「ふうっ……」
 ようやく終わった明日の授業のプリント作成に、思わず声が出てしまう。
 別に仕事を怠けていたワケじゃない。ただ、ちょっとアルクェイドを遠野君から引きはがす手段を色々考えていただけ。
 職員室から繋がる印刷室に向かいながらふと周りを見渡すと、殆どの先生は帰路に就いていた。外は薄暗く、外に構えられた運動部の部室の明かりも所々灯っていた。

 印刷機に原稿をセットし、ボタンを押す。
 ウイーンと、いかにも機械の音がしてプリントが刷り上がっていく。

 ふと、手持ちぶさたに窓を眺める。室内の明かりに反射して、自分の姿がそこに映っていた。
「あ……ら?」
 と、その姿の向こう、見覚えのある場所の教室に明かり。障子の桟の形に抜かれた明かりが、それを確信に変えていた。
「茶道室?……消し忘れたのかしら?」
 先程の自分の行為を鑑みる。しかしそんな些細な事などなかなか思い出せた物ではない。ここからだと教室の中の様子は伺えない。和室らしく障子をしつらえてあるので、それが丁度翳りとなっている。
「うーん、見つけちゃった以上、消しに行かないとなぁ……」
 私はまた面倒な事を、と思った。でも、自分でないとは言い切れない以上、責任が無いわけでもなさそうだし、何より誰かが使っているのなら、それはそれで気に入らないところがあった。
「……変な独占欲かな?」
 私はそう笑って、刷り上がったプリントを手に印刷室を後にした。

 人気の全くない廊下を歩く。
 学校という物は人が居なくなると途端に気味が悪い。お陰で私も少し心細く感じてしまう。

 だから……逆に男の子を頂くにはこういう時間はうってつけだったりするのだけど。

「いつか、こんな時間に遠野君と……きゃっ」
 誰もいないをいい事に思わず声に出して言ってしまい、自分で恥ずかしい。でも、そのための準備は着々と進んでいる。
 だから、茶道室は私専用の部屋となっているのだ。部員がいないをいい事に、ちゃっかり顧問に就任したのは秘密だ。そうして使われないはずの和室には、宿直室から頂いてきた布団をしまい込んであった。
 ベッドとなると保健室で……それはそれで興奮するものがあったが、流石にそこまでわがままは言えない。でも、畳の上と言うのもイヤだから、ある意味妥協線なのかも。

 カツ……

 茶道室のある階にたどり着く。
 部屋は廊下の奥。私は少し気味悪いながらも歩を進める。
 よく見ると、部屋の入り口は僅かに開いていて、そこから明かりが漏れている。
「おかしいわね……鍵はかけたつもりなのに」
 私は頭にハテナを浮かべ、部屋に近付いた。

 と……

「……っ……いっ……よ」

「!?」
 私は、その中から漏れ聞こえる音を聞いた。
 いや、音というか誰かの声。それも女性の。
 ドキリとして歩を止め、意識を耳に集中させた。すると……

「ああっ……いいっ……んっ……」

 それは、嬌声だった。
 私はがんと殴られたように、呆然とする。

 何をやっているの?

 そんな物は決まっている。逢瀬だ。

 それも、茶道室で……

 一体誰が?

 衝撃を覚えた頭に、まともな思考が浮かばない。
 思わず抜き足になり、そっと入り口のドアまでやってくる。改めて耳をドアに当て、中の声を聞き取ろうとする。

「……ああっ!あっ!」

「!」
 次に漏れ聞こえたその声に、思わず声を上げそうになっていた。
 ……アルク……ェイド!?
 
 そんな、どうしてこんな所で?
 私には、それを考え出す心の余裕が無くなっていた。それはその声を聞いた時から、心の中で抱えていた不安の所為もあろう。

 そうだ、あいつも男をはべらす為にこの学校に来たのね……
 だったら、この事を遠野君に言えば、きっと幻滅するハズ……

 私は思わず訪れた好機に、思わず不適な笑みを浮かべてしまう。そして、その現場を押さえようと、おあつらえ向きのドアの隙間から中を覗き込んでいた。


「ああっ……いいっ!」
 部屋の中、丁度私の視線の先に真っ白に透けるような肌。
 その私から見ても美しい背中を晒し、一人の女が喘ぎ、腰を振っている。
 その短い金髪が揺れる。
「きゃ!」
 突然、下からの強い突き上げに反応し、女が首を反らしてその表情がうかがい知れる。

 アルクェイド……

 間違いない、確かにあの女だった。

 アルクェイドは全裸で、ここからでは下半身しか見えぬ男と騎乗位の格好で交わっていた。
 左手は男のその胸板に置かれているのか、体の向こうに隠れて見えない。右手は顔のそばで空を掴んでいるかのようだ。

「いいの……いい……」
 アルクェイドはさも嬉しそうな声で、腰を上下させる。

 い……や

 その淫靡な姿に、思わず声を失ってしまう。

 男のモノを銜え、淫らに上下する姿……

 私は、魅入られそうな感覚に思わず首を振る。
 そんな場合ではない、全てを突き止めなければ……

 私は、男の顔が見える機をうかがう。いつかを待ち、じっと息を呑む。

 アルクェイドは、変わらず動き続けている。そのお尻の間から、体が上がる度に彼女を串刺しにしているモノが僅かに見える。

 それは……それは……男性のおちんちん。

 ゴクリと喉が鳴ってしまう。アルクェイドはそれを美味しそうに銜えて、喘ぎ続けている。
「ああ……」
 漏れ聞こえないような小声で、思わずため息が漏れてしまった。

 やがて、アルクェイドが大きく跳ねる。
「あっ……あっ……!もうダメ!!」
 腰の動きが一段と激しくなり、イキそうになっているのが私からでも分かった。
「イクの?」
 その男の声に、アルクェイドはうんうんと頷いて
「ダメ!イッちゃう!!」
 激しく体を揺らしていた。
 と、男の腕がアルクェイドの腰を掴み、それを支えにして激しく突き上げる運動を加えた。
 その振動に遂に耐えきれなくなったのだろう、アルクェイドが大きな声で叫んで硬直した。
「イッちゃう!志貴!志貴!!」

「えっ……!?」
 目の前のセックスの動きが止まった瞬間、そのアルクェイドの言葉を聞いて、カッと目を見開いたまま、私の中の時間も硬直した。

 志……貴!?
 
 そんな……!!

 遠野……君!?

 私は体中の血の気が引いていくのを感じた。
 いや……イヤぁ……!
 普通に考えれば当然といえる結果を知らされ、目の前がぐらりと揺らぐのを感じた。

 ふたりはそういう仲なのだから、こうあって当然なはず。

 アルクェイドの声を聞いた時、私にはどうしてこの考えが浮かんでこなかったんだろうか?

 それは、最悪のシナリオを回避する為の自己防衛機能だったのだろうか?

 それとも……?イヤァ!

 頬を伝う、涙。
 それは失恋とも形容できぬ痛み。
 私は、それでも捨て切れぬ僅かな望みを抱えていた。

「あっ……」
 ゆっくりとアルクェイドが弛緩して、前方に倒れかかる。
 その頭をゆっくりと撫でる手。
 そして、それは腰に回された。

 アルクェイドが首に手を回したその体が起きあがり、男の顔が露わになった。

 遠野……君

 その瞬間、私の甘い考えは完全に破壊された。

 受け入れられない現実が、そこにはあった。
 肩で息をするアルクェイドを優しく撫でているのは、間違いなく遠野君だった。
 今まで見た事も無い様な優しい目でアルクェイドを見つめ、微笑んでいる。

 そんな目をしないで……!
 それが、私に向けられないなんて……!

 私は、悲しみに切り裂かれそうな思いを心の中で叫んでいた。
 でも、それは敵わぬ現実か。思いは届かない。

 やがて、呼吸を整えたアルクェイドが遠野君の肩に置いた顔を離す。
 ふたりは見つめ合い何事か交わすと、そのまま座位で揺れ始めた。

 イヤ……イヤ!

 また見せられるその動きに、私の何かが壊れそうになる。
 なのに、それを凝視した目を反らす事が出来なかった。

 どうして……?

 困惑した自分の中に芽生える、新しい気持ち。
 それは、目の前にいるアルクェイドを捕らえ、そこに呼びかけるように。


 どうして、そんなに気持ちよさそうな顔をするの?

 ……

 私もまだ成就していないその行為に、陶酔しているなんて……

 ……

 上下する腰の飲み込んでいるそれは、どんなキモチヨサがあるの?

 ……

 ……羨ましい。


 そう感じた時、私の中で何かが弾けた。