La vie dans le grand
chateau est ennuyeuse. −たとえ箱庭でも、遊ぶにはちょうど良い広さだった− 少女は、走っていた。 まっすぐに続く屋敷への道を、ただひたすらに。 片手には、封筒に入れられた手紙を携えて。 ――是非、遊びに来てください それだけの物凄く素っ気ない文面だが、最後の一言に少女は心を奪われていた。 ――遠野志貴より 彼女にとって、その名前は物凄く懐かしくて。
いなくなってしまって、少しずつ分かってきた事がある。
どことなく近付きがたい雰囲気だったあの人が、今自分を呼んでいる。 「こんにちわ!」 少女がくぐった扉の向こうでは、和服を着た女性が笑顔で出迎えてくれていた。 「ようこそいらっしゃいました、都古さん」
そのロビーを見渡すと、少女……都古はため息を漏らした。 「すっごい……大きいですね……」 そんな表情の都古に和服の少女はクスリと笑いかけると 「そうですか?広すぎるというのも困りものですよ」 和服を着た少女……琥珀が都古のぽかんと口を開けた顔をまじまじと眺める。
「都古さん、立ち話もなんですから、まずはお荷物を。ご案内しますね」 辺りを見回す都古に微笑んで、琥珀はすぐ隣にいた人物に呼びかけた。 「翡翠ちゃん、都古さんを案内してあげてね」 翡翠は答えると、すっと都古の肩にあったバッグを手に取った。 「都古さま、お部屋にご案内します」 その言動に、都古は突然の事で驚いていた。 「あっ……はい」 いくら遠野家の親戚といえど、このような扱いをされる事などは無かったらしく、その翡翠の完璧なまでの職務ぶりに、ただかしこまるだけだった。 「こちらです」 翡翠は都古を連れ、客間へ案内した。
「……すごい」 都古は部屋に入るなり、溜息を漏らした。 「お荷物はこちらに……都古さま?」 翡翠はテーブルに荷物を置いて振り返ると、部屋の入り口でぽかんと口を開けている都古に不思議そうな顔をした。 「……こんな部屋、使って良いんですか?」 都古は恐る恐る、というように訪ねた。 「ええ、都古さまのご自由にお使い下さい」 そう告げる。 翡翠は先程からの都古に、昔の自分を当てはめていた。 「はい……」 それでも尚ぎくしゃくと部屋を見回し、ベッドのスプリングを押すようにして感心しきりの都古がほほえましい。 「おとぎの国みたい……」 そう言うと矢張り興味深いのか、ぽんとベッドに乗った。 「……?」 都古は、ベッドの弾力をしばし楽しんだ後、翡翠を見る。 「……あ、ごめんなさい」 都古はそこで初めて顔を赤くした。 「いえ、都古さまは矢張り似ていらっしゃいますね……」 翡翠は、わざと遠回しに告げる。 「志貴さまも、初めてこのお屋敷に来た時に「おとぎの国みたいだ」とおっしゃっていました」 志貴。 その言葉を聞いて、都古がびくんと反応した。 「志貴……お兄ちゃんも?」 翡翠が見たその瞳は、驚きに溢れていた。 「はい。8年もご一緒にいらっしゃったからでしょうか。志貴さまの本当の妹さまでいらっしゃるようで、私もつい嬉しくなってしまいて、申し訳ありませんでした」 柔和な笑顔の翡翠は一礼すると、都古の手を取った。 「行きましょう、都古さま」 都古が立ち上がるのを見てから、翡翠は笑って部屋のドアを開けた。 「はい……」 都古は、その美しい笑顔に目を奪われていた。
都古は促されるまま翡翠に続くと、ロビーに戻った。 「都古さん、お待ちしていました」 そこでは、笑顔の琥珀が待っていた。先程の和服に割烹着を付け、白いエプロンがとても綺麗だった。 「さ、こちらです。皆さんがお待ちですよ」 都古はその言葉の意味が分からなかった。 「ええ。せっかくのお客様をお出迎えするために、応接室にお呼びしてあります」 琥珀はそう言うと奥のドアを見、それから都古を見た。 「もちろん、志貴さまも……ね」 ちょっとからかうように琥珀が言ったが、都古にはそれだけで効果覿面だった。 「お兄ちゃん……」 その言葉を口にするだけで、胸がどきどきした。 もうすぐ、お兄ちゃんに会える…… そう思うと、都古は緊張してしまっていた。 「大丈夫ですよ、そんなにかしこまらないでくださいな」 その雰囲気を感じ取ったか琥珀が優しく話しかけ、そしてゆっくりとドアに向かって歩きだした。 「はい……」 都古もそれに続く。琥珀のとても楽しそうな笑顔を横目に見て、なんとか自分を落ち着けた。 「さて……」 ドアの前に立つ。 琥珀はすぐにドアをノックしようとした。 「……驚かれますよ」 都古は、突然に告げられた琥珀の言葉の意味が分からなかった。 コンコン 「皆さま〜、お客様をお連れしましたよ〜」 そう言うと、琥珀はその大きな応接間のドアを開けた。 都古は、あれほど緊張していたのに開け放たれたドアに飛び込みたい程だった。
大好きなお兄ちゃんが、そこにいる。
都古は目を閉じ、一つ呼吸して気持ちを落ち着けると、ドアをくぐった。
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