手がぐっしょりと濡れていた。
 いや、過去形ではなく。
 まだどんどんと手首を腕を濡らしていく。

 潮吹き?
 一瞬そう思った。
 琥珀さんもそれに近いものを見せた事があったから。
 最初はおしっこかと思うくらい、飛び散って、手と布団を。
 あの時は、びっくりした俺に、琥珀さんが真っ赤になって否定して。
 あの時は、本当に感じすぎておしっこを洩らしてしまったのかと。

 あ。
 そうか。
 これ。
 翡翠のこれは。
 洩らしてしまったのかと、ではなくて。その……

「嫌、やだ」

 まだ陶酔の中にいる翡翠が、己の体の異常に気づく。
 身を起こそうとするが、俺にしがみついた手すら自由にならない。
 すっかり全身が蕩けてまったく力が入らない。

 慌てて下半身を強張らせている。
 下半身にも力を入れているが、止まらない。
 もともと、女性の構造上、一度出てしまうと容易には……。

 ちょろちょろと、だから流れは翡翠の意思に反して止まらない。
 透明に近い暖かい液体が、翡翠の女性器の小さな穴からとめどなく流れる。
 
「志貴さま、見ないで、見ないで……」

 翡翠の声ではっと我に返った。
 見入っていた。
 浴びている手をどかそうとか、何とかしようとか、少しも考えられずに。
 翡翠のか細い放尿の様子に、完全に心奪われていた。

「あ、ああ」

 ええと、どうする。
 何か、何かないか。
 あ、これ。

 とっさに手の届く処に転がっていた枕を掴み、翡翠の股間に当てた。
 とりあえず、隠れる。
 翡翠は、ぎゅっと太股で枕を挟んだ。
 濁った水音がする。

 まだ、止まらないんだ。
 泣き出しながら、翡翠は脚に力を入れている。
 枕に吸われているんだな。
 妙に冷静に眺めていて、馬鹿、と自分を叱る。

 翡翠は、体をねじって、こちらに背を向けて顔をシーツに埋めるようにして
じっと動かない。
 僅かに肩が震え、嗚咽が洩れる。

「翡翠」
「……」

 すすり泣く声のみで、返答はない。
 しゃくりあげる声が痛々しい。
 居たたまれなくて、手を伸ばした。 
 肩に手を触れると、びくんと翡翠は反応した。
 いやいやするように、僅かに首が動く。

 ためらった挙句、手を動かした。
 両肩を掴んで強引に翡翠の上半身を起こす。
 翡翠は抵抗しない。
 ただされるままになっている。
 目は合わせず、ぽろぽろと涙をこぼしている。

「翡翠、こっちを見て」

 出来る限り優しく声を掛ける。
 聞こえてはいるだろうけど、無反応。

「じゃあ、そのままでいいから聞いて。
 女の子って慣れていないとね、凄く感じてしまった時、それをどうしていい
かわからなくなって、体が勝手に反応してしまうんだ」
「……」
「今の翡翠みたいに、おしっこ……、ああ、泣かないで、頼む、翡翠、お願い
だから」
 
 抱き締めて、ぽんぽんと背中を軽く叩いてあげた。
 翡翠がくしゅくしゅと音を立てるのをしばらく待った。

「これは珍しい事じゃないし、恥ずかしいだろうと思うけど、全然変な事じゃ
ないんだよ。少なくとも翡翠のせいじゃないんだから」
「……」

 言葉は届いているよね?

「変じゃないよ。ね、俺は、こんな事で翡翠のこと嫌いになんかならないから」
「……ほ、ほんと……ぐしゅ……、すん。ほんとうですか」
「嘘なんて言わない。だから顔を上げてよ。俺は翡翠の事を嫌ったり、笑った
りなんか絶対にしないから」
「……」

 翡翠が顔を上げる。
 抱擁をといて、蒼くなった唇に優しくキスをした。
 そして翡翠の目をまっすぐに見つめた。

「ほら、嘘なんか言ってないだろう?」
「……はい」

 翡翠は涙ぐみつつも、ほっとしたような顔をした。
 それを見て俺はその何倍も安堵した。

「翡翠だけじゃないんだよ。琥珀さんだって、前に俺の目の前でした事あるん
だから」
「姉さんも……、ですか?」
「うん。秘密だけど。琥珀さんも許してくれるだろうから内緒で言うけどね。
 それでも琥珀さんのこと、少しだって嫌いになんてならなかったよ」

 嘘じゃない。
 琥珀さんのだって見たことある。
 全然状況は違うし、自然現象としておもらしした翡翠と違って琥珀さんの場
合は自発的に、というか俺がお願いして、する処を見せて貰って……、まあい
いや、別の話だ。

「翡翠も感じて、おかしくなったんだろう?」
「はい。あんなの初めてで、全身の力が抜けて、気持ち良くなって。自分でも
何が何だかわからなくなって」
「それじゃ、どうしようもないよ。翡翠が悪いんじゃないんだから、恥ずかし
がらなくていいんだよ。
 翡翠がそんなに気持ち良くなって、最後までイッたんなら、俺は凄く嬉しい
よ。本当に凄く嬉しい」
「はい……」

 少し沈んだ翡翠の顔が、明るくなる。
 でも依然として悔恨の表情で周りを見る。

「志貴さまの手も服も、それに枕もシーツも汚してしまって」
「翡翠もお尻の辺りとかがけっこうな有り様だね。
 ええと、布団の奥までは染みてないし、服とかは洗えば問題ないよ」
「でも……」

 努めて何でもないという口調を取る。
 実際、別に何という事もない。
 でも翡翠は、主人である俺の部屋を汚してしまったという事に、必要以上に
罪の意識を持ってしまっているようだ。
 せっかく翡翠との関係が良くなったのに。
 どうしよう。
 どうしたらいい。

「気にするなって言っても翡翠は、そうですかって納得できないんだね」
「はい。こんな真似をしてしまって……」
「うーん。そうだなあ、それなら罰をあげようかな」
「はい」
 
 暗く、しかし安堵の表情で翡翠は頷く。
 とっさに言った言葉だが……、まあ、それで楽になるのなら。
 でも、罰といっても。
 うんん……、あ。閃いた。

「シーツとか服とか、翡翠が汚したものを全て綺麗にする。今すぐ取り掛かっ
て、琥珀さんが戻る前に全てを終わらせる事」
「……」
「了解?」
「かしこまりました。でも、あの……、それだけですか」
「そうだよ。不服?」
「不服ではなくて、その、それは当たり前の事で……」
「それで充分だと思うけど。別に翡翠は悪いことしてないし。状態回復を以っ
て完了でいいだろう?」
「でも……」
「と言うことで、お風呂行こうか」
「え、お風呂ですか」

 びっくりした顔の翡翠。
 話の唐突な飛躍についていけていない。

「翡翠が汚しちゃったの、全部綺麗にするって言ったよね。
 俺の手とか腕が汚れてるし、脚にもかかっているんだけど、これはもちろん
翡翠が洗ってくれるんだよね?」
「え……」
「嫌とは言わないよね」
「いえ、あの……、志貴さまの体を、お清め、いたします」

 恥かしそうにしながらも、翡翠は答える。
 もっとずっと凄い事をしていながら、こっちもドキドキしている。
 でも、それだけじゃないんだ、翡翠。

「翡翠の体も濡れちゃってるし、これも一緒に綺麗にした方がいいと思うんだ
けど、翡翠の意見は?」
「わたしの体?」
「うん、別々にする必要ないよね。湯舟も十分広いんだしさ」
「ええと……」

 なんだか、わかってないみたい。
 主人の入浴の世話をするって処で、認識が固まってるんだろうな。

「翡翠と一緒にお風呂入りたいって俺は言ってるんだよ」
「わたしと一緒に、志貴さまがお風呂? ええっっ!?」

 うわ、真っ赤。
 うろたえてる、うろたえてる。
 これを見るだけでも、言ってみてよかったなあ。

「今になって、やっぱり嫌とか言わないよね、翡翠?」
「でも、志貴さま」
「おもらしの罰。……嫌ならいいよ、もっと凄いのに替えちゃうから」
「……酷いです」
「そうだね、酷い主人だよね。翡翠は可哀想だなあ。
 はい、それは置いておいて、翡翠のお返事は?」
「志貴さまの仰る通りに致します。……罰ですから」

 よし。
 翡翠とお風呂。
 嬉しいなあ。

「恥ずかしくても、罰だから仕方ないね。よし、出発」

 シーツをぐるぐると丸め、布団のカバーを外す。
 翡翠は、ぐちょっとした枕をちょっと困った顔で手にする。

 では浴室へ。
 翡翠と一緒にお風呂だ。

 自然に足どりが弾むなあ。
 対照的にとぼとぼと翡翠が後ろから着いて来る。

「洗濯なんて後でいいから、先に入浴だよ」
「はい」

 ばたん。


「ここは、手でそっとやって欲しいなあ」
「こうですか」
「そうそう。お返し、翡翠のも……」
「ひゃん」

 ちゃぽん。

 《FIN》

 

 

―――あとがき

 今回、古守さんに寄稿させて頂きました、しにを と申します。
 
 リクエストで、「志貴と翡翠でらぶらぶで、志貴の部屋で昼間からキスしな
がらそのまま……なんてのを。翡翠は可愛く、メイド服を着たまま」といった
凄く難易度高めなのを頂いたのですが、結果は如何でしょうか?
 らぶらぶじゃないかなあ。翡翠可愛いかなあ。疑問。
 と言いますか、依頼する相手を間違えていると思います(笑

 古守さんへとなると不得手な真正面18禁にしないといけないだろうなあ、
と思ったのですが、翡翠で18禁ってほとんど経験なし。
 長くだらだら続く割に一向にえっちくならないなあと困った挙句、特定層に
のみ有効な最終兵器使ってしまいました。属性ない方は一層萎えますよね。

 それでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 
    by しにを(2002/6/23)