みんな、有彦がいなくなった事を気にも留めずに授業は再開した。成仏しろよ、有彦。
「まぁ、流石に鉄そのものがなかったら俺も剣が作れない。それを解決するのは大変だったぞ」
 四季先生はしみじみと語る。
「……だから、人を喰ってたという訳か。でも、血が欲しけりゃ血だけ吸えば良かったものを、効率悪いなぁ」
「……気にするな」
 初めて四季先生がうろたえた気がする。
「まぁ、鉄分は普通食物から摂取するから、食生活を考えなきゃならなかった訳だ。2.3グラムの鉄分を摂取したければ、それ相応の食べ物がいる。鉄分を豊富に含む食べ物といえば?瀬尾さんどう?」
「えっと、レバーとかほうれん草、あとはひじきとか……」
 珍しく晶ちゃんが答える。あ、さっきので半泣き状態だ。
「流石、鉄分が不足しがちな女性らしい解答ですね。では、ここではレバーを取り上げましょう。最近のご時世上、牛はマズイでしょうから豚レバーです。実はレバーの中では一番豚が鉄分が多く、100グラムで13ミリグラムです。これは、1日の理想摂取量12ミリグラムに匹敵する量ですね。では、豚レバーだけで2.3グラム接種するには?」
「ええと……」
 慌てながらも必至に計算する晶ちゃん。よく考えたら、高校生以上の中に唯一混じる中学生、ちょっと大変かもなぁ

「出ました。約17.7キロです」

 ゲッ!そんな量を食べなきゃならないのか……
「ちなみに、豚8頭分のレバーに相当します。100グラム100円が市場ですから、17700円ですね」
「そんなの、毎日食べてたのか……」
「いいや違うぞ志貴」
「?」
「これはあくまで1本分だからな。俺は数十本投げたのだから、それだけ接種しないとならない。まぁ、ざっと計算して30本投げたいなら、531キロ、という訳だ」
「そんなの、普通の人間には食えないと思うが……」
 そんな量を食べている姿を想像すると、ちょっと吐き気をもよおしてきた。見渡す限り豚レバー。そんな食生活は絶対ゴメンだ。
「大丈夫!俺の胃袋は宇宙だ!!」
「……四季先生、フードファイトじゃないんだから……」

「が、他にいい方法がある」
「?」
「栄養補助食品、って知ってるか?」
「いや……」
「まぁ、一般的には「サプリメント」で通ってるな。いわゆるビタミン剤の一種だ」
「成る程、それなら効率的かもな」
「知得留先生、持ってますか?」
「そう思って、用意してきました。これです。鉄分のサプリメント、1錠0.4グラムに鉄分3ミリグラム。80粒で市場価格は600円といったところですよ。じゃぁ、これで全て接種したと考えましょう」

「えと……766錠必要ですね、という事は10瓶買えばいい訳で、6000円ですか」
 今までが今までだっただけに、意外に現実的な数字に見えてきたのがおかしい。

「という事は……」
 俺が視線を四季先生に向けると、何故か琥珀さんが隣にいて、やおら取り出した瓶を渡していた。四季先生はそれを掴むと
「ちょうどさっき1本投げて、不足していたからな」
 言うが早いか、大量の錠剤をザバーッと、大きく開けた口に流し込んでいた。
 絶句する生徒達。
 ボリボリと咀嚼し、飲み込むとしばらく俯いていたが、急に顔を上げると……目が怪しく光っていた
「オ……オ……」
「お?」
「オクレ兄さん!」
 なんか、変なモノが見えてるみたいです……仮にも尊敬する義兄だったとは思いたくないです……涙。

「って、琥珀さん!?」
「はい?」
「なんで、琥珀さんが?」
「そりゃぁ簡単ですよ。これだけの大量のサプリメント、そうそう売ってないんですから、私が精製したに決まってるじゃないですか」
「そういうことだ」
 正常に戻ったらしい四季先生が答える
「流石に琥珀君がいなかったら俺もこの能力を存分に使う事は出来なかったな。そう言う意味では感謝しているよ」
「まぁ、たまに別のお薬も混ぜてますけどね、だから時々何か見えるようですよ〜」
 結局、四季を操ってたのは、間接的とはいえ琥珀さんだったのね……

「だけど、サプリメント食べたところで、すぐに血液に吸収されないだろ?ならどうしてあんなにポンポン投げられたんだ?」
「簡単だ、そこも体を作り替えたのだよ」
「本当、上手くできた奴……」
「ん?何か言ったか?」
「いいや。という事は、俺が逃げ回っている間に、どこからともなく錠剤を持ってきては飲んで、ビュンビュン投げていた訳か……なんかマヌケだな。でも、投げるって言ったってそんなピラピラな剣、よく投げて木に突き刺したな」
「それは、薄いから実現可能なんだよ」
「?」

「2.3グラムの剣、空気抵抗を無視すればどのくらいの速度で投げられると思うか?」
「さぁ?」
「そう言わず、考えてみな。まぁ俺が野球ボール140グラムを時速100キロで投げられると仮定しな」
「うーん。秋葉、計算して」
「はい、兄さん」
 正直、物理は苦手だから秋葉に依頼した。秋葉も快く応じてくれる。流石我が恋人。素直なのはいい事だ、うん。
「むっ、他人任せとは情けない。しかも秋葉は俺だけの妹だ!!」
 俺の態度が気に入らなかったらしい。がここで引くのもなんだから、突っかかってみた。

「ああ、その通りだシキ。秋葉は俺にとって妹じゃない」
「なに………?」
「秋葉は、俺の女だからな」
「き――――!」

「出ました。大体マッハ5です」
「マッハ5!?」
「ええ。これだけのスピードでこれだけの軽さ・薄さなら、木に刺さっても不思議ではありませんね。さらに音速を越えるので、通り過ぎた後に音がして、同時に衝撃波が発生します。恐らくは避けたとしても何か影響があるかも知れませんね」
「そっか……ありがとう秋葉」
「ええ、兄さんのためですから」
 何故か見つめ合う。が、大事な事を忘れていた。あの男を怒らせていた事だった。

「死ね!!」

 ドスッ……!!

 体を貫いた赤いモノと一緒に、俺は吹き飛んでいた……。

 薄れゆく記憶の中で、俺は声を聞いていた。
「あらー、ダメですよ志貴さん。よそ見なんかしてちゃ」
「本当ですね。遠野君、折角相手の仕組みが分かったのに、隙を見せたら意味が無いじゃないですか」
「新・オクレ兄さん!!」
 ああ、シキ。俺にもマ神が見えてきたよ……



 夢なら、覚めてくれ……



「志貴さま、志貴さま」
 いつもの声がする。
「志貴さま。ご夕食のお時間です。起きてください」
「ああ……今起きるよ」
 ゆっくりと体を起こし、翡翠を見る。
「いつの間にか、眠っちゃっていたみたいだな」
「志貴さまは、まだお体が万全でないようなので、疲れやすいのは仕方のない事です。姉さんも気遣って食事を作っているので、ちゃんと時間通りに食べてください」
 結局。
 アレは悪い夢だった。そういうことだ。
 シキは死んだし、秋葉も元に戻った。そして俺も……
「よし、食堂に行こう」


「……」
「あれ、どうしたんですか志貴さん?箸が進んでいませんよ?」
「いや、琥珀さん。このメニュー……」
「どうしたんですか?貧血気味の志貴さんの為に、今日はレバ刺しとレバニラ炒めにしてみたんですよ。鉄分沢山取ってもらわないといけませんからね」
「いやね、さっき悪い夢を見たんだけど……」
 まさか、こうなるとは思っていなかった。正直、見るのも辛い。
「どうしてもっておっしゃるのなら、サプリメントで補給して貰いますけど、それじゃ健康に良くないですからねー」

「いや、いいです!食べます!!」

「「「??」」」
 サプリメントの言葉に過剰反応して、がつがつと突然食べ出す俺を、3人は不思議そうに見ていた。