3.効率化

 

 

「は〜い衛宮君、脱ぎ脱ぎしましょうね〜?」
 俺の服に手をかけながら、遠坂が笑う。
「凛、楽しそうですね?」
 そう言うセイバーだって、ニコニコと笑いながら俺のズボンに手を伸ばそうとしている。
「当たり前よ。こういう時は女性の方が男を可愛がってあげなきゃいけないんだから」
 ――まあなんて言うか滅茶苦茶な理屈だ。しかし、男の夢としてはこういうのもアリかも知れない。すっかり身動きの取れない状況のまま俺は思う。
 ――でも、どうしてこうなったかなあ……

 俺がセイバーに『魔力の提供』を始めてから二週間。
 俺達の関係はギクシャクするどころか……思いっきり順風満帆だった――むしろ恐いくらいに。

 あの翌日。
 「くっくっっく……」
 思わず自分の境遇に、内からこみ上げてくる衝動にも似たそれに笑いが自然と沸き上がった。
「? ふふふっ……」
 隣のセイバーも、同じように笑っている。何だかこうしてしまうと、その胸を隠すこと無い一糸纏わぬ姿も、いやらしさというよりある種の清々しさだ。
「何よ、犯行現場に踏み込まれたって言うのに、気持ち悪いわね」
 遠坂はそんな俺に一瞬うわ、と言うような様子を浮かべながらも、
「さあ、朝ご飯よ! 士郎、わたしもセイバーもお腹を空かせてるんだから、しっかりわたし達を満足させる物を作りなさいよね!」
 捜査権だ号令は、やけに楽しそうなものだった。
 一体まあ、普段低血圧で起床が遅い遠坂の、どこからそんな元気が沸いてくるのかと思うけど。
「ああ。だけどな遠坂、とりあえず服を着させてくれ」
 俺はしっしと覗き魔を追い払うように手を振ると、どんな物を作ってやろうかと早くもレシピを考え始めていた。

 とまあ、朝食はいつも通りの騒がしい物だったし、それからの日課はもう、嫌がらせと思う程手厳しい物であることは相変わらず。
 むしろ、遠坂とセイバーの仲は更に良くなったんじゃないかと思うようになった。今まではちょっとだけ、本当にちょっとだけだが『マスターとサーヴァント』という関係も見え隠れしていたが、
「セイバー、ビシビシ鍛えてあげなさいね?」
「はい、それはもちろん」
 今やすっかり心を通わせ合ったかけがえのない存在のようだった。

 そして、俺達は春休みに入った。
 何が変わったかと言えば――毎日が日曜日であることをいいことに、現在遠坂は俺の家にすっかり居候を決め込んでいるという事だ。
 それこそ朝から晩まで毎日顔をつきあわせては、一向に進まない俺の魔術の鍛錬につきっきりで師事してくれている。
 で、俺はそれに応えているかというと――まったくダメなままな訳で。
「はあ、やっぱりダメね……」
 とあきれかえる遠坂は、前より幾分怒らなくなったように思う――それでも爆発した時の勢いは相変わらずだけど。
 で、たっぷり時間があるからと言って魔術の鍛錬に全部費やしているかというと、そうでもなく、
「シロウ、詰めが甘いですよ」
 と、セイバーの剣の鍛錬も時間が増えた訳で。
 何だか、世間一般の学生は休みに暇を持て余すものじゃないかって思うけど、この環境だけはむしろ普段より多忙を極めていた。更に食事の用意なんかは殆ど俺がする訳だし、まったく働きながら家事をする人の気持ちが痛い程よく分かる。

 で……変わったのはそれだけじゃない。むしろこっちの方が――色々と重要だった。
 何というか……やましいところがなくなっちゃった訳で。
 遠坂との『契約への儀式』は、すっかり日常化してしまっていた。
 今までを思うと……多分、セイバーという存在が色々と――特に俺に――ストッパーの代わりとなっていたのだろう。しかし、そのストッパーが外れたというか、内に巻き込んでしまったというか、そんなこんなで、俺達は半ば自由に抱き合うようになってしまっていた。それは春休みだから毎日できる……ってのもあるかも知れない。けど、たまたまきっかけ時期がこういう時期だっただけで、例えそれが学期の真っ最中であったとしても、さほど変わらなかったであろう。
 契約にこだわることもなく、心から出来てしまうから……俺達は、お互いの事を、もっといっぱい知り始めてしまっていた。
 そしてそれは……セイバーにも同じ事が言えた。
 今やすっかり『遠坂公認』となってしまった俺達は、『魔力の補充』という大義名分を元に、隣同士の部屋というのも相まってか、それこそ遠坂よりも頻繁に愛し合ってしまっているんじゃないかと思った――それでも俺は遠坂の事が一番であることだけは神に誓うけど。それは遠坂の指令であり、どちらかと言えば男としては最高に幸せな状況なんだけど――何だかマヌケだ。
 しかし、今やすっかり楽しんで悦びを分かち合っている俺達がいる訳で。昨日は遠坂と。その前はセイバーと……男としては、同時に二人の相手をするという、ある意味『女性を囲う』行為というのは夢かも知れない――だが、その夢は結構実現に大変だ。正直、いつか全部搾り取られて俺はカラカラに干涸らびてしまうんじゃないかと思い、苦笑していた。
 だってそれは、二人ともとても魅力的で、どうしようもないから……
 
 そんな状況になって、はや一週間が過ぎようとしていた。
 俺達はいつも通りの鍛錬の日課を終えると、矢張り騒がしい夕食。
「しーろーう! おかわりっ!」
 藤ねえの元気な号令にはいはいと台所に向かった俺が改めて箸を持つと、ふと遠坂に視線が合った。
 今やすっかり食卓の一因となった遠坂も藤ねえに認められて――最初から気にしてないみたいだけど――こうやって、俺の丁度はす向かいに座り、料理に手を付けている。
 と、
「……」
 ちらりとこちらを見た瞳は、何かを語っていた。
 ああ――
 俺は最近覚えたその意味に、なんとなく男として喜びを覚えてしまっていた。
 大体そういう目があった後は……遠坂の部屋に連れ込まれている訳で。それはつまり『契約しよう?』という無言の呼びかけであって――男としてそれが嬉しくない訳がなかった。
 と、
 それを確認して視線を戻そうとした先に、セイバーの瞳。
「……」
 その瞳も、遠坂とまるで同じように俺を見つめている。遠坂と違うのは、ちょっとだけ頬を染めているところだが。
 ――なんてこった。
 俺は苦笑した。
 いつからか、セイバーも遠坂を真似てか同じようなサインを送るようになっていた――気付かなかったのは俺だけで、実は最初からそうだったという話だが。
 とにかく、セイバーがその瞳をした夜は……どちらともなくお互いの部屋に忍ぶ訳で。それはつまり『魔力が欲しいです』という無言の呼びかけであって、男としてそれが嬉しくない訳がなかった。
 二人の視線。
 今までは同時に感じる事なんて無かったのだけど、それは二人が男の俺を差し置いて上手く申し合わせていたからかも知れない。
 だが今日は違った。
 ――どうすればいいんだ。
 一瞬、そんな考えが頭を過ぎった。
 が、
「しーろーうー、お茶〜」
「……はいはい」
 俺は藤ねえに急かされるまま急須を取ると、そんな考えも忘れてしまっていた。

 ……で、夜。
「ふう……」
 俺は自らの布団の上で、一日の疲れを取るべく深く呼吸をしていた。
 ――結局、どっちもなかったな。
 意識するようになった俺の思いこみだったと言わんばかりに、二人とも何事もなかったように自分の部屋へ戻っていた。だから俺も追いかけるようなことはせず――そんなことをしたら、ただでさえ男として情けないのに、余計に自分に悲壮感を覚えてしまうから――こうやって後は眠るだけの格好になっていた。
「……まあ、これが普通なんだけど」
 そうひとりごちて、明日からはもうちょっと自意識過剰にならないようにと思いつつ、明かりを消そうとした瞬間だった。
「し〜ろ〜うっ!」
 パタン、と音を立てて、遠坂が部屋の戸口に立っていた。
「あ、れ……?」
 珍しい。普段は殆ど俺の部屋なんかに用は無いというのに、一体何があったのだろう?
 遠坂はニヤニヤと笑うと、ずんずんと何も言わず俺の側までやって来て、腰を下ろす。
「えへへ……」
 その顔が微かに頬を染めたまま笑っている。そんな表情は何だかいかにも可愛らしくて……と思いたいところだったが。
 思いっきり何かを企んだような顔。
 嫌な予感がしていた。
「し〜ろうっ! しよ?」
「……え?」
 一瞬、遠坂の言った意味が分からなかった。
「ねえ、しよう? ここで」
 遠坂はそういうと、ぽふっと俺に抱きついてそのまま布団に倒れ込む。首に回された腕と、ほのかに香る遠坂のいい匂いに俺は魅了されて――じゃない! 俺は危うくもう少しの所で遠坂の背中に手を回しそうになっていた。
「ま、待て待て待て!」
 ガバッと引き離すと、
「え〜?」
 と、不平そうな顔をする遠坂を無視して上半身を起こすと、
「な、何言ってるんだよ遠坂……!」
 隣には聞こえないように、出来るだけ小声で目の前の遠坂を非難した。
「何って、食事の時サイン送ったでしょ?」
 遠坂は布団に転がったままで俺に視線を送る。
「ね……早くちゃんと契約しないといけないでしょ? だから、今日もいっぱいしよう?」
 と、俺を空いたそこへ誘うように手招きをする遠坂。いい演技力だ……と舌を巻きそうになっていた俺はしかし、すぐに現実に戻っていた。
「待て……ここ、どこだか分かって言ってるのか?」
「? どこって、シロウの布団でしょ? ん〜、士郎の匂いがする〜」
「その通りだけど……」
 まったく的を射ない返事に、俺はなんだかなあと考え込んでしまう。
「その……隣にはセイバーがいるだろ、だから……」
 そんなここでするのはマズイ。いくら何でもそれは不文律だと分かっているはずなのに、一体遠坂は何を企んで――
「そうよ。だからここに来たんじゃない?」
「……は?」
 と、遠坂はニヤリと笑うと、わざとらしく手を叩いた。
「セイバ〜?」
「はい」
「うわっ!」
 まるでその瞬間を待っていたと言わんばかりに。
 襖が開き、当然の事ながらその隣室を寝床にしているセイバーが現れた。
「お待たせ〜」
「はい、ちょうどそろそろかと思っていました」
「な……な?」
 二人は当たり前のように言葉を交わすが、ひとり状況を理解していない男がここに。
「ということで、士郎?」
 遠坂はむくりと起きあがると、
「今日は三人でしましょ?」
「な!?」
 本当にとんでもない提案をしてきやがった。
「待て待て待て〜!」
「?」
「?」
「お前等、本気か!?」
 俺一人叫ぶも、
「ええ」
「もちろん」
 二人の返事はあまりにもあっけないから、他に誰もいないこの広い屋敷に空しくこだまするのみになる。
「ああ……」
 だから俺は余計に頭を抱えた。
「士郎、何か勘違いしてない? これは『効率化』よ」
 しかし遠坂はそんな俺にさも当たり前だというように告げた。
「……効率化?」
「そう、別々にするのもいいけど、こうすればもしかしたらわたしと契約が結べて、なおかつセイバーにも魔力を補充出来るかも知れないでしょ? だから決めたのよ」
 ――おい、なんだその決めたってのは。
「待て、遠坂さん」
「何?」
 俺のストップコールに、きょとんとした顔で応える遠坂。
「なんていうか、その……」
 だが、俺も止めたはいいが言葉が続かない。
 ――どう否定すればいいんだ。
 確かに遠坂の理屈には一理ある。一理あるからこそこれは問題であって……
「何? イヤなの? こんな美少女二人にせがまれて、衛宮君はつっぱねるって言うの?」
「……」
 遠坂はセイバーの隣にすすす……と寄ると、その身体を抱く。
「ね、セイバー?」
「……はい。恥ずかしながら、わたしもそれがいいと思います」
「う……あ」
 今まで見守っていたセイバーにもそう言われてしまうと、もはや俺の選択肢は多数決で却下という運びとなってしまった。
「ね? したいの? したくないの?」
 そんな遠坂の問いに、男として答える答えは……
「……どちらかといえば、したいです……」
 それしかない訳で。
「正直で宜しい。ね、わたし達はそれがいいって言ってるんだから、しよっ?」








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