「兄さん、兄さん!」
秋葉の叱責で俺は漸く、というかいつも通りに目を覚ます。
「……ああ、秋葉、おはよう」
眼鏡をかけ直しながら、秋葉にほほえみかける。
「……」
一瞬真っ赤になって言葉を失った秋葉だが、すぐに思い直して
「まったく、寝起きの悪さはちっとも直りませんね。遠野家の者としてもう少し自覚してくださらないと……」
そう愚痴りながら、俺に抱きついてキスをした。
「おはようございます、兄さん」
見ると秋葉はいつもの服に着替えていた。と言うことは一度屋敷に帰ったのだろう。
「……二人とも、驚いてたろう?」
俺がそう話すと、秋葉も笑う。
「ええ、パジャマ一枚の私を見て言葉を失ってましたよ」
目を皿のようにする琥珀さんを想像してクスリと笑う。翡翠は冷静でいるつもりだろうが、間違いなく驚愕していただろうなぁ。表情の起伏が実は激しいことを俺は知ってるから。
「食事の用意をさせました。さぁ、行きましょう」
秋葉が俺の手を取ると、起こす。そして着替えを待つ間、先に玄関に行こうとする秋葉を
「秋葉」
俺は呼び止めた。
「何ですか、兄さん?」
秋葉は振り返らずに答える。着替えを覗くのが今更恥ずかしいのか、そう思ってしまう。
「これから……ずっと、一緒にいてくれるよな?」
それは俺から言うべき言葉ではないとは解っていた。
でも、ここで確かめなくてはいけない。
そう思って、口を衝いて出た言葉だった。
が……
「何言ってるんですか、兄さん」
秋葉は至って冷静に返す。
「私は昼には宿舎に帰りますよ。生徒会の仕事もありますし」
「ええっ!」
そんな……どうして……
あれほど秋葉もそう望んでいたはずなのに……!?
「だって、ほら、また転校とかしたら周りが訝しがるじゃないですか……それに、もう兄さんも元気だから大丈夫そうですし……」
もっともらしい理由を並べるが、秋葉もそれは苦渋の決断と見て取れる。
「そんな……」
これからは一瞬でも離れない、そんな俺の決意はもろくも崩れ去る。
「でも……」
秋葉は、そこで漸く振り返る。満面の笑みを浮かべながら、俺を見ていた。
「会いたくなったら、私はいつでも戻ってきます。」
「だから兄さん、約束して下さい……」
「へっへーん」
秋葉はあの日の夜の全てを話し終えると、無い胸を張って自慢げにする。
「よかったねー、秋葉ちゃん」
全く原因が自分だったと言うことに気付かぬように、羽居は喜んでいた。
「……ったく、おまえらスゲエよ……」
蒼香は、完全にルームメイト二人の加減知らずにため息をつくばかりだった。
「えー?蒼ちゃん、「ら」って何〜?」
羽居が、不思議そうに蒼香の一文字に首を傾げる。
「……はいはい、おまえは一生解らないだろうよ」
もう突っ込む気力も失せ、羽居の言葉を聞き流す蒼香だった。
「……で、その結果がこれな訳か」
蒼香は、そう言って目の前のそれをぴらぴらさせる。
「へー。秋葉ちゃん、考えたねー」
手を合わせ楽しそうに羽居も感心する。
「まぁ、折角だから。新たな学園七不思議にでもなったらいいわね」
「……この、ノロケが」
蒼香は皮肉たっぷりにそう言うと、気持ち悪そうに手の中のそれを見た。
紫色の封筒
宛名に「遠野 秋葉 様」と書かれたそれには、中に紙が一枚。
そこには……真っ白で何も書かれていなかった。
差出人は……遠野志貴
「……で、これを受け取ったら一週間以内に会いに帰る……という訳か、やれやれ……」
頭を掻きながら、秋葉の考えに呆れながら感心する。
「そう。こうすれば封を切られて事前に中を見られても問題ないし、分かりやすいでしょ?管理する先生には「兄の病状であまり心配をかけさせたくないから何も書かないのです」と言う理由立てにもなるしね」
秋葉は自慢げにそう言う。実際に秋葉ほどの人間ならば、そのもっともらしい理由で外出許可を簡単に取ることが出来ていた。
蒼香は、こりゃ遠野なりの自分への戒めか……と思ったが、結局七不思議や事前に手紙を見られる制度を逆手に取った周到な作戦に、驚きというか呆れる方が大きかった。
で、その秋葉はバッグひとつ持って廊下に出る。
「秋葉ちゃ〜ん、私も行って良い?」
いつの間に用意したか、羽居も小脇にバッグを持ち、既に旅行気分でいる。
「だ〜め。もう兄さんは私のモノなんだから」
「え〜、秋葉ちゃんばっかりずるい〜。私も〜」
そんな異常な会話に気付かぬ二人を見て、蒼香は後ろでため息をついた。
「なんでコイツラは……」
正直すれ違う生徒の視線が驚きで自分にも向けられるのが恥ずかしい。
「……じゃ、また明日戻るわ」
見送りに来た蒼香に、秋葉はいつも通りに告げる。
「はいはい、せいぜい楽しんできな……」
蒼香はそう言ってやるので一杯だった。
「羽居は?」
さっきまでそこにいたはずのルームメイトを、さして気にしないようにしながら秋葉が訪ねる。
「さぁ?拗ねて部屋にでも戻ったか?」
蒼香もいつの間にか居なくなった羽居を気にするでもなく、適当に見回して答えた。
「そう、まぁいいわ。後はよろしくね」
秋葉が返事をすると、嬉しそうに待たせていた車に向かった。
それを見て、しっかしいつ見てもけったいな車だなぁ、と蒼香が思った瞬間。
「……ん?」
自分の目に映ったビジョンに、蒼香は目を疑ったが
「……ああ、そっちががんばれよ」
きしし、とこれから予想されるであろう事にほくそ笑みながら、秋葉を送り出していた。
「ふう……」
秋葉は、後部座席に座ると車を出させる。
宿舎を離れるのを見送ると、秋葉は急ににやけだした。
「ふふふ。兄さん、ここのところ毎週ね。私も待ち遠しいわ……」
正直、兄以上に自分がこの縛りに耐えられなくなりそうなのを感じていた。毎週末屋敷に帰っては兄との密月を繰り返す、その背徳感がたまらない。
そして何より……それが気持ちいいから、平日が耐えられない。
羽居は別として蒼香は、以前以上に増えた秋葉の夜鳴きに正直参っていた。
そろそろ、家から通うかまた転校してしまおうかしら、でも生徒会もあるし……
そう思った時だった。
「ふふんふ〜」
前の方から、嫌に陽気な鼻歌が聞こえた。
おや珍しい、今日は琥珀が同伴で来たのかしら?
秋葉はそう思った。
いくら琥珀でも、この状況で鼻歌なんてはしたない。
自分のことを棚に上げ、ここは遠野家の当主として、きちんと言うべきだと思った。
「コホン。琥珀、はしたないわよ」
秋葉がぴしゃりと言うと、鼻歌は止まった……が
「な〜に、秋葉ちゃん〜?」
助手席から振り返ったその姿に
「なっ……!?」
目の前にいる、いるはずのない人物に、秋葉は完全に言葉を失っていた。
(続いちゃいます)
〜立待月夜 後書き〜
どうも、大変お疲れさまでした。
今回は、蒼月祭2用に書き下ろしました作品です
どうして、こんな超大作のずーっとえっちいのが続く作品になったのかというと……
まずは、この作品の前にありきは、「ひみつ」です。
で、最後に「この後秋葉は襲いに行っちゃう」と書いて、ふと自分が秋葉の話を書いていないことに気付きました。なら今回の書き下ろしはこれで行こう!と思ったのが続編「立待月夜」な訳です。
……が、ここで一つ問題が発生しました。
「ひみつ」の時点で適当に決めた、羽居に8回注いだ底なし志貴、という設定に自分で苦しめられるハメに……
だって、そう書いたからには8回分は書かなきゃダメでしょう?
……ということで、気合い入れて書いてみました。気付いたら10回+αでしたけど。
「立待月夜」ですが、とにかく秋葉と志貴を、と今まで以上に意気込みました。
秋葉トゥルーで泣き、宵待閑話でほっとし、その後二人はどうなったかなぁと考えた結果だと思います。
書いてて秋葉が可愛かったです。ちょっと意地悪しちゃってますが、それも愛故にです。
あまりの長さ故(長すぎて飽きちゃった方、ゴメンナサイ、調子乗りすぎました)に、マンネリを避けようと色々な体位も駆使しましたし、実用性もばっちりかと。
この後、少しだけ、ほんの少しだけ続きます。
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