0/或る、恋の始まり。





「……えっ?」

 その瞬間、俺はとても驚いていた。

「……」

 目の前で俺を見つめる二つの瞳は、それが真剣で偽りのないものだと容易に解らせてくれる。ものすごく近くにいるはずなのに、どうしてかひどく遠くにいるように視界が回り出していた。


 ワカラナイ

 こんな時に、どう答えて良いのか


「……ね、遠野君は、どうなの……?」

 答えない俺を見て、目の前の少女は不安そうに俺を見た。何か儚げで、助けを求めるような瞳。潤む姿と相まって、それは類い希な美しさを見せていた。


 ああ、そうか
 俺はこの子に……


「……」

 俺は、何か言ったような気がした。なのにそれが何なのかは自分では分からない。ひどく頭が混乱していて、脳が乾いていた。

「……!」

 ふと、目の前の少女の表情が驚きのそれに変わって、それから……

 つっと、涙が一筋、頬を伝って流れていった。

「……あ」

 それに気付いた彼女は、頬に手を当てる。涙の存在を確認すると、堰を切ったように瞳はぽろぽろと涙を続けざまに零していた。

「あはっ。……あれ、どうしてなんだろうね……」

 彼女はそれが分からないと言うように笑いながら、泣いている。まるで涙腺が壊れたように、笑みを浮かべながらもその涙は止まることを知らない。嬉し泣き、なんて単純な言葉で言い表せぬそれが、彼女の心の中の何かを教えてくれているようだった。

「……ありがとう」

 彼女はひとしきり溢れる涙をハンカチで拭い、そうしてこちらを見る。

「優しいから、遠野君ならきっとそう言ってくれると思ってた。でもね、本当に言われると、どうしてだろう、涙が止まらないんだよ……」

 彼女はそう言うと、今度は涙を拭うことも忘れて微笑む。


 違う
 優しいからじゃない
 俺は……


「遠野君」

 俯いた俺の思考を、彼女の声が遮っていた。見上げると、そこには夕日を背にし、満面の笑みを浮かべ、なのに顔は涙でぐしゃぐしゃの少女。ふわっと軽く二つに分ける髪が、その柔らかそうな頬とリップが、そして何より俺を見つめ、嬉しそうな瞳が


 ああ、綺麗だなぁ


 素直にそう思える。それは本当に何物にも換えられなくて、俺はいつの間にかその瞳に吸い込まれていた。自然と俺にも笑みがこぼれる。彼女の前では微笑まずにはいられない、そんな力が備わっているかのように俺の心をも優しくしてくれる。
 彼女はどこに隠していたのか更に綺麗に微笑むと、その唇が優しく動いた。

 

 

「ありがとう、大好きだよ」