何も考えられなかった。
その瞬間目の前がかっとなり、金縛りにあったようだった。血液が物凄い速さで体中を駆けめぐるのに、貧血のように頭がぼう、としている。
目の前にいるその人は、優しい笑顔を浮かべ
「ふふっ、志貴君。こういうのは初めて?」
こういうのって……のは、何処までを言ってるのか。
どっちにしろ、触れられた唇がまるで固まりついたようで、言葉を発する力を失っていた。
「大丈夫だよ、私がしてあげるから……」
もう一度ゆっくりと近付き優しく囁かれてから、もう一度唇を塞がれて、そのままゆっくりと後ろの布団に倒されていた。
触れた唇は柔らかく、甘く、そこを通じてお互いの熱が伝わっているかのようだ。
そのまま、唇が俺の顔を移動していく。頬から額、そして耳朶、ゆっくりと下がっていって首筋。まるで男女が逆になったみたいなその動きが俺の快感になっていく。
ふと、目の前に映る天井。この状況に現実味が全くないためか、それがどこか遠いもののように見えてしまっていた。
「緊張、してる?しょうがないね」
朱鷺恵さんが俺を見下ろし、そう囁く。暗がりで表情が良く確認できないけど、熱を帯びている吐息が目の前にかかる。
「だめ……だよ。こんなの……」
ようやく、声が発せられる。
否定の声。
まだ戻れるところにいる筈の俺の、最後の抵抗だったのかも知れない。
「こんなの、間違ってる……成り行きなんて……朱鷺恵さん、酔ってるからって……」
しかし、何かが違っていた。それは誰かの事じゃなくて、自分の事。
頭の深淵では、きっと、こうして貰いたがってる。
充足されようとしている想いに、覚醒する脳が付いて行けないだけだったのか。
結局、簡単に押しやる事が出来たはずなのに、それさえしようとしなかったのが、俺の性だったのかも知れない。
まだ理性を失えない俺を、少し驚いた様に見つめて
「あら、私は本気よ。嫌いだったらこんな事出来ないわ。恥ずかしがらないでいいの、力を抜いて……」
ふっと、笑顔を見せ、それから視界から消えた。
朱鷺恵さんの手がゆっくりと俺の体をなぞる。Tシャツをたくし上げられて、上半身を晒される。
「男の人だって、感じるんだよ」
そう言うと、首筋を動いていた唇が、ゆっくりと俺の胸に移動して、その先端に触れていた。
「ああっ……」
まるで女性のような、弱い喘ぎ声。乳首にキスされて、自分が出している事に気付いた時、それは羞恥と甘美との入り交じった強い感覚となり、俺の最後の抵抗をも奪っていた。
弛緩するからだ。許してしまったこころ。
もう、されるがままになっていた。
「ふふっ、かわいい声出してる」
朱鷺恵さんが、その小さな舌を出しながら、俺を愛撫している。その光景だけでおかしくなりそうだった。
ミルクを舐める猫のように舌が右から左へと動く度、強烈に淫靡な感触が断続的に俺を襲う。その動きに朱鷺恵さん自身も陶酔しているようだった。
体は、次の刺激を求めていた。俺のモノはさっきから痛いほどに自己主張をしている。それを悟られたくはなかったが、そんな事は無理な話だった。
パジャマのズボンの上から大きく盛り上がりを作っているそれに、朱鷺恵さんは目を向けたみたいだった。
「私にされて、もうこうなってるんだね。嬉しいな……」
そううわごとのように呟いて、スルスルと手が下りていくのを感じた。俺は我慢して、歯を食いしばったが、朱鷺恵さんの手がそこに触れた瞬間、ビクンと反応してしまった。
「きゃっ」
驚きの声と共に離れる腕。しかし、すぐに頂を望むように手は動き、その中心を撫でるような感触。
他人に触られる感覚。それだけなのに、それだけで狂いそうだった。
「なんだか、不思議な感じ……」
朱鷺恵さんが形を確かめる様に、俺自身を撫でまわすたびに、波がやってくる。耐えなければ、あっさりとそのまま果ててしまいそうで、息を止める。
「はぁっ」
一瞬の間隙に息を付いた時、朱鷺恵さんがこちらを覗き込んできた。
「志貴君、また我慢してる?」
昨日みたいになってしまうのだけは避けたかった。
「大丈夫。我慢できないように、もっと気持ちよくしてあげる」
そう言うが早いか、俺のズボンに手が入ってきた。
そして、シャフトに布越しでない柔らかい感触。
それがさっきよりもあまりに強烈で、腰が砕けそうになる。
思わず腰を浮かし、限界を越えそうなのを耐える。
その隙に、朱鷺恵さんが腰骨から俺のズボンとトランクスを引き下ろしてしまった。
「あ……」
開放感と共に、瞬間覚める。
「凄い……昨日はよく見れなかったけど、こんななるんだ……」
その声は、艶を含んでいるように聞こえた。
「や、やめ……」
羞恥が拒絶の声を上げようとする。が、再び包まれる感触に、また気が遣られる。
「大きくて、固い……ビクビクしてるよ」
そう言って、絶妙なテンポで俺自身を擦る動き。顔を近づけているのか、先端に熱い息がかかる。
ダメだ。
蓄積が遂に収束してしまいそうになる。
「だ、め……出ちゃいます……!」
情けない叫びだったかも知れないが、これが俺の今の限界だった。
「だーめ、私もよくしてくれないと」
すっと、俺のモノから手を離す。
「あっ……」
困惑の呻き。解放されて安堵の筈なのに、解放されてしまった事に対する未達感。
違ったはずだったのに、気付いたら行為を享受していた。その現実を知らされてしまった。
スル……
絹擦れの音。そして腰にかかる新たな圧迫感。
「あ……」
初めて、首を持ち上げて朱鷺恵さんを見た。
そこにいる彼女のパジャマのズボンは無く、さらには下着も無かった。
腰のラインから下、剥き出しの半身が俺の視神経を貫く。
その姿で、朱鷺恵さんは俺の腰の上にいた。
「志貴君の初めて、頂戴……」
そう言うと、俺のペニスに手をかけ、自分の入り口に導こうとする。
俺が声を出すより早く、でも動きはスローモーションのように
それは行われた。
「んっ……」
朱鷺恵さんが俺を見下ろしながらゆっくり腰を下ろす。
ニュッ……
朱鷺恵さんの入り口に俺の先端が触れた瞬間、未知の感覚が俺を襲った。吸い付くような、そして愛液が俺自身を溶かすような感覚。
「いくよ、志貴君……」
そう言って、ペニスが朱鷺恵さんの膣に沈んでいく。朱鷺恵さんは目を閉じて、その感覚を感じ取ろうとしているようだった。
その瞬間、弾けそうになった。でも男としてそれだけは避けたかった。目の中に火花が走る。それを殺すように奥歯を噛み、射精感をこらえた。
ゆっくりと、そして遂に、俺の全てが朱鷺恵さんの中に埋没した。最奧に僅かに当たる感覚。
「ああっ……!」
呻く。何だか分からない感覚で。
「ほら……全部……入ったよ……っ」
言うが早いか、朱鷺恵さんはゆっくりと腰上下させる。その度にペニスが朱鷺恵さんを出入りする様がよく見えてしまう。
訪れる感覚は異常だった。朱鷺恵さんの膣はぎゅうぎゅうと俺を締め付けてくる。きつくて、まるで異物を押し出すような運動をしているようだ。しかし、それが痛いとかそういうものじゃない。
キモチイイのだ
普段の感覚ならそれは、陰茎を搾り取られるようなモノ。なのに、どうしてキモチイイのだ?
ワカラナイ。
そんな事を考える余裕もなく、快感が早急に俺を支配する。
「これが、志貴君……なんだ……んっ……」
「っ……!あっ……!!」
口を衝いて出るのは僅かな叫声のみ。意識レベルが一気に落ち込み、瞬間で上り詰めさせられている。
朱鷺恵さんの声が、少し艶っぽいものに聞こえる。朱鷺恵さんはどうなのかなんて構ってられず、上下する動きに翻弄され、さっきみたいに我慢する事なんて…全く出来なかった。
「だ、ダメです……朱鷺恵さん……!」
腰の底の方から迫り上がる感覚を、俺は一瞬も耐えられなかった。
「えっ、し、志貴君?」
目を見開いて、朱鷺恵さんが驚いたような顔をする。でも、限界だった。
あっけなかった
ビクッ、ビクンッ!
ため込むほどの時間も我慢もなかったのに、俺の意識は飛び、爆発してしまった。
「あっ……」
放出の瞬間、朱鷺恵さんがその声と共に目を閉じていた。
俺は沸き上がる精液の奔流に何の杭も打てず、ただ放出するだけだった。狭い膣の中に流れ出す感覚。自分でも情けないほどの正直さで、したたかに射精するだけだった。
「あ……出てるよ……志貴君のが……」
確認するように、朱鷺恵さんが呟く。弾かれるように少し腰を浮かして、受け止めている。
その声を聞いてもなお、終わらない。二人の繋がった部分はほとんど隙間がないはずなのに、その残りの部分も全て埋めてしまうように、俺の精液が流れ込む。そして、膣を全て満たしてしまうと思った頃、いつ終わるとも知れない放出は、漸く収まった。
「あ……」
俺は、そんな声しか出なかった。遂に……成し遂げてしまった感覚。朱鷺恵さんと……繋がったその行為の実感。気持ちに整理が全く付かないが、とにかくそれは、ずっと夢見続け、夢でしかないと思っていた事だった。
しばらくして、朱鷺恵さんがゆっくりと薄目を開ける。眼科の俺にゆっくりと微笑みかけると
「志貴君……出しちゃったんだ」
そう語りかけてきた。
「……はい」
俺には答えるしかなかった。自分勝手に果ててしまった事もあり、申し訳ない気持ちだった。
「でも仕方ないよ、初めてだし……誰だって最初からそう上手くいかないわ」
朱鷺恵さんは優しく慰めてくれる。それは自分の情けない気持ちを和らげてくれた。
「わかるよ、志貴君のが私の膣でいっぱいになってるもの……」
愛おしい表情で朱鷺恵さんにそう言われて、まだはっきりしない意識で視線を下に移し、繋がっている部分を見た瞬間……
俺の意識が一気に覚めた。
僅かながらの血の色。
「……と、朱鷺恵さんっ!」
俺はとにかく、驚きの声を上げるしかなかった。肘を立て、起きあがる。
「あは、気付いちゃった?」
少し苦笑いして、でも、朱鷺恵さんは微笑む。
朱鷺恵さんも……初めて……?
「どうして……」
「だって、志貴君に気を遣わせたくなかったんだもの。気持ちよくなって貰いたいのに、相手の事なんて気遣わせる事は出来ないでしょ。聞かれなかったし、言わなかっただけよ」
「でも、初めてって、その……」
「あ、破瓜の痛みは個人差があるのよ。私の場合はほとんど無かったわ。本当は物凄く痛かったらどうしようってちょっと不安だったけど、自分の体に感謝ね」
朱鷺恵さんはあっさりと言ってのける。
「そんな…」
ショックだった。こんな自分に処女を捧げても良かったのだろうか。それとも朱鷺恵さんにとっては、バージンとは「そんなモノ」だったのだろうか?
ワカラナカッタ。
「違うわ、志貴君」
「……なにが?」
「私だって、ちゃんと普通に恋愛したいの。でも、父さんがうるさいから、ちゃんとした付き合いなんて出来なかっただけよ」
「でも、志貴君は特別なの。父さんにとっても、私にとっても。最初は違ったかも知れないけど、一緒にいる内に志貴君の存在は私の中ではそうなってたの」
「だから、初めてだって……一番好きな人に捧げたのよ」
「……」
言葉がなかった。でも、こんな形での告白って、何だか悔しかった。
「……ずるいよ、朱鷺恵さん。自分ばっかり」
「え?」
ようやく見つけだした言葉に、朱鷺恵さんは少し驚いた表情を見せた。
「……俺だって初めてだった。でも、朱鷺恵さんの事を気持ちよくさせたいと思う。なのに自分ばっか俺に気遣って、俺には気遣わせてくれないんですか?」
俺は、素直に想いをぶつけた。これで終わり、だったら絶対に許せなかった。
「だから、今度は俺にも気を遣わせてください。さっきは……ダメだったけど、今度は頑張って、朱鷺恵さんにも気持ちよくなって貰いたいんです」
捧げてくれた嬉しさと、このままだと後悔しそうな自分に、自然に口を衝いて出た言葉だった。
朱鷺恵さんは驚いた表情のまま、それを聞いていた。が、ゆっくりとその顔をいつもの微笑みに変えると
「うん……、お願い……志貴君……」
そう言って、俺に体を預けてきた。その瞳には、微かに涙が浮かんでいたようだった。
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