子犬 血の闘牌
「遊戯室……かぁ」
志貴は部屋を見渡すなり、苦笑いしながらも嘆息した。
この屋敷に遊戯室がある、というのはそれだけでも十分凄いのだが、中身がまた驚きに値するモノだった。
よくホテルにある遊戯室といえば、卓球台とかが寂しく一台置いてある名前ばっかりのものだが、それとは訳が違う。
部屋を入ってまず、でっかくビリヤード台が鎮座している。壁にはキューがいくつか無造作に立てかけてあるが、その値段はそこいらのお店とは違うだろう。
さらに奥には、テレビとかでしか見た事のない、カジノとかで使うトランプ用のテーブルとルーレット台。
これだけ大きな家具がありながら、部屋は十分に歩き回れるような広さがまだまだあり、んとも立派で無駄で贅沢な空間だと思ってしまう。
「ここで、槙久様はパーティーなど開いていらっしゃいましたよ」
一緒に来た琥珀さんの言葉に、志貴はふと腹黒い政治家のパーティーみたいなものを想像してしまった。
やりかねない。
チップの代わりに諭吉様が乱舞して、傍らには美女がいるような光景が見える。
「……はぁ」
まったく別世界だ、と志貴は思った。
そんな中、志貴は部屋の片隅に置いてあるそれを発見した。
「これは?」
この空間ではさほど目立たない、やけにこぢんまりしたテーブル。脇にどけられた椅子を合わせても、食卓にもならない。
確かにそうであったが、それはそれ以上の広さを必要としないからだった。
志貴は近付いてみてその正体を理解し、やけに嬉しそうな笑顔をほころばせていた。
「雀卓、ですね……しかも全自動だ」
テーブルの上部にはマットが貼られ、中心には賽子の入った半球状のドーム。そしてマットに入った独特の切れ込みは、そこが動いて牌を下に落とすためのカラクリと分かる。
「いいなぁ……いいなぁ……」
正にショーケースに並んだオモチャを見る目。志貴の瞳は完全に子供に返っていた。
そんな数十万もする代物なんて、高々学生の自分達には高嶺の花だ。
たまに人数が集まって打つ時など、志貴達はなんやかんやと言いながらじゃらじゃらと牌を手でかき混ぜ、積んでいたものだ。
それが麻雀の醍醐味と言われたら確かにそうだが、矢張り全てその手間を省いてくれる機械には、素人は憧れる。
「あら志貴さん、麻雀出来るんですか?」
「もちろん。学生のたしなみとして当然ですよ」
琥珀さんの質問にも、志貴はニコニコと答えた。
「そのお顔ですと……やりたいようですね」
「ええ」
全く言葉に表裏が無く、志貴は既にやる気だ。
琥珀さんは志貴のそんな反応にクスクスと笑う。仕方がないですねーと、まさに子供をあやすような気分である。
「そうですね。せっかくお屋敷には打てるだけの人数がいるんですから、久しぶりに打ちましょうか?」
「本当に?」
志貴は琥珀の言葉に瞳を輝かせた。
「ええ。それだけやりたそうな方がいて、使用人はダメなんて言えませんよ」
「やった〜」
志貴は小躍りして、ふと考えた。
「待って……てことは、秋葉はともかく、翡翠も打てるの?」
志貴はやっと気付いた事実に、とても驚いていた。
「もちろんですよ。お客様が席を外される時など、代打ちの役割がありますから」
「へえ……意外だなぁ、翡翠が……」
「あらあら、失礼ですね〜。翡翠ちゃんは手強いですよ〜」
志貴がひとしきり感慨深そうにしたり不思議がっている内に、琥珀さんは椅子を二つ手に持っていた。
「志貴さん、そうと決まりましたら、早速準備いたしましょう? どうせ皆さんお暇でしょうし、丁度いいじゃないですか」
「うん、そうだね」
志貴は琥珀の提案に頷き、卓を居間に運び出すために部屋を後にした。
「……琥珀さん」
「はい?」
「実は……琥珀さんも、打ちたかったんじゃない?」
「え?」
志貴は廊下を歩きながら、何となく気付いていた事を琥珀に尋ねる。
前を歩いている琥珀の顔は覗けないが、ピクッと肩が微かに反応したのを見逃さなかった。
「そうでしょ〜?」
少しからかうように琥珀さんを煽ると、にっこりと琥珀さんが振り返って舌を出した。
「あは、ばれちゃいましたか〜。実はですねえ、志貴さんがいらした時から、いつか皆さんでやってみたいと思ってたんですよね〜」
「やっぱり」
「もうっ、意地悪なご主人様ですね。いいじゃないですか〜」
「あはは。なら俺達の希望は願ったり叶ったり、と言う事か。だから『お掃除しましょ』なんて声掛けてきたんだ?」
「ふふふ、そう言う事にしておいてくださいな」
笑顔の二人は、そうやって着々と準備を整えていた。
「そうですね、折角ですから他の皆様もお呼びしましょう。人が少ないと簡単に抜けられませんし、麻雀で取り持つ仲、ってのもあると思いますよ?」
「そうだね、いろんな人と打つのもまた楽しいだろうから」
志貴は琥珀の提案を喜んで承諾した。
「さあさあ、それじゃお電話差し上げませんとね。志貴さんもお願いしていいですか?」
「もちろん、面子集めは任せてください。麻雀かぁ、久しぶりに腕が鳴るなぁ……」
「ふふふ……私も負けませんよ〜」
|