柔らかい光の下で

作:しにを

 


 たわむ。
 二人で息を合わせながらも、動きを共にしながらも。
 まるで意思は異なっているかのように、互いの体が別々に動き、そして大き
くたわむ。
 
「琥珀さん」
「志貴さん、はぁ、んんん……」

 繋がっている。
 琥珀さんにきつくしめつけられて。
 それでも狭い膣口を限界まで広げて。
 張り裂けそうな己のもので貫いて、繋がっている。
 床にぺたんと座り込んだ俺の上に、さらに座る姿勢で、琥珀さんは体を俺に
預けている。
 後ろを向けて、その背中と柔らかいお尻のみを接している背面座位。

 俺にとってみれば、抱っこするように琥珀さんの軽い体をすっぽりと受け止
める形で、脚にのる琥珀さんのお尻の感触や重さが嬉しい。
 かき抱くように胸の二つの膨らみに手を回して、琥珀さんの白い肌を味わい、
柔らかい半球の形を歪ませるのが楽しい。
 顔を前に出して琥珀さんの感じている表情を確認し、無理な姿勢から唇を合
わせるのが凄く幸せだ。

 でも、琥珀さんにしてみると、この後ろ向きの姿勢は少々当惑を誘うものら
しい。
 喜びはするけれど、ちょっとためらいを見せたりもする。
 それでも俺が望むとこの体位を取ってくれる。

 気持ち良くないの?
 そう聞くと、琥珀さんは恥ずかしそうに否定するが、背中で支えられている
とは言え、すがるものがないのと、俺の顔が見えないのが、怖いのだそうだ。
 快感があるのは確かだけど、ふっと不安が去来し、その快感も俺の体も消え
るのではいかと、醒めてしまう事もあるらしい。

 じゃあ、バックでしてる時は?
 あれは琥珀さん大好きだよな、そう思って聞くと、四つん這いになって体を
支えているので妙に安心感はあるのだと答えてくれた。それにあんな動物みた
いな格好でされていると、興奮しすぎて他の事を考えている余裕が無いからと、
さらに恥ずかしそうな顔をしてしまって、その顔があまりに可愛すぎて、その
まま再現を……。

 だからこの体位の時は、胸を揉む俺の腕を邪魔しないようにはするが、琥珀
さんは自分の手を絡めたり、キスをするといつも以上に熱心に舌を絡めたりし
て、接触をより深めようと試みる。
 そうした仕草は、何とも可愛いらしい。

 そんな琥珀さんの背後から繋がる体位を、さっきから続けていた。
 腰を打ち揺すり、突き上げながら、琥珀さんの乱れる様を堪能していたら、
とうとう限界が来た。
 まだまだ我慢して先延ばししたい気持ちもあるのだが、既に何度も体位を替
えつつ琥珀さんに数回立て続けに昇天して頂いていたので、そのまま腰の辺り
からのむずむずとした痺れに身を委ねた。

「志貴さん、イク……、んっふ、ん…、ですね?」
「うん、さっき頑張りすぎたから、もうもたない。それにこうやって後ろから
琥珀さんを抱き締めてイキたいから」
「お好きな時に、わたし、いィんんふ……、の、中にいっぱい、あああッッ」
「もちろん、いっぱい、注いであげるよ」

 くっ、もう……。
 尿管を破裂させそうな勢いでこみ上げ、それに引きずられるように腰全体で
突き上げ琥珀さんの奥へ入り……、 放出した。
 その瞬間は気持ちいいと言うより、むしろ痛いくらいの刺激。
 
「ああ、……ッッッ」

 呻き声が洩れる。
 その瞬間から腰が抜けるような快感が駆け巡った。
 どくん、どくん、と長く続く射精の快美感。

「凄い、熱い……、志貴さん、んうんん、あああッッ」

 琥珀さんの体もビクンと跳ねた。
 さんざん高まって限界近い体が、身体の奥深くに男の精を受けて、達したら
しい。恐らく……。

 らしいだの、恐らくだのと不確かな物言い。
 残念な事に、本当に残念な事に、琥珀さんが絶頂を迎えた時の悩ましい姿を
見ていなかったのだ。
 何ものにも代えがたい男としての達成感を、味わうことは出来なかった。

 ふらっと、後ろに姿勢を崩してしまったから。
 ごろんと腰から折れて、ばたりと背中から倒れる形。
 力尽きて大の字に倒れ伏したような。
 本当に精も根も尽きたのなら、まあそれはそれで悔いなしと言えるけど、あ
まりに快感が強くて腰がふにゃっと、力が抜けてしまったのだ。

 で、当然ながら、俺が姿勢を崩したという事は。

「や、あん、やだ、あン、ああああッッッ」

 琥珀さんの体も、ぐらりと崩れた。
 イッてまだ力なく放心し余韻に浸っている状態で。
 突然重心を崩されてそのまま体の均衡を取り戻すのは不可能で。
 悲鳴を上げつつ、背中から倒れた。

 そして、宙を舞うが如き状態で、身をぐらっと浮遊させながら、琥珀さんは
立て続けにまた……、イッた。
 さっきよりも大きな声で叫びつつ、気絶したように倒れてきた。
 ……。


「うわ、ごめん、大丈夫」
「うう、志貴さん、わたし……」

 本気で目が快楽でイッてる。
 なかば意識を飛ばしている。
 琥珀さんがこれほどになるのは本当に珍しい。
 もしも立っていたら、ふらふらと足を動かして倒れていただろう。
 まだ心が戻っていない体を、抱き締めてあげた。

 それからしばらくして、ようやく琥珀さんは目に光を戻した。
 と同時にちょっと涙目で睨まれてしまった。

「志貴さん、なんて事するんですか」
「ごめんなさい、ごめんなさい。でもわざとじゃないから。ね、許して?」
「ううう。怖かったんですよう」
「ごめんね」

 ちゅっと唇を合わせる。
 琥珀さんは、一瞬ためらってから舌を絡めてくれた。
 
「んんっふっ。もう……。わかりました、許してあげます」
「よかった。でもさ、琥珀さん凄く感じてたでしょ」
「…………はい」
「またしてあげようか?」
「え……。ええと、怖いから、でも少しくらいなら」

 しばらく抱き合うでもなく二人でくっついて寝転んだまま、他愛のない、睦
言とも言えぬ言葉を交わす。
 それだけでも、やんわりとした喜びがある。
 顔を合わせる事すら出来ない時期があったから。
 今は一番好きな人が、手の触れられる傍らにいるから。
 
「そろそろ、戻らなくちゃ」
「朝までいればいいのに」
「メリハリと言いますか、けじめは必要ですからね」

 琥珀さんが手早く、着付けをするのを眺める。
 ちょっと寂しいなあ。
 目が覚めた時、琥珀さんが隣にいるなんてのは、凄く嬉しいだろうに。
 琥珀さんの寝顔も見てみたいし。

「それは無理ですよ」
「なんでさ、って声に出してた?」
「はっきりと。いいですか、いつもよりずーっと早起きして頂かないと、その
希望には添えないんですけど。朝食の支度とかもありますし」
「そうか。そうだね」

 そんな馬鹿な会話をしているうちに、琥珀さんは身支度を整えた。
 ふと思いついたというようにさりげなく俺に質問をする。

「そう言えば志貴さん、明日、というかもう今日ですね、今夜は秋葉さまをお
相手にするのですか、それとも翡翠ちゃんですか?」
「……答えなきゃダメ?」
「いえ、嫌でしたら。ちょっと興味あっただけですので」

 そう言いながら琥珀さんは、目で別な言葉を語る。
 ―――まだ、抵抗があるんですか?

 それに同じく答える。
 ―――うん。まだ完全になんか慣れないよ。

 ―――そうですか……。

 いくら琥珀さん公認、いや琥珀さんが積極的に勧めた事とはいえ、そんなの
を何の抵抗も無く受け入れるのは難しいよ。
 その行為自体は正直に言って、悦びを感じるのだが、それだけに罪悪感と琥
珀さんに対する後ろめたさが強く背中にのしかかる。

 そんなの当たり前だ。
 琥珀さんというれっきとした恋人がいるのに、今は一つ屋根の下にいるとい
うのに、他の女を抱くなんて。
 それも、
 自分の妹である秋葉を。
 琥珀さんの妹である翡翠を。 
 その二人を罪悪感と背徳感、そして大きな快感に包まれながら、俺は……。

「翡翠だと思う。翡翠がOKしてくれれば」
「お断りされた事あるんですか?」
「ええと、ちょっとお願いしてる事があってね、もしかすると拒まれちゃうか
も知れないな」
「そうですか……」

 少し興味引かれた顔をするが、さすがに琥珀さんも訊ねない。
 俺も話すつもりは無い。 
 そういう自分ルールを持っているから。

 琥珀さんを抱いた時の事を、翡翠や秋葉にはほとんど話さないように、二人
との秘め事も琥珀さんには極力伝えない。
 いびつではあっても、家の中で俺が皆と関係を持っている事は、公然の秘密、
あるいは禁忌として、決して話題にはされない。
 あくまでそ知らぬ顔で、秋葉と一夜を過ごし、翡翠と褥を共にする。
 曜日を決めるとか順番とかの、ローテーションめいた事は嫌なので、作為的
にならぬようしながら秋葉、翡翠とは一週間に一度程度……。
 
「おやすみなさい、志貴さん」
「うん、おやすみ」

 最後に、たっぷりと琥珀さんの為に働いた唇を、俺を何度も悦ばせてくれた
唇に重ねた。
 舌は使わずに唇だけでの、お休みのキス。

 琥珀さんが出て行くと、ごろんと横になった。
 少々寂しいなあ。
 まだ体のそこかしこに琥珀さんの暖かさや感触が残っているのがかえって。
 
 琥珀さんか……。
 確かに琥珀さんが言うように、秋葉と翡翠を抱くようになってから、みんな
幸せになれたけどさ、琥珀さんはいいのかなあ、本当に。
 琥珀さんの中の秋葉や翡翠に対する後ろめたさや贖罪にも通じる思いが、そ
んな形になって……。
 琥珀さんだけじゃなくて、秋葉や翡翠はどう思って……。
 それに俺は。
 ……。

 ……眠ろう。