ひみつ





「はあ……」
 駅の改札を出て、一人志貴はため息をつく。
「ここまで来たはいいけど……」
 そう言う駅前の光景に志貴は見覚えがない。それもその筈、初めて来る場所だったからだ。

 あれから数ヶ月。
 正月にシエル先輩に頼んで手紙を届けさせたものの、秋葉から一向に返事が来ない。
 初めはきっと学校が忙しいのだろうと思った志貴だったが、休日にも帰ってこない秋葉に少しずつ焦り出していた。だからこうして、休日に何も考えずに電車に飛び乗ったのだった。
 が、その道中志貴は肝心な事を忘れていた。
「学校の場所……どこだっけ?」
 暖かな電車の中で一人凍り付く男が一人。

 志貴は駅のすぐ前にある地図を見る。警察に駆け込めば一発で分かろうが、そもそも女子校の場所を男が聞く、なんて怪しさ溢れる行動はなるべく後回しにしておきたかった。
 とりあえず地図から、その場所を探そうとする。しかしこの地区を一望できるような縮尺の地図だ、あたりも付けずに眺めていたので目的の物が見つからない。

「うーん……」
 志貴はそう呻くと首を捻り、難しそうな顔をする。見つからない焦りが募って、地図に顔をぐっと近づけた時だった。

「あの〜、どうしたんですか?」
 と、何とも自分の境遇とは場違いなその間の抜けた声に、志貴は横を振り向く。
 そこには、不思議そうな顔で自分を見る少女が一人。

「あ……いや……何でもないです」
 志貴はちょっと慌てながら居住まいを正す。
「地図をそんな距離で眺めて、楽しいですか〜?」
 そう言うと少女は、自分もじーっと志貴と同じように地図を凝視する。
「うーん。見づらいですよ」
 と言って少女は志貴を見る。
「……」
 志貴はその突拍子もない行動に、思わず目が点になる。

 なんなんだ、この子は……

 ぽわぽわのコートに身を包み、秋葉と同じくらいの背。
 そしてそのあまりにほんわかした顔が、印象的だった。

「で、何を探してたんですかー?」
 その子の問いに、志貴は応えるべきか悩む。が……よく考えればいかにも同年代の子だし、知っていそうだと思った。
「それがさ……怪しまないで聞いてくれる?」
 志貴はそう前置いて言おうとした。が
「え?怪しい事言うんですかー?」
 と、少女は真に受けてしまう。思わずがくっとなる志貴。
「いや……そうじゃなくて」
 正直、話をしてると疲れそうだな。志貴は心に思った。


「それにしても助かったよ。君が浅上の生徒だなんて」
 志貴はほっと安堵の息。
 駅から少し歩くと、急に静けさのある閑静な住宅街。その中を歩く志貴と少女。
 その少女はたまたまこれから寄宿舎に戻るところだというので、一緒について行く事になったのだ。
「凄い偶然ですねー。わたしもびっくりしました。で、何をしに行くんですか?」
 少女は、志貴の横を歩きながら質問をしてくる。
「いや、妹に会おうと思ってね」
 志貴は正直に答える。
「へー、妹さんですかー。優しいお兄さんですねー」
 と言われて少し恥ずかしくなる志貴。この子くらい秋葉もおしとやかなら……と本人が聞いたらどうなるか分からないような事を思ってしまう。

「君……そういえば、名前聞いてなかったね」
 志貴は落ち着いて、やっと名前を聞く余裕が生まれた。
「わたしは、三澤羽居と言いますー」
 わざわざ立ち止まってぺこりとお辞儀をする羽居。志貴も思わず同じようにお辞儀をしてしまう。意外な行動にまた面食らった格好だ。
「俺は志貴。遠野志貴です」
 なんだか変な子……そう思って、志貴が自分の名前を口に出したときだった。
「あ〜〜〜〜!」
 突然羽居が、大きな声を上げ志貴を指さす。
「ど、どうしたの!?」
 志貴はその大声に慌てる。きょろきょろと訳も分からず回りを見渡すが、指を差されているのは間違いなく自分だ。
「秋葉ちゃんの、お兄さん?」
 羽居の口から出るその響きに、思わず反応してしまう志貴。
「え!え!?秋葉を知ってるの?」
 志貴は掴みかからんという勢いで聞く。
「わ〜。お兄さんだお兄さんだ〜」
 と、なぜだか羽居は嬉しそうにしている。
「あの、羽居……ちゃん?」
 目の前でわーいわーいと叫びながらぴょんぴょん跳ねる羽居に志貴は言葉を失う。

「でですねー、秋葉ちゃんたら四条さんをコテンパンにしちゃったんですよー」
 本当に楽しそうに、羽居は話す。
「ははは……」
 妹のその所行に、志貴の口から出てくるのは苦笑いばかり。
 もうさっきからこの調子で、羽居は志貴に秋葉の学園回りでの話をしている。それはもう学校での生活に始まり、生徒会での暗躍ぶりに寄宿舎でのハーレムぶり。さらには食事の時のクセからお風呂でどこから洗うかまで、志貴が望んでないのにあれこれと話してきたのだ。

 志貴は思った。この子に秘密は話せないな、と。

「でさ、羽居ちゃん。秋葉は……その、寂しがってたりしない?」
 志貴は、少し赤くなりながら羽居にようやく質問をする。
「え〜?それはもう、いっつも寂しがってますよ〜。だって夜になるといっつもため息ばかりだしー、寝言は「兄さん……兄さん……」ばっかりだしー、枕抱いたまま泣いてたりするんですよー」
 羽居はあっさりとそう言うが、志貴には辛い言葉だった。
「秋葉……」
 志貴はその秋葉の姿を想う。
「俺も寂しかったけど、秋葉はそれ以上に寂しかったんだな……秋葉……」
 と、ため息をつく。
「あれー?お兄さんが落ち込んじゃいましたー」
 羽居は不思議そうに志貴を見る。

「大丈夫ですよー。秋葉ちゃんはまだお兄さんに振られても諦めてないみたいですからー」
「そうか……って?」
 志貴が思わず聞き返す。
「振られた……って、秋葉が言ったのか?」
「いえー。蒼ちゃんが言ったんですよー」
 羽居はそう言ってもう一人のルームメイト、月姫蒼香を思い出す。
「……」
 そうとは知らぬ志貴は、女の子は本当に噂好きだな……と思うしかなかった。

「……」
 正直、その前まで来て圧倒的な威圧感に言葉を失う志貴。
 浅上の寄宿舎は、それだけで思いっきり時代倒錯していた。羽居が言うには内装は少しずつ変わっていて、夏にも改装が終わるという。
「……で、俺ここ入れるの?」
 志貴は恐る恐る訪ねる。が
「無理ですよー。先生に怒られちゃいますからー」
 あっさりと否定され、ガックリとする志貴。
「そりゃ、そうだよな……じゃぁ、羽居ちゃんが秋葉を呼んできてくれる?」
 志貴は目の前の羽居にお願いする。
「それくらい、お兄さんの為ならおやすいご用ですよー」
 と、一人ぱたぱたと寄宿舎の中に入っていく。

 ……が、しばらくして帰ってきた羽居の傍らには、誰も一緒にいなかった。
「あ、れ……羽居ちゃん、秋葉は?」
 志貴が肩すかしを食らった風に聞く。
「忘れてましたー。秋葉ちゃん、今日は生徒会のお仕事とかで夕方まで学校に出てるって朝言ってましたー」
 羽居は本当にすっかり忘れてたようで、あははーと笑う。
「そんな……じゃぁ、学校に」
 志貴が諦められずに学校に行こうとすると
「学校にはもちろん入れませんよー。それに、宿舎と学校は繋がってますし、たぶん仕事が終わる頃は門限なので外には出られませんー」
 と、絶望的な説明を羽居がする。
「そんなあぁぁぁ……これじゃ、折角来た意味が……」
 八方塞がりの状況に志貴は座り込んでしまう。強行突破などしたら、それこそ秋葉に殺されかけない。何よりも捕まって一生恨み言のように言われるのは志貴にも耐え難い。

 結局、ここまで来ておいて志貴にはすごすごと帰るしか手段がなかった。
「はぁ……」
 歩いては、志貴の口から出るはため息ばかり。一気に消沈した志貴は、それこそ生ける屍のようにだらりと両手を下げ、すごすごと来た道を戻るしか能がなかった。

「……で」
 志貴はちらりと、後ろを見る。
「どうして、付いて来たの?」
 何故か羽居は寄宿舎にそのまま残らず、相変わらずニコニコと志貴の後をのんびりと付いて来ていた。
「だってー、そのままだとお兄さんどうなるか分からないから、羽居ちゃんが心配で付いてきてあげたんですよー」
 と、えっへんと言わんばかりに人差し指を立てて解説する羽居。
「そう……それはうれしいよ……はぁ……」
 上の空でそれを聞き、適当に返答する志貴。そんな志貴を見て、羽居は何を思ったか
「お兄さん、なんか元気ないですねー。少しお休みした方がいいですよー」
 と、突然志貴の手を引っ張り出した。
「ああ……って、ちょ、ちょっと……」
 志貴は最初驚くが、それでもショックの方が大きく、うなだれながらもそうされるままに歩を進める。
「そーれ、れっつご〜」
 羽居は何だか嬉しそうにそう言うと、志貴の手を引き引き歩き出す。

 駅までの道から僅か離れ、住宅街の切れ目。羽居はその自動ドアを志貴を連れてくぐる。
 志貴は、どこかの喫茶店だろうと思いふと顔を上げた。

 が……

「な!?」
 見れば、縦横に並ぶ部屋の写真とボタン。そして……
「んーと、ここにしよー」
 と、その中のひとつを躊躇無く押してしまう羽居。
「ちょ、ちょっと!羽居ちゃん!!」
 志貴は流石にそこがどこだか理解してしまう。慌てて手を振り解くと、羽居は不思議そうな顔を見る。
「どうしてですかー?休むいったらここに決まってるじゃないですかー」
 何の疑問も持たず、あっさりそう決めつけてしまう。
「はい、じゃぁ行きましょー」
 と、構わずどかどかと志貴を連れて部屋の中に入り、鍵をかけてしまった。

「……」

 その内装に一瞬ほうと志貴が思い、慌ててぶるぶると頭を振る。
「は、羽居ちゃん!」
 と、志貴は大声を上げる。
「なんですかー?」
 と、羽居は金色に輝くクレジットカードで決済を既に済ませていた。
「こ、ここ、どこだか分かってるの?」
 志貴は自分の靴を脱いだ足元……フローリングの床を指差し、そう聞くが羽居はキョトンとしている。
「どこって……ブティックホテルですよー」
 羽居はさも当たり前のようにそう答える。
「ブティックホテルって……」
 志貴には一瞬そのボキャブラリーが不足していた。が志貴はすぐにそれが自分の言うラブホテルであると理解した。
「わぁ、ふかふかだー」
 とコートを脱いだ羽居は、日頃とは違う柔らかいベッドの上で嬉しそうにポンポンと跳ねる。

「あああ……」
 志貴は頭を抱える。前方に注意も払わず、ただ引かれるままにここに来てしまった事を激しく後悔する。
「どうしよう……女子高生とラブホテルに入っちゃったなんて秋葉に知れたら……しかも相手はルームメイトだなんて……」
 志貴は、その真っ赤に染まる髪を振りかざして自分を追いかける秋葉の姿を思い出す。それだけで死んでしまいたい衝動に駆られる。

「お願い!羽居ちゃん!!この事だけは秋葉には秘密に……」
 志貴は、顔の前で両手を力強く合わせると、ベッドの羽居に向かって土下座にも似た勢いで頭を下げる。
「えー?いいですよ、任せてくださいー。わたしは秘密を漏らしたりしませんよー」
 羽居はえっへん、そんな事はお安い御用ですよーというばかりに胸を張る。
「よかった……」
 志貴は安堵の息を漏らす。
「じゃ、こんな所は……」
 一刻も早く、と志貴は部屋を出ようとするが
「えー、お兄さん。折角だからゆっくりしていきましょうよー」
 と、羽居はベッドでごろごろと転がりながら志貴を止める。
「羽居ちゃん……ねえ……」
 志貴はそう言うが、羽居は一切そんな志貴に構わずベッドをくしゃくしゃにする。
「はぁ……」
 志貴はため息をひとつつくと、ベッドの真向かいにあるソファーに座り込む。
 この際いつ出ても同じだ。かえってすぐ出ると怪しまれるかも知れないと志貴も思うようにした。そうでもしないと気が余計に重くなるだけだった。


「そうだー」
 しばらくして、羽居は思い出したようにむくっと起きあがると、志貴の方を見る。
「お兄さん、このこと秘密にするだけじゃつまらないですー」
 志貴は、そう言われてぎくりとする。
「ああ……」
 志貴は弱みを握られている。この際どんな不利な要望も受け入れるしかない、と覚悟を決めた。
「だからー」
 羽居はニコニコと笑う。志貴にはそれがまるで秋葉のそれに見えて、とにかく不気味だった。

 ――――ここのお金払ってくださいー
 ――――わたしの言う事を1ヶ月聞いてくださいー
 ――――わたしの下で一生働いてくださいー

 つかみ所がないだけに、秋葉以上に凄い事を言ってくるかもしれない。どんな言葉が続くか、志貴は目を瞑ってその瞬間を待つしかなかった。