ある夕方、私が食事の支度をしてると

「翡翠」

 応接室の方から、志貴さまの声が聞こえました。

「はい、志貴さま」

 翡翠ちゃんは志貴さまの後ろに控えていたのでしょうか、すぐに返事が聞こえます。
 私は悪いと思いながらも、台所の入り口からそれを覗いてしまいました。

「……夜……来てもらえるか?」

 一瞬のためらいの後、恥ずかしさを隠す様に志貴さまは小さな声で翡翠ちゃんに告げました。

「……はい」

 翡翠ちゃんは、その言葉の意味に頬を染めながらも、こくりと頷きました。
 私はそれを見て、とても悲しくなりました。

 夜伽の約束
 ああ、志貴さんは今夜、翡翠ちゃんを……
 そう思うだけで、胸の奥がずきずきと痛むのを覚えてしまいます。
 悲しくて、辛くて、やりきれません。
 でも同時に、ひどく羨ましく思ってしまう私がいました。

 だから……

「翡翠ちゃん」

 私は食後の語らいの最中、翡翠ちゃんに話しかけました。

「どうしました、姉さん?」

 私は笑顔で、でも少し困って拗ねたように訪ねます。

「うん……ここじゃ話しにくいから、私の部屋で」

 私が誘うと、翡翠ちゃんは一瞬志貴さんに視線を向けました。
 志貴さまは「うん、行っておいで」と言うような顔で、優しく翡翠ちゃんに頷きました。きっと、姉妹のプライベートな時間にまで足を踏み入れるつもりは無いのでしょう。

 私は……その志貴さんの優しさにつけ込んでしまったのです。

「志貴さん、翡翠ちゃんをお借りしますねー」

 私はそう言うと、ふたり分のティーセットを用意して部屋に向かいました。
 久しぶりに翡翠ちゃんが私の部屋に来る。本当に久しぶりのふたりだけの時間。

「うん……お茶でも飲みながら話しましょう」

 私は翡翠ちゃんにティーカップを差し出しながら、微笑みました。

 私は……本当はこんな時、どうしたらいいのか分かりませんでした。
 七夜である自分の記憶しか、知らないはずでした。

 なのに……今はどうするべきなのか、分かってしまいました。
 それは、私の中に封印されたもうひとりの「私」……?
 それをしなさいと、私の体は自然に動き、そして実行に移していたのでした。

「翡翠ちゃん……」

 ……ごめんなさい……