「姉さん!」 私はその姿を見つけると、足が取られるのも気にしないで走り寄りました。 「あ……」 姉さんは、その叫び声にようやく気付いたようです。 「翡翠……ちゃん?」 こちらを見て、うっすらと笑顔を浮かべました。 死を予感させる、儚い笑顔でした。 「姉さん……」 見れば、姉さんの肌は真っ白で、唇は青白く色を失っていました。 死化粧とも言える美しさ。 「どうしたの……翡翠ちゃん?」 姉さんは体をこちらに向けると、不思議そうに訪ねました。 姉さんは、壊れていた。 「姉さん……こんな……ところで……」 私がそれ以上言う前に、姉さんは笑いました。 「うん。雪を、見ていたの……」 姉さんは嬉しそうに空を仰ぎ、手をかざします。 「ほら翡翠ちゃん、こんなに綺麗だよ……」 そう言って私を見る瞳が、おかしかった。 「私ね……こんな白く切ない景色……綺麗な雪化粧に包まれて……最期を迎えられたらいいなぁって、思ってたの……」 私は、その言葉に衝撃を覚える事しかできなかった。 「そんな……」 姉さんは、笑った。 「でもね、分かってたよ……志貴さんには、翡翠ちゃんがいるって……妹の恋人を好きになっちゃうなんて、私はお姉さん失格だね……」 少しおどけるようにして言うが、私は表情を緩める事が出来なかった。 「だけどあの日、分からなくなって……翡翠ちゃんを眠らせちゃったの……」 そうだった。 あの日、私は志貴さまに抱かれる筈でした。 なのに次の日、目覚めた私に志貴さまのあのお言葉。 「あの日ね……志貴さんは、たった一つだけ私にしてくれた事があったの……」 姉さんは懐かしい思い出を語るように、穏やかに私を見ます。
ようやく、全てわかりました。
「……うん。だから、私はいなくなってしまってもいい、そう思ってた」 姉さんは頷くと、悟ったように語った。 「姉さん!」 私は、叫んでいた。 「姉さんがいなくなったら、私は……どうすればいいんですか!?」 たった一人の「姉さん」は、誰にも……そう、志貴さまにもかえられないと言うのに……! 「翡翠……ちゃん?」 私は姉さんに歩み寄り、その手を握った。 何て、冷たい。 それは、全く体温を感じさせない肌。 「姉さん……」 私は、その指を暖めるように自分の胸に抱きました。 「……この凍えた指先は、二度と志貴さまに届かないんだよ……」 そう言う姉さんの表情が、あまりに切なく、悲しかった。 なんてこと そのために姉さんを失ってしまったら、私はどうしたらいいのでしょうか。 そして…… 「……姉さん」 「……行きましょう」 私は深い決意と共に、姉さんに呼びかけました。 もう、何も失ってはいけない。 わたしたちは、ふたりでひとつなのだから…… 「志貴さまの元に……」 戻ってきた道を振り返ると、遠くに見えるわたしたちの足跡は早くも雪に消えていく様でした。 |