合い暇そうにしていた志貴の隙を見計らって、元気な声と共に飛びつく姿があった。
「おっと、都古ちゃんか。待ってて、もうすぐだから」
志貴が頭を撫でてあげると、都古は
「えへへー」
と嬉しそうにして、ぎゅっと志貴の身体にしがみついた。
「兄さん」
と、その状況をよく思わないのか、秋葉がついと寄ってくる。
「ん……秋葉か」
「秋葉か、とは随分都古とは態度が違いますね」
「そんな事無いぞ、俺はちゃんと……」
と言いながら、志貴の言葉には説得力がない。都古に抱きつかれて鼻の下が伸びているのを秋葉は見逃さなかった。
秋葉は志貴と都古を睨む。
志貴はちょっぴりまずそうな顔をするが、都古は全然構わない様子で、相変わらず志貴にべったりとくっついていた。
「ところで、何故わざわざ都古まで?」
秋葉は怒りを押し殺しつつも、志貴に訪ねる。
「あ……まぁ、有間の家でも家族麻雀なんてやってたわけで……」
志貴はそんな秋葉の刺すような視線に耐えかねて、あっさりと本音を漏らした。
「まったく……そんな事だろうと思いました」
「秋葉」
溜息をつく秋葉に、都古が声を掛ける。その瞳は、兄を独占した事で優越感を悟ったか、不敵に笑っていた。
「何ですか、都古?」
その態度に何とかしたい衝動を必死にこらえ、秋葉は都古に外見上は優しく微笑む。
「お兄ちゃんは、あたしみたいな可愛い妹が好きなんだよ」
「なっ……!」
その言葉に、秋葉の中で何かがプチンと切れた。
「へえ……都古、覚えてなさいよ。年下だからって、勝負では一切手加減しませんからね」
「こっちこそ。真剣勝負は格闘家のプライドだもんねー」
静かに、いや熱く、メラメラと燃え上がる炎。
結局、遠野家の麻雀大会は最初から波乱を含んだ、とても仲を取り持つ楽しげなものとは程遠いものだった。
「皆さん、準備の方が整いましたよ」
琥珀さんの呼びかけに、全員が注目した。
「よし、じゃぁ……」
志貴は部屋を見回す。
秋葉、翡翠、琥珀、アルクェイド、シエル、シオン、さつき、晶、羽居、都古……そして、自分。
うん、これだけいれば……と、納得した瞬間だった。
「……ん?」
ふと、足下で自分を引っ掻く何か。
それは、黒いリボンを纏った黒い猫だった。
「レン?」
志貴が気付くと、レンはふっと人間の姿になる。
「……」
レンは、都古のしがみつく反対から志貴の袖を掴み、じーっと見上げてきた。
一瞬、その意味が分からず考える志貴だったが
「まさか、レンも?」
ようやく、ひとつのあり得ない答えに到達した志貴がまさかと思って訪ねると、レンはこっくりと頷いた。
「でも……」
「あー、レンも打てるわよ。私が一緒にコンビ打ちのパートナーとして連れて行ってるから」
本当に意外そうにする志貴に、アルクェイドが説明する。
「それに、これだけ楽しそうだったら自分も入らなきゃ損、って顔ですね。いいじゃないですか、レンちゃんも入れてあげましょう?」
シエルも同調したか、志貴を諭す。
「う〜ん。よし、わかった」
志貴は一瞬悩んだが、すぐに承諾した。
「レン、よろしくな」
志貴の笑顔に頬を染め、レンは嬉しそうに頷いていた。
「琥珀さん、ルールは?」
志貴が最終確認をする。
「そうですねえ……オーソドックスに、東南戦で二万五千点持ちの三万点返し、トップとビリは残り、基本的に何でもありありでどうですか?」
「異論はないね、みんな?」
皆、特に何もなく頷いていた。
「了解。さて、早速始めようか!」
こうして、志貴の一声と共に遠野家の長い夜が始まった。
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