皆既/月蝕
少しだけ一人でいようと、この草原に来て横になっていたのだが、気付けば眠っていたらしい。最近の激務に体が疲れていたのだろう。 先程までは暗く陰鬱であった筈の草原が、青白く輝いている。
月
空が近いとも錯覚してしまうほど、大きな月
……
俺は改めて仰向けになり、正面にその姿を映す。
……
涙が、溢れてきた。
志貴
月を見ると、あいつの事を思い出してしまう。
志貴!
俺たちが愛し合った夜も、今夜のように明るかった。 なのに…… 夕日の中、あいつの最後の笑顔が酷く残酷で。
「……志貴?」 気付けば、そこにはあの時のように先生が立っていた。 「……お久しぶりです」 俺は体を起こすと、涙を見せぬように先生に背を向けた。 「隣、座っていいか?」 先生は、俺の涙には何も追求せず、背を向ける俺の横に腰掛けた。
「……なぁ、志貴」 どのくらいそうしていたか、先生は沈黙を破って声をかけてきた。 「妹さん、何も言わなかったのか?」 その言葉には、正直驚いた。 でも、俺はゆっくりと首を振った。
俺は高校を卒業すると同時に、日本から旅立った。 この体が 身を投じろと命令する場所に、俺は向かっていった。 「兄さん……」 旅立つ夜。 「どうしても、行ってしまうんですね……」
8年もの間、俺を待ち続けた妹。
それでも、俺はそう言う事しかできなかった。 俺の中から、抜け落ちてしまったもの。 琥珀さんも、悲しそうに側にいた。 「私は……秋葉は、待っています。いつか兄さんが必ず帰ってきてくれると」 もう帰ってくるわけがないのに、それを信じようとする秋葉。
記憶に上書きされてしまった方が、俺には幸せかも知れない。 「……そっか」 先生は、分かってくれただろうか。 「確かにこの世界に身を置くなら、未練は無い方がいい」 先生は、笑ったようだった。 「……君の判断は、間違っていない。こちらに身を置けば、いつか出会えるかも知れない」 先生は、ふと苦笑した。 「……ええ。一人には会えました」
シエル先輩。 先輩と呼んでいたあの人は、俺が前も後ろも分からず訪れた街で、俺を優しく出迎えてくれた。 「仕方ないですね、遠野君は」 困ったような顔をした先輩だったが、その瞳がとても嬉しそうだったのを覚えている。
「もう一人は……」 思い出すのは、あの純粋な笑顔。 俺の命はきっと人より短いから
「……後悔は、していないか? こんな世界に」 先生は、訪ねる。 「しているわけが……ありませんよ」 こころにぽっかりと穴を開けたまま、気が触れるほどの退屈な毎日を過ごすより、これくらい毎日が騒がしい方がマシだ。 「私は、君の人生を一度変えてしまった。だから、もう一度君を変えるような事はしたくない」 先生はそう言って、少し寂しそうだった。 「そんなことはありません。先生がいなかったらこんな人生にはなってなかったんですから、感謝こそすれ恨みはしませんよ」 俺は出来るだけ飄々と、感謝の意を述べた。 「……ありがとう。志貴が私の約束してくれた通りの人間になってくれて、私は嬉しいよ」
先生はそう言うと、気配で立ち上がったのが分かる。
先生は、またこれで俺の前からいなくなる。
「……先生」 でも、俺は先生を呼び止める。 「なに?」 先生は、振り返らずに答えた。
「……また、会いましょう」
また会えてしまう。 先生は少しだけ驚いたようだったけど、こちらを振り向いて 「……そうだな、次こそはちゃんと笑ってくれよ」 風が吹いて。
もう一度見上げれば、月は地平線に沈もうとしていた。 俺は去りゆく月を見つめた。
月に願う。 もう一度俺を、あいつの元へ導いてくれ。
月なんて、月蝕で全て隠れてしまえばいい。
そして、今宵の月は消えた。
「――――さて」 しかし、遠野志貴という命は、消えたら二度と戻ってはこない。 「アルクェイド……」 今夜、明け方になって初めてその名前を発した気がする。
あいつに会って、あの時の約束を守らせるまで
天は高く。
なにもかも覚めていくユメに似て不確か。
――――それも、脆く。
(後書き) ……もう、何とでも言ってください。 アルクェイドとのエンドが、「月姫」であるのなら ……ちなみに、ハモネプマスターことINSPiのファーストアルバム 「INSPi 公式HP」 どうしてこんな事を言うのかというと、秘密です。秘密でも何でもないんですけどね……
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