「お兄……ちゃん……?」 しかし、都古はちょっと肩すかしを食らったかのように語尾が疑問形になっていた。 ……が、それよりも気になったのは 「あ……あ……」 自分の正面のソファーで、こちらを指差して驚愕している……男の子。 都古は流石に初対面でその態度は失礼だろうと、すこしだけ非難の視線を向けた。 「ひっ……」 少年はその視線におののき、慌ててソファーから逃げ出そうとしていた。 「あら? どうして逃げるんです?」 それは、黒髪の女性からあげられた。 「そうですよ、せっかくのお客様に失礼じゃないですか」 そう言ったのは、反対側の女性。彼女の目もまた妖しく笑っていた。 「だ、だって……」 少年は流石にもう都古を指さしはしなかったが、恐れおののくような瞳は相変わらずだった。 「……?」 都古は、本当に訳が分からないようにそのやりとりを見ていた。 目の前の少年は、ふたりの女性の言葉に射抜かれたように動かず、ソファーの背もたれにしがみつきこちらを振り返っている。 「あらあら、そこまで驚かなくたっていいじゃないですか。ねえ翡翠ちゃん?」 後ろから声があがり、見ると矢張り琥珀が笑って翡翠に同意を求めていた。翡翠もそれに頷き、控えめに微笑んでいる。 瞳には絶望の色。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことを言うのだろうか、5人の女性に見据えられ、真っ青な顔をしていた。 しかし……こうして漸く正面からしっかりと見ると、どこかで見覚えがある。 記憶を手繰る。 ……ありふれた……? そう思った時、都古の心に自分の一番ありふれた男性の姿が思い浮かび
都古の唇から、言葉が自然に漏れていた。 分からない、分からないけど……それは確かにあの人を連想させていた。 瞬間、その場にいた全員が驚いた。 「み……都古ちゃん……?」 そうして、正面にいた少年が少しだけ恐る恐る口を開いて。
都古は確かめるように目の前の少年を見つめた。 「…………」 一瞬その動きが止まったように見えたが、やがてただこっくりと、その首が縦に動く。 あまりにゆっくりと頭がそれを理解しようとしている。 「お……兄ちゃん」 間違いない。 「お兄ちゃん……」 都古は、もう一度自分の内心に確かめるように呟くと、緊張に包まれたものが一気に溶けてしまった。
彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ 「あ……、う、ううっ……うわぁぁぁぁ……」 都古はそれを確かめた後、遅れて声を上げて泣き出していた。
その声に金縛りを解かれたように全員が慌て出した。 琥珀も翡翠も、都古の後ろでどうしたらいいか分からないらしく、ただ心配そうに見るばかりだった。 「都古ちゃん!」 しかしただ一人、あの少年……志貴だけはソファーを蹴るように飛び出し、都古の元に駆け寄っていた。 「うわぁぁぁぁん……うわぁぁぁぁ!」 顔を手で覆い、信じられぬ程の大声で泣く都古。 「都古ちゃん、泣かないで……」 志貴は都古を慰めようとして、その両肩に手を置いた。 「あ……」 その感触に気付き、都古が一瞬泣きやんで志貴を見つめた。 「お……兄ちゃん……お兄ちゃぁぁぁぁん!」 都古は、力の限りに志貴に抱きついていた。そうして、また感情の溢れるままに大きな声で泣く。 いつも元気で笑ってばっかりだった都古が、今はこんなにも悲しげに泣いている。 その事実が志貴にはとても辛い。 志貴も頭を抱きかかえるようにして、都古を包み込む。そうしてゆっくりとお団子の頭をさするようにしながら、優しく語りかけた。 「都古ちゃん……ごめんね……」 志貴の声にも都古はそう答えながら、自分より小さい姿の志貴に抱きつき、ずっと泣い続けていのだった。
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