ever snow

注:
この作品は、しにをさん作、裏秋葉祭の「夜想曲」に感銘と題材を頂いて作りました。そちらの方を読んでいただくと、より本作品の事を深く理解していただけるかと思います。


 

 

「おはよう、秋葉……」

 いつもの朝。志貴さんは翡翠ちゃんに付き添われてこの応接室にやってきます。そして必ず、秋葉様に声を掛けるのです。

「……七夜さん」

 そして私にも。まだ眠いといった目をこすりながら、それでも屈託のない笑顔で私に笑顔を向けてくださるその姿は、本当に嬉しいものです。

「おはようございます、兄さん」

 秋葉様がお返事するのを計って

「おはようございます、志貴さん」

 私はにっこりと挨拶を返すのがお決まりでした。
 秋葉様を先に送り出してから、志貴さんの食事を準備し、食卓に出します。

「いただきます」

 おいしそうに食べる姿は、作ったものとして最上の喜びになります。それが志貴さまの様な殿方なら、尚更そう感じるでしょう。
 お食事が終わると、僅かな時間を割いてお茶を頂きます。志貴さんはそれをゆっくりと味わいながら私と話をしてくださいます。

「志貴さま、そろそろお時間です」

 私達が翡翠ちゃんの声に時計を見ると、もうそんな時間でした。

「本当だ。それじゃ七夜さん、この続きはまた夕方にでもね」
「はい、そうですね」

 私がそうにっこりと笑うと、志貴さまは後ろを振り向いた。

「じゃぁ翡翠、行こうか?」


 玄関には私達3人がいます。翡翠ちゃんは志貴さんに鞄を手渡してお帰りの時間なんかを聞いています。

「……うん、今日はまっすぐ帰ってくるから、翡翠もそのつもりでいて」

 ぴくり、翡翠ちゃんが反応します。頬を染め、少し俯き加減になりながらも

「かしこまりました」

 冷静に返答する翡翠ちゃんを見ると


 何故だか、胸がきゅうんっとしてしまいます。


「それじゃ、翡翠……」

 志貴さんは、翡翠ちゃんの事を真剣に見つめて声を掛けます。

「……七夜さん」

 そして私にも。でも、私にはいつものような笑顔です。志貴さんは気付いてないかも知れませんが、私にはその微妙な違いが、分かってしまうのでした。

「行って来ます」

 そう言って、志貴さんは門に向かって歩き出しました。

「行ってらっしゃいませ、志貴さま」

 翡翠ちゃんがお見送りの言葉をかけるのを計って

「行ってらっしゃいませ、志貴さん」

 私はにっこりと送り出すのがお決まりでした。

 そんな志貴さんの背中が、ゆっくりと小さくなっていく気がします。
 そう感じると、何だか物凄く心細く感じてしまうのは何故でしょうか。
 志貴さんはもうどこにも行かないで、ずっと私達のそばにいてくれるというのに。
 どうして、このまま志貴さんがどこかに行ったまま消えてしまうのではないのか、という不安に駆られてしまうのでしょうか。


 私の手の届かない、そんなところへ……
 私じゃない、誰かの元へ……


 そう思うと、なんだか目の前が滲んできてしまいました。

「……姉さん?」

 私は涙を拭うと、翡翠ちゃんにとびっきりの笑顔を見せました。

「……ううん、何でもないわ。さっ、今日もがんばりましょう!」

 翡翠ちゃんには、私のこんな気持ちを知られたくない。
 大事な大事な、私のたった一人の妹だと教えてくれたから。
 翡翠ちゃんには悲しい顔なんてしちゃいけない、それがお姉ちゃんとしての私の役目だと思っている。


 それに、翡翠ちゃんは……
 志貴さんの、一番だから……


 扉を開け、屋敷へ戻る翡翠ちゃんに続こうとする前、もう一度だけ振り向きます。そこにはもう志貴さんの姿は見えなくて、私は胸が締め付けられる思いと共に、もう一度涙が滲んできてしまいました。


 私じゃないって、分かっているのに
 許されるはずがないって、分かっているのに
 どうしてなんでしょう……


 こんなに 好きな気持ちが 溢れる……