……頭にまだ血が上らない。脳膜がしびれているようで、考えが回らない。
俺はあれから、どうなったんだろうか?
僅かにそよぐ風。それは何故なのか。
外?なら、ああ、逝っちゃったかな。
折角、掴めそうだったのにな……
「ん……」
ゆっくりと、視界が広がってゆく。一度だけ見た天井。
「あ……」
すぐ横で、声がする。
「よかった……」
安堵の息。姿を見ようとして、手で周りを探る。
「眼鏡は……」
「あ、はい」
かちゃりと、それは俺にかけられる。そして横を見る。
「……朱鷺恵さん、おはよう」
「おはよう、ねぼすけの志貴君」
どことなく儚げな笑顔で、朱鷺恵さんは答えてくれた。
「……すみませんでした。急に貧血になっちゃって」
ここまで運んできてくれた事を、素直に感謝して、そして詫びなくてはいけなかった。
「いいの、私の方こそ無茶させちゃって、ごめんなさい」
それからかける言葉もなく、ただ天井を見上げる。
「今は……」
ふと、思い出したように訪ねる。
「そうね、午後になったばかりかしら」
朱鷺恵さんはどこかにある時計を見やり、答える。
それから、またしばらくの沈黙。
「……先生、いつ頃帰ってくるんですか?」
「多分、明日の朝だと思うわ」
「そっか、まだ時間あるんだ……。先生にこんなの見られたら、どんな治療されるか分からなかったな」
「ふふっ、そうかもね。これをいい事にどんな実験させられるかしら」
「……言わないで下さいよ、こんな事」
「もちろん、二人だけの秘密ね」
それから、朱鷺恵さんがゆっくりと近付いてきて
「……今まであった事、全部ね」
そう、囁くから
その体を、無理して起こして、抱き寄せた。
「……まだ、時間あるんですよね」
「……だめ」
「続き、したいです」
「……まだ、体が……」
「これで死ねるなら、本望です」
「……ダメね、私。誘ったはずだったのに、いつの間にか誘われてる……」
そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。
優しいフレンチキス。体の気怠さのような緩やかな時間。
触れるだけのキスのまま、体を入れ替え、朱鷺恵さんを布団に押し倒す。その時、初めて自分が何も付けてない事に気付いた。
「朱鷺恵さん、どんな気分?」
俺は、ようやく元に戻りつつある思考で訪ねる。
「優しく、暖かくて……初めてみたい」
「……そうだね、リセットしようよ」
そう言って、唇に触れ、舌を絡ませる。
羽織っていたブラウスを取り、ブラもたくし上げて、その胸の感触を味わう。優しくこね、自己主張する乳首を吸い、時々反対に移動しながら、時間をかけて味わう。甘さと、ちょっぴりの汗。甘美なるそれを全て自分のものにしたくなる。
「くうん……はぁん」
まるで赤ん坊のような俺に、朱鷺恵さんは俺の頭を抱き寄せ、胸を与える母親のように。ただ、愛おしく、だから時間をかけて愛撫した。
やがて、右手をスカートの中に入れ、その中心を探る。僅かに布地を濡らす感触。そのまま、間から指を悪戯に差し向ける。
「ん……っ」
くちゅ、くちゅと、段々と音を上げる朱鷺恵さんのそこ。
体をずらし、パンティを剥ぎ取って、直に見る。指を差し込むと、あっという間に吸い込まれ、中で壁がくねって刺激を与えてる。
「あ……もっと……」
そう囁く朱鷺恵さんの秘裂に、唇と舌で愛撫する。指でくつろげられたその入り口から唇を這わせて愛液をすくい、舌を奧に入れて喜ばそうとする。
「あ……」
朱鷺恵さんの喘ぎは、愛撫と同じに緩やかで、気怠さを感じていた。
二人とも、壊れているのかもしれない。
それは刹那の欲情の交わりなのか、永遠への愛の誓いなのか。
「志貴君……私にもさせて」
そう言うと朱鷺恵さんは体を起こし、逆に俺にのしかかって、勃起しているそのペニスを刺激する。
上手く体を入れ替え、シックスナインの形を取る。目の前に先程とは逆向きの花。軽く指を差し込みながら、先端で息づくクリトリスを優しく舌で転がす。
「んんっ……」
俺のモノを含みながら、くぐもった声で最初は喘いでいる朱鷺恵さんだったが
「やっ……気持ちいいよ……」
やがて快感に声を上げるだけだった。目の前からしたたり落ちる愛液が俺の顔をびしょびしょに濡らし、いくら吸い付いても一向に溢れるばかりだった。
「もうダメ……志貴君。頂戴……」
朱鷺恵さんが、僅かに残った意識でお願いする。陰茎は朱鷺恵さんのその細い両の手で擦られ、十分に固くなっている。
「わかりました……」
朱鷺恵さんを上から下に組み敷き直し、両足を思い切り拡げさせる。
すぐに挿入しようとして……まずはその入り口を茎で擦りつける。花びらがめくれ、陰核を亀頭が刺激し、こちらにもぞくりとするものが来る。
「いやぁ……意地悪しないで……はやく……」
顔を真っ赤にしながら、朱鷺恵さんが懇願する。
もう、あの時の朱鷺恵さんの姿は何処にもない。今は弱々しく男に捧げる身となり、それは俺の夢見た姿そのものだった。
その思いをぐっと噛み締めながら、ゆっくりと挿入した。
ず、ず、ず、と、木の葉が水に沈むような速さで、ゆっくり進める。
「あ……ああ……あっ……」
朱鷺恵さんの喘ぎも、その深さと同じように、ゆっくりと。
そして、最奧に到達する頃、大きなため息が一つ。
「志貴君……愛してる……」
それに答えられず、同じような速度を保ちながら、ゆっくり引き抜き、また差し込む。
「だめ……もう、志貴君以外何も考えられない……」
次第に我慢が効かなくなり、俺の動きも速まり、それに合わせて喘ぎ声のピッチも早まる。
「朱鷺恵さん……さん……」
ただ繰り返し、出し入れしては名前を呼ぶ。
時折胸を吸い、唇を重ね、ただただ登り詰めるまで突き進む。
「くっ……イクよ……」
俺が、限界を告げると
「うん……膣にきて……」
ぎゅっと、俺を優しく抱きしめてくれる。
そんな朱鷺恵さんがただ愛おしくて。
どく、どくっ
思うままに、精液を吐き出した
「……」
二人抱き合ったまま、どれくらい経っただろう。
気付けば、辺りは夕方の朱に染まりつつあった。
「はぁ……」
飽きることなく、何度目か数えられないキスをする。
目の前に朱鷺恵さんがいる事が、今はこんなにも現実的で、そして刹那的で。
消える夕日と共に、終わりが近付いているような気がした。
「ねえ、朱鷺恵さん……」
俺は、横に眠る朱鷺恵さんに話しかける。
「……何、志貴君?」
俺は、ゆっくりと息を吸い込んで
「デート。行きませんか?」
そう訪ねた。
「デート、かぁ……今から?」
少し驚くように、朱鷺恵さんが答える。
「うん。……順番は、めちゃくちゃですけど」
「……そうだね。私達、逆に辿って来ちゃったみたいね」
ふふっ、と朱鷺恵さんはいつものように笑い、ゆっくりと起きあがった。
「そうね、行きましょ。志貴君のお誘いだものね」
そう言って、着衣を始める。俺も畳まれていた服に袖を通し、ディパックを担いで起きあがった。
「じゃぁ、美味しい喫茶店、教えてあげる」
手を引いて玄関に向かう朱鷺恵さんが、可愛らしかった。
それから、初めてのデートはあっという間に過ぎ去った。
喫茶店で美味しい紅茶と、軽い食事。
そのまま公園を散歩して、日も落ちきる頃に繁華街へ。
レイトショーの映画を1本。エンディングを終えて外に出る頃には、あの最初の夜と同じような時間になっていた。
「楽しかったね、志貴君」
「うん……また、誘ってもいいですか?」
「そうね、お互い受験とか忙しいけど、時間が合えば是非お願いね」
映画館を出て歩く道のり。それは楽しい時間の終わりを告げる最後の階段のように思えた。
ここを抜けたら、夢からサメテシマウ。
そんな思いだったが、歩を止められなかった。
止めたら、なにか分かってしまいそうだったから。
繁華街の切れ目が見えてきた。ここを過ぎれば、後は……そう思った時。
ふと、俺の目に映るモノがあった。
「ちょっと、待っててくれますか?」
言うが早いか、俺はそれに向かって小走りに進んでいた。
「えっ……?」
ポケットの中を握りしめ、僅かな交渉の後、朱鷺恵さんの元に戻る。
「これ……今日の記念にと思って」
言って俺が差し出したのは、リング。
なけなしのお金をほぼ全てはたいて、買えたのはこれっぽっちの細い指輪。宝石も、何も付いてない。ただの銀細工か、あるいはメッキかも知れない。
でも、それでも、残さずにはいられない想いがあった。
「はい……」
少し驚いてる朱鷺恵さんの右手を取り、その薬指に指輪を通す。幸いにも、それは朱鷺恵さんの指のサイズに合っていた。僅かな記憶だけが頼りだっただけに、正直嬉しくなった。
「あ……」
朱鷺恵さんは俺が右手を離すと、それを自分の前に持ってきて眺めていた。
そして……
「ありがとう。でも、ちょっとだけ残念だな……」
朱鷺恵さんが、意地悪っぽく答える。
「えっ……?」
受け取れないとか、そんな意味かと思って一瞬戸惑ったが、朱鷺恵さんはすぐにいつもの笑顔に戻っていた。
「大事な指輪はね、必ず左手の薬指に付けるものなんだよ」
そう言って、俺に笑いかけた。
「左手の、薬指……?」
俺は、その意味を掴みあぐねていた。
「そう、その指は大事なの。エンゲージとか、マリッジとか」
言われて、逡巡。……そして俺は真っ赤になった。
「ふふっ、志貴君はやっぱりまだまだ子供なんだから」
朱鷺恵さんはそうからかう。表裏を眺めるようにしてから、
「うん。これもいいけど、今度はもっとちゃんとしたの、頂戴ね」
そう言ったので
「……はい」
言って、その言葉の意味にようやく気付いた。更に耳まで真っ赤になる。
「志貴君、私、待ってるから。本気だからね」
そうあの時の目で見られ、視界が緊張する。
が、すぐにいつもの笑顔に戻って
「それじゃ、私は帰るね。志貴君も、そろそろ有馬のお家の方に戻ってあげてね」
「ばいばい、志貴君」
今生の別れじゃないって、分かっているのに……何故か胸が締め付けられる想いだった。
何かが、ぐっとこみ上げてくる。
帰してしまっていいのか。
でも、呼び止めたら、どうするんだろう?
ワカラナイ
ワカラナイから……
「さようなら、朱鷺恵さん」
俺は精一杯の笑顔を作って、朱鷺恵さんが見えなくなるまで見送っていた。
夜の帳に一人立つ。
そのココロは、結局。
「……最後まで、分からない人……だったかな?」
俺は苦笑して、大きく息を吸い込んだ。何かやり遂げた満足感。心地よい風が、俺の心の中に吹いていた。
ふと、思い出して財布を見やる。ほとんどさっきで使い果たし、残るは数枚の硬貨のみ。
「潮時かな。……俺も、帰ろう。朱鷺恵さんに言われたしな!」
そう一つ気合いを入れると、朱鷺恵さんの家とは反対方向、有馬の家に向かって歩き出していた。
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