空想科学月姫 〜その1〜
(注意)
このお話は物語性以前に、理系の解釈で書いているので少々難しいかもしれません。
分かりやすく書いたつもりですが、文系の方・中学校生以下の方、ゴメンナサイ。
「どうして兄さんはそう意固地なんですか」
ティーカップを持つ秋葉の手には力がこもっている。
「…そう言う秋葉こそ、認めたらどうだよ」
俺もポケットに手を入れ、ナイフの存在を確かめている。
「…」
沈黙が走る。さっきから部屋の隅では翡翠が震えながら事の様子を見守っている。
「とにかく、私の方が上です」
「い〜や、俺の方だ」
一触即発、そんな言葉がお似合いな状況だ。
「あらあら、秋葉様に志貴さん、一体どうしちゃったんですか?」
が、ぱたぱたと食事の片付けを終えた琥珀さんがいつも通りに現れて、秋葉はぷいと顔を背ける。
「何でもありません」
秋葉はそう言うが、明らかにご機嫌斜めな顔だ。
「まぁ、気が立っちゃうのも仕方ないですね。もうじきセンター試験ですし」
琥珀さんはやれやれ、と言った顔をする。
秋葉に命を返した後。
体が回復するまでの間は学校を休んでいた所為もあり、俺は留年した。そして幸か不幸か、秋葉と同じ学年になったわけだ。
ちなみにクラスも一緒なのだが、こればかりは助かったと思っている。何しろ今まで「先輩」と思っていた人が同じ学年に「下がって」くるのだ。遠慮しているクラスメイトとのコミュニケーションは、ほぼ不可能に近いモノがある。こればかりは留年しないとワカラナイ悩みだろう。
そこに秋葉がいたお陰で、「秋葉のお兄さん」という1つのきっかけが生まれ、クラスの輪に入る事が出来た。まぁ、男子のほとんどは複雑な視線を向けていたが。
秋葉とは流石に学校で「恋人同士」なんて振る舞うわけにもいかなかったが、「仲の良い兄妹」と言った感じで過ごせたと思う。
で、学園生活最終最大のイベントと言えば受験なわけで、俺達は今来るべきセンター試験のために、正月明けにもかかわらず最後の追い込みをかけていた。
流石に日程も押し迫ると心に余裕が無くなる。共に進学への成績は問題ないだろうが、ピリピリしがちだった。
で、些細な事で喧嘩になってしまうのである。お互い分かっていても、抑えが効かなかった。
「志貴さん、何を揉めてたんですか?」
「いやぁ、まあ大したことじゃないんだけど…」
俺も言葉を濁らせる。
「隠し事はいけませんよー。体に毒ですからね」
琥珀さんが言う「毒」と言う言葉は何とも重みがある。実際秘密にしていたら、自白剤あたりを一服盛られていつの間にか白状していた、なんて事があり得るだろうし。
「姉さん」
今まで黙っていた翡翠が漸く口を開きながらこちらをジト目で見ている。先程まで神経のすり減る思いをさせられた仕返しなのか、以外とこういうところは正直な翡翠だと思う。
「お二人は、『どちらの能力の方が優れているか』について議論していました」
それを聞くと、琥珀さんは
「あらあら、また答えの出なさそうなお話ですねー」
と、笑いながら答えた。
「だから、こうなっちゃったんだよ」
俺は困り顔で秋葉を見やる。秋葉は相変わらず怒り顔でそっぽを向いていたが、漸くこちらを見直した。
「兄さんの攻撃は一撃必殺で、攻撃力の高さは認めますよ。でもそれは「点に触れれば」という条件下ですから、私には敵わないんですよ」
「しかし、おまえの檻髪も「視界に捉えれば」という条件下だろ?状況は同じさ。不意打ちで背後から忍び寄られた場合、勝つ手段がない」
不意打ちという言葉に、秋葉はむっとして
「能力比較の戦闘で、不意打ちは存在しません。正々堂々と正面から闘うのです」
そう反論する。
「しかし、その正々堂々の「間合い」だと比較以前に勝負にならない、一方的にこっちが不利だ。何せおまえの間合いだからな」
「そうです。だから私の方が優れてます。兄さんと私じゃ、ナイフと散弾銃位の力差がありますね」
秋葉は自分の攻撃範囲の広さに勝ち誇ったように俺を見る。
「いや、仮に百歩譲って、その間合いである瞬間に「戦闘」が始まるとして、その時から共に攻撃態勢に移れるとしよう。おまえが檻髪を展開させる瞬間までに、俺はその視界から外れればいいわけだな。七夜の血なら生死のかかる戦いではそれも可能に違いない。となると避ける方向は右か左か上しかない。が、おまえが目で追い続けられる方向は1つだ。つまり、3分の2の確率で俺はおまえを仕留められる、という計算になる。そうすれば俺の方が有利だぞ?」
俺は劣性を感じて反論するが、秋葉は一笑に付するだけだ。
「確率論ですか?でもそれは条件付き確率で、大本が示されていません。まず大前提に私がどう動くかも入れていただかないと。私が飛び上がりでもしたらどうします?正面か下か、という選択肢になれば確率は半分ですよ。更に後ろに飛び上がれば私は兄さんの射程範囲から外れます。その時点で兄さんの勝ちはあり得ません」
「くっ…」
「有効射程の長い方が強い、銃器の発達した理由も考えれば至極当然ですよ。兄さんは長篠の合戦の武田軍、私は織田・徳川連合軍と言ったところですね」
随所に勉強の名残が見える。数学に歴史か。こんな時でも結局はテストに毒されている気がして、ため息が出る。
「ふぅ…琥珀さん、秋葉に何とか言ってくれません?」
俺は、さっきから二人の会話を面白そうに聞いていた琥珀さんに話しかける
「あら兄さん、一人じゃ敵わないと見て助け船ですか。情けないですね」
正直悔しいが、単純な比較では攻撃力のみでしか優れない俺が不利なのは明らかだ。ここは琥珀さんを味方に付けて、何とか反撃の糸口を見つけたかった。
「『直視の魔眼』に『略奪の檻髪』ですか〜。そうですねー」
口に手を当てて、琥珀さんは少し考えた後
「私は、どっちも大したこと無いと思いますけどね〜」
と、あっさりと双方を敵に回すような事を言ってくれた。
「琥珀」
秋葉は睨むように琥珀さんを見ながら、
「何かそう言える根拠でもあるわけ?まさかあの吸血鬼達を比較対照としてる訳じゃないでしょうね?」
自分を否定された怒りを見せる。しかし琥珀さんは
「そんな事無いですよ〜。ちゃんとお二人の間だけでの比較で考えた結論です。ちゃんと根拠もありますよ」
秋葉の言動に動じずいつもどおりやんわりと否定して、あっと良い事を思いついたようにぽんと手をついた。
「そうだ。説明するだけではお二人とも納得できないと思うので、実験してみましょう。そうすれば分かっていただける筈ですよ」
「「実験?」」
俺と秋葉は同じように返してしまった。唐突に実験って、何をするのか皆目見当が付かなかった。
「ちょっと待っていてくださいね〜」
そう言うと、琥珀さんは何故かぱたぱたと台所に去ってしまった。
俺と秋葉と…先程から何も言わない翡翠の3人は、琥珀さんの意図が読めず、ただ頭に?マークを浮かべながら待つしかなかった。
「お待たせしました〜」
僅か後、琥珀さんが手に持ってきたのは…何故か食卓塩のビンだった。
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