あの日から、姉さんは傍目にもおかしくなっていきました。 それはとても艶やかで、でも圧倒的に寂しくて。 誰の目にも、無理をしているようにしか見えません。 「……雪?」 各部屋の掃除を終え、私が廊下を歩いている時でした。 それはまるで、姉さんのこころを表しているようでした。 天気は不安になっていましたが、まさか雪が降り出すとは思ってもいませんでした。 「……」 しかし、私はすぐに次にやるべき事を思い出しました。と秋葉さまの部屋の荷物を整理する予定でした。 「……」 姉さんが、その部屋に続く廊下から、窓の外を眺めていました。 それは…… 幼い頃、ここから志貴さまたちを眺めていたその情景に、あまりに酷似していたからです。 「……あ」 私の気配を感じたか、姉さんが雪に魅入られたかのような瞳で、こちらを見ます。 「姉さん……」 私は出来るだけ普通に、姉さんに呼びかけました。 「翡翠ちゃん……」 姉さんはふっと悲しく微笑むと、窓の外をもう一度見つめました。 「雪……綺麗だね」 私は、姉さんの抑揚のない声にただ同意するしかありません。 その横顔は、あまりにも寂しすぎます。 「……」 ただ無言に、私は姉さんの後ろを通り過ぎるしかありませんでした。 「ひゃー、凄い降り方になってきたなぁ」 玄関を開けるなり、志貴さまは肩に付いた雪を払いました。 「志貴さま、お体が冷えるとよくありません。宜しければお風呂に入って暖まった方が」 こうなるであろうと、私は部屋の暖房とお風呂の準備をしておきました。 「ああ、そうするよ。走ったから汗もかいて、このままじゃ確実に風邪引いちゃうよ」 志貴さまはそう言って私に鞄を預け、浴室に向かいました。 志貴さまを見送ってから、私は志貴さまの部屋に向かいます。 「あ……」 遠くで、姉さんが庭を歩いていました。 しかし、それが私の甘いところでした。 「翡翠」 秋葉さまが、不安そうに私に呼びかけました。 「はい」 夕食を過ぎ、食後のお茶の時間を過ぎても姉さんは現れませんでした。 「分かりません……」 私も、首を振る事しかできません。 「恐らく、体調を崩されたかと……」 私のそれは推測ですが、秋葉さまを納得させるに十分な効力を持っていたようでした。 「そうね……ここの所元気もなかったし、今日の寒さで疲れが一気に出ちゃったのかしら……」 秋葉さまは志貴さまに同意を求めるように視線を移しますが、志貴さまは曖昧に頷く事しかできません。 「ああ……そうかもな」 不安を皆が感じながら、重苦しい雰囲気が包みました。 「……今日は早く寝るわ。雪の夜には何も出来ないし、明日は生徒会の仕事があるから」 この空気を断ち切るように秋葉さまは告げ、ゆっくりと立ち上がりました。 「それじゃ……今日はこれくらいにしておくか」 いつもよりだいぶ早い時間ですが、志貴さまもそう言って私に目配せをしました。 「分かりました。では後は私が片づけますのでお部屋にお戻り下さい」 普段は姉さんの仕事を私が引き受け、二人が部屋を後にしてから、カップを集め台所に向かいました。 モザイク模様の、白。 雪化粧は色濃く、だいぶ積もっているようでした。 それを眺めながら、こころは姉さんに向けられます。 情けなくも食事の支度が出来ない自分は、姉さんがいないと遠野家の食卓を預かる事も出来ません。 濡れた手を拭き使わぬ部屋の電気を消しながら、乾いた音を立てる乾燥機を残して、私は台所を後にしました。 コンコン 何度目かのノックをします。 「姉さん」 何度目かの呼びかけをします。 「姉さん、大丈夫ですか。体調が良くないなら、お医者さまを呼びますが……」 呼べど、返事は一向にない。 「姉さん」 こんな事をするのは無粋だと思いながら、私はドアノブを回します。 「え……」 カチャ…… 鍵がかかっていると思われたそれは、私の手の動きに従って容易に開きました。 そして…… 「姉……さん?」 そこには、誰もいませんでした。 姉さん……何処に……? 私は暗闇に視界を奪われ、そのせいかぐるぐると回りそうな頭の中で考えました。 雪を眺めていた恐ろしいまでの寂しい姿。 そして、ふと見た、庭を歩く姉さんの姿…… 「……!」 そこまでたどった瞬間、私は胸を突き上げるような衝撃に襲われました。 庭を……歩いて……! 「姉さん!」 私は、走り出していました。 廊下を抜け、玄関を飛び出して庭に向かいます。 向かう先は姉さんを最後に見た庭……更にその奥。 そして…… 「……姉、さん……」 やっと、見つけました。
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