「……はい、異常は無いわよ、秋葉ちゃん」
その女性は、そう言うと秋葉と呼ばれた女性に微笑みかける。
「もう、心配はないみたいね。元気が一番よ」
「ありがとうございます、朱鷺恵さん」
朱鷺恵、と呼ばれた女性はふふっ、と笑う。
「きっと、大好きなお兄さんが帰ってきたからでしょう。病は気から、っていうもの」
突然の話に、真っ赤になる秋葉。
「そんな!兄さんは……」
「あれ?関係ないの?」
「いえ……」
そう言って、秋葉は頬を赤らめる。
「いいわねー、恋する乙女は。そんな頃が懐かしいわ」
「もう、からかわないで下さい」
「ゴメンね」
そう言いながらも、全然反省してない振り。それでも許されるのは、朱鷺恵の人柄だった。
「でも、志貴君はダメよ。すぐに人の事ほったらかしにして「いっちゃう」んだから」
朱鷺恵はあの時を思い出して、思わず笑みがこぼれる。
「朱鷺恵さんは、兄さんの事を私より知ってる。正直、羨ましいです」
冗談交じりの嫉妬と、本気とも取れる羨望の眼差しで秋葉が見つめていた。
「そうね……色々、楽しかったわよ」
そう言って、右手の指輪を眺める。
「……その、指輪?」
それを見て、今気付いたように秋葉が訪ねる。答えを聞きたくなかったはずなのに、つい口を衝いて出てきてしまっていた。
「……知りたい?」
朱鷺恵はわざとらしく秋葉に聞いてみる。
「……いいですっ!」
慌てて、秋葉が否定する。そっぽを向く秋葉にふふっ、と笑いかけ
「ねえ、志貴君って、フリーだよね?」
秋葉がどきりとするような事を、何の気無しに言ってみせる。
「……どういう事ですか?」
恐る恐る、そんな気持ちで秋葉がむき直しながら聞く。
「別に……「まだ」フリーなら、私にもチャンスあるよね」
「なっ……!!」
驚愕する秋葉を尻目に、朱鷺恵は立ち上がった。廊下へのドアに向かうと、二人の使用人がそこに立っていた。
「琥珀さん、お車の準備お願いします」
「分かりました」
割烹着を着た琥珀と呼ばれた少女は、すぐに玄関に向かった。
「翡翠ちゃん、志貴君は?」
「……お部屋でお眠りになっていると思います」
話を聞いていたのであろうもう一人の翡翠という少女は、やや緊張した面もちで答えた。
「そう、ありがとう」
さらっとそこまで流すと、ドアを抜けようとする。
すると、くるっと振り返り、目の前にいる翡翠と秋葉に笑いかけて
「志貴君ね、私の事、結局一度も「好きだ」って言ってくれなかったんだよ。秋葉ちゃん、翡翠ちゃん。志貴君ってみんなを敵に回して、本当優柔不断で罪作りで……」
そこまで言って、一息つくと
「……愛すべき人ね」
何よりも優しい笑顔でそう告げると、秋葉の部屋を後にした。
「……翡翠」
しばらくして、黒髪の少女は話しかける。
「何でしょうか、秋葉さま」
翠玉の目の少女は答える。
「兄さんって、本っっっっ当、幸せ者ね」
半ば呆れながら、そう呟く
「……私は、それに気付かない志貴さまが許せません」
「……私もよ」
朱鷺恵が去ったその先を見つめ、秋葉は合わせたようにため息をつくと。
「でも、平等にしか愛せないのが、兄さんなのかも知れないわね」
「……賛同します」
二人は兄を、主人を思い浮かべ、それぞれ戻っていった。
ドアの前に立ち、ノックをしようとして朱鷺恵はふと、その右手を見る。
薬指にはめられたその指輪は別段美しい訳でもなく、寧ろ粗放、といった感じの代物だった。
「志貴君、らしいな」
ふと、あの頃を思い出して、自分だけが知っている秘密と、今の彼の状況を考える。
……あの時の優しさは、もう自分だけに向けられないかも知れない。
そう僅かに感じながら、それが彼なんだと思って、右手を下ろし、左手をドアに向けた。
コンコン。
コンコン。
コンコン。
「志貴君、寝てるの?」
〜後書き〜(裏姫嬢祭用のもの)
ここまで読んで下さった方々、本っっっっっっ当にご苦労様でした(笑
今回は暖め続けた「1シーン、絵1枚。公式設定での「初めての人」」という強力な壁である時南朱鷺恵さん。僕の妄想具現化の能力を発揮しまくって書いた作品でございます。
……なんとまぁ、結局はこんなになってしまいました。前作の3倍でデータにしてほぼ2000行。単純に原稿用紙なら200枚ですかね、やりすぎやっちゅーねん(苦笑
正直書いている内に何度も挫折しそうになりました。が、ここでやらなきゃ一生後悔すると思って、気力を振り絞り完成させました。
最初の方はエンジンがかからず、えっちシーンだけは凄い速さでタイプが進む、といういつもの悪い癖が出てしまったので、かなり読みにくかったのでは、と自分でも反省しています。
これを踏まえて、次はもっとライトタッチにいけたらなあと思う次第です(まだあるんかい
とりあえず次の前に一つインターバルでも入れたいですよよよ……でわ。 |