遂に……来ちゃったなぁ。
 何となく感慨深く思う。

 7月31日。
 とあるマンションの一室。
 その扉を前にして、柄にもなく緊張する。

 インターホンに手をかけようとして、一瞬躊躇した。
 何だか、どんな顔をすればいいのか、どんな言葉をかけていいのか、分からない気分だ。
 明るくやぁ! と声を掛けるのが良いのかも知れないし、何も言わずに久しぶりの再会に少し感動的になるのも良いような気がする。
 でも……考えても結論は出そうにない。

「……ええい、ままよ」

 それが、俺だったから。思い切ってボタンを押す。

 ピンポーン

 呼び鈴が、扉の向こうから聞こえた。

「……」

 少しの間。
 この僅かな時間がもどかしく、永遠のように長く感じられる。俺の中で、緊張がより高まっていくのが分かった。
 早く来てくれ……いや、まだ来ないでくれ。
 そんな思いが、俺の中で少しだけ葛藤し始めた時だった。

 が

「はーい」

 その一言で、俺の心は一気に安心した。
 優しく、穏やかな音色。
 その人の声をああ、綺麗だなといつも思っていた。

 悩んでいる時も、胸のもやもやを吹き飛ばしてくれるような声。
 疲れている時も、元気に、そして楽しくさせてくれるような声。
 そして……俺のこの顔に、自然に笑みがこぼれてくるような声。

 俺はこの人の……そんなところも好きになったんだと思う。
 うん、笑顔が一番だよな。
 この人には、笑顔が一番似合っているから。

 かちゃり

 心を決めた時、ドアのキーが外された音がした。
 そして……扉は開かれ、あの笑顔が俺を出迎えてくれた。
 俺も、一杯の笑顔で答えた。

「いらっしゃい、志貴君」

「はい、朱鷺恵さん」









TOPへ 次へ